第74話 アルクルム山地

 坑道の中はジメジメとしていて濃い土の匂いのする空間だった。坑道の高さと幅は4メートル程。一定の高さと幅を保っており、明らかに人為的に掘られた坑道である事を窺わせる。


 当たり前だけど、日の光が届かず坑道の中は真っ暗だ。その暗闇に松明と<大魔導士>アイリスの魔法の光で抗う。松明は前衛の手を松明で塞ぐわけにもいかないのでオレが持っている。だけど、松明なんていらなかったかもしれない。アイリスの呼び出した魔法の光の玉は、まるで昼間の様に辺りを照らしている。松明の明かりなんて意味がない程明るい。しかも、オレ達の移動に合わせて光の玉も移動する高性能っぷりだ。松明なんていらなかったんや。


 アイリスは、坑道に入るとオレの指示を待つことなく、すぐに光の玉を出してくれた。英霊は闇を見通す目を持っているので、アイリスには光の玉なんて必要ない。だけど、オレ達を気遣って光りの玉を出してくれた。豪華なローブのフードを目深に被って表情を見せず口数も少ないミステリアスな女だけど、優しい人のようだ。


 オレ達は、アイリスの出してくれた魔法の光を頼りに坑道の中を進んで行く。隊列は前にマリアドネとホフマン。その後ろにオレとアイリス。更に後ろに<聖騎士>ライエルと<見習い騎士>ハインリスだ。戦士で魔法使いを挟み込む形だ。これなら前から襲われても、後ろから襲われても、対処できる。貧弱な魔法使いが無防備になることは無い。<狩人>エバノンには前衛の更に前で斥候をお願いしている。何かあったら報告してもらうつもりだ。


 オレは鉱石はないかと探して床や壁、天井などに目を配るが、それらしき物は見つからない。


「意外と何も無いね。すぐ見つかるかと思ったんだけど…」


 ゲームだったら割とすぐに見つかるのだが、現実は違うということか。


「この辺りは通路のようですから、あったとしても取り尽されているのでは?」


 マリアドネの答えに納得する。そりゃ鉱石が露出しているようなら魔族達が掘っちゃうか。ゲームだったらこういった通路にもマイニングポイントがポップするのだけど、やっぱり現実とゲームは違うということだろう。


 オレは周囲に目を配るのを止め、前を見る。そうすると自然と目に入るのはマリアドネの姿だ。細い足首、黒いタイツに包まれたしなやかな脚。お尻が藍色のスカートによって隠されているのがちょっと残念だ。上半身を包むのは淡く虹色に輝く白銀の鎧。鎧の上からだというのに、そのウエストが折れてしまいそうな程細く括れているのが分かる。いつもは下されている金色の髪は、複雑に結い上げられており、後頭部でお団子を形作っていた。いつもは見えない白いうなじが眩しい。ちょっと得した気分だ。後姿からでも美人だというのが分かってしまう。


 それにしても、マリアドネの髪を結いあげたのがホフマンだというのは驚きである。厳めしい顔をして意外と器用なマネをする。じいやとか呼ばれているし、ホフマンって実は執事だったりするんだろうか?


「あれは…」


 マリアドネが声を上げた。マリアドネのうなじに視線を奪われていたのでちょっとドキッとしてしまう。しかし、マリアドネの注意は前を向いている。オレもマリアドネのうなじから目を引き剥がして前を向くと、遠くの方に青白い人影が見えた。


 完全に幽霊な見た目だけど、あれは斥候を頼んだエバノンだろう。坑道と言う場所故か、落石などの事故に遭って死んだ人の幽霊を連想してしまい、いつもより幽鬼のような恐ろし気な雰囲気がある気がした。


 エバノンが居るということは、何か報告するような事があったということだろう。何があったんだろう?


 近づくと、エバノンの姿がはっきりと見えてくる。青白く透き通った姿は、やはり幽霊っぽい。良く鍛え抜かれた精悍な体を要所要所を革で補強した服に包み込み、その上には無精髭を生やしたダンディな顔がいつものニヒルな笑みを浮かべている。ちょい悪オヤジな印象を受ける顔だ。余裕の笑みを浮かべているということは、そんなに切羽詰まった事が起きたわけではないようだ。


「よぉ、来たか」


 エバノンがこちらに片手を上げて近づいてくる。


「エバノンでしたか?何かありまして?」


「あぁ、音が聞こえる…」


「「音?」」


 マリアドネとハモってしまった。耳を澄ませてみるが何も聞こえない。聞こえるのはオレ達の息遣いと、オレの持った松明がジリジリと燃える音くらいだ。


「何も聞こえないけど?」


「しばらく進めば聞こえてくるだろうよ。ありゃたぶん採掘の音だな」


 エバノンの話によると、この先、道が枝分かれしているらしい。そして採掘の音が聞こえる場所が複数あるようだ。それでエバノンはオレ達に判断を仰ぎに来た。採掘の音がする方へ向かうか、それとも採掘の音がする場所を避けるのか。


 鉱石を採掘しているのは、十中八九魔族だろう。オレ達と同様に鉱石を掘りに来た冒険者という可能性は一割も無いかもしれない。採掘の音が聞こえる場所に行くというのは、即ち魔族との戦闘を意味する。此処は魔族の領域だ。魔族との戦闘は出来る限り避けた方が良い。仲間を呼ばれたりしたら厄介なことになる。オレ達は盗掘に来たコソドロにすぎないのだ。でも……。


「わたくしは音のする方へ行った方が良いと思いますわ」


 マリアドネの意見も無碍に否定できない。採掘の音がするということは、其処で鉱石が掘れるということだ。オレ達三人は、採掘に関してはズブの素人だ。自力で鉱脈が見つけれられるとは思わない。ならば音のする方へと行って、鉱石の出る採掘現場を奪った方が効率が良いのでは?


 マリアドネもただ魔族と戦いたいから言っているわけではないのだ。ちゃんと考えがあってのことだろう。期待に胸を膨らませてウズウズしているように見えるけど、戦闘がしたいからだけじゃないよね?違うよね?時と場合を考えるって言ってたし、ちゃんと考えがあるんだよね?なんか不安だなぁ…。


「はぁ…。分かったよ。行ってみよう」


「そうこなくては!」


 結局オレはマリアドネに押される形で了承してしまった。マリアドネの上目遣いに一発KO負けだ。かわいいなーもう!


 ホフマンは元よりマリアドネの意見に全肯定する人だし、オレ達は満場一致で音のする方へと向かうことが決まった。

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