第72話 遭遇戦と戦利品

「出でよ、ライエル!」


 目の前の空間が歪み、青白い光が集まって<聖騎士>ライエルの姿を形作っていく。いつもなら気にも留めない召喚に掛かる一瞬の時間。だが、今はその一瞬さえ酷くもどかしく感じてしまう。戦闘はもう始まっているのだ。


「はあっ!」


 マリアドネの裂帛の気合の乗った声が聞こえてくる。先手を取ったのは身軽な彼女らしい。見れば、マリアドネは敵のオークの右足に剣を突き立てていた。彼女の剣がオークの鮮血と共に引き抜かれる。


「Bugyaaaaaaaaaaa!」


 オークが悲鳴を上げ、跪くように右足の傷口を手で押さえた。2メートルを超える高い位置にあるオークの首が下がる。今がチャンスだ。


 だが、マリアドネはオークへの追撃をせずに、後ろへと跳ぶように下がった。一瞬前まで彼女が居た空間を錆びの浮いた剣が通り過ぎる。ゴブリンだ。5体のゴブリンが、まるでマリアドネを囲うように距離を詰めていた。


 マリアドネが更に大きく一歩後退する。ゴブリン達がマリアドネを追い詰めようと更に前に出る。いや、出ようとした、だろうか。ゴブリン達の前進は止まることになる。ホフマンだ。ホフマンが、マリアドネを入れ替わるように前に出て、その大剣を振るう。


「ふんッ!」


 ホフマンの大剣が、ゴウッ!と豪快な風音を立てて振るわれ、ゴブリン達へと襲いかかる。大剣が2体のゴブリンの首を斬り飛ばし、更に一体のゴブリンの得物を持つ腕を斬り飛ばした。すごい。まるでディアゴラムを見ているかのような見事な剣捌きだ。


「ウヌらの相手はこのワシだあああ!」


 漸く召喚できたライエルが、大声を上げてゴブリンへと走って行く。突如響き渡ったライエルの雄叫びに、残ったゴブリン達が目に見えてビクリと体を震わせたのが見えた。ゴブリンの視線がライエルへと一瞬集まる。


 その隙を見逃すマリアドネではなかった。彼女はホフマンの影から勢いよく飛び出すと、ゴブリンの胸を穿ってみせた。素早くゴブリンの胸から剣を抜き、油断なく構えている。


 残ったゴブリンは2体。しかも1体は片腕を失っている。対するこちらはマリアドネとホフマン、ライエルの3人。油断は禁物だけど、大勢は決したと言っても良いだろう。ああ、奥の方に足を抱えたオークが居るんだった。あっちの処理しないと。動けないみたいだから、遠距離攻撃で安全に仕留めよう。


「アイリス」


 召喚に応じて<大魔導士>アイリスが空間の歪みから姿を現す。その姿は、ローブのフードを目深に被り、その表情は窺い知れない。


「オークの処理を」


 アイリスはコクリと頷き、オークに向けて腕を振ってみせる。気が付いた時にはもう、オークの胸に大きな氷の棘が生えていた。早い。そして静かだ。アイリスは、オークに断末魔を上げさせることもなく、速やかに屠ってみせた。いつの間に詠唱したんだ?無詠唱ってやつか?


 底が知れないアイリスに心強いものを感じながら視線を移すと、マリアドネ達はゴブリンを始末し終えたところだった。見たところ怪我もしていないようだし、無事切り抜けたようだ。


 パーティとしては完全勝利だが、オレに限って言えば反省点の多い戦闘だった。


 偶発的な戦闘で準備が整っていなかったのが原因だ。どうもオレには、ゲームの頃の癖で英霊を戦闘開始直前で召喚するところがあるようだ。ゲームでは、英霊の召喚を持続できる時間が短かったから仕方ない部分もあるが、この世界では英霊の召喚を持続できる時間が極端に長くなっている。たぶん10時間ぐらい召喚しっぱなしにできる。ならば、予め英霊を召喚しておいた方が良い。召喚は一瞬でできるけど、一瞬の時間が掛かる。その一瞬の時間が明暗を分けることがあるかもしれない。まさに一瞬の油断が命取りになり得るかもしれないのだ。気を付けよう。


 ライエルとアイリスはこのまま召喚しっぱなしにするとして、もうちょっと戦力を補充しておこうと思う。


「出でよ、ハインリス、エバノン、ディアゴラム」


 これだけ居れば、敵との不意の遭遇にも対応できるだろう。もうちょっと増やしとくか?でもあまり増やしすぎると、今度は目立つことになる。まずはこのぐらいで良いかな。


 一人反省会を終えたオレは、マリアドネ達と合流するべく歩を進めた。



 ◇



 その後もゴブリンやオークの集団とやり合うこと数度。オレ達は危なげなく勝利を重ねていた。目立った怪我もしていない。かすり傷程度だ。そのかすり傷も念のため魔法で癒した。オレのMPも豊富にあるし、現状は順調そのものだった。


 ただ一つ難点を挙げるならば、それは臭い事だろうか。オレ達は討伐証明の為にゴブリンやオークの右耳を刈り取ったのだが、それが結構血生臭い。耳はズタ袋に入れて馬に運んでもらっているが、近づくとぷ~んと臭ってくる。いっそ捨ててしまいたいが、冒険者ギルドに持っていけば金になるので安易に捨てることもできない。なんとも厄介な代物だ。馬も迷惑そうな顔をしているように見える。


 だが、それを差し引いてもオレの機嫌は良い。理由はゴブリン達から奪った戦利品にある。ゴブリン達は身一つでフラフラしていたわけじゃない。色々と荷物を持っていた。安全かどうかも分からない水や、食べたら腹を壊しそうな食料、錆びの浮いた武器に、石と木でできた原始的な武器など、ほとんどは役に立たない物だったけど、彼らは有用な物も持っていた。それが魔族貨だ。


 魔族貨とは、文字通り魔族の間で流通している貨幣の事だ。銅貨や銀貨、金貨、オリハルコン貨、アダマンタイト貨がある。後に行くほど価値が高いが、金貨とオリハルコン貨の間には隔絶した差がある。魔族貨のほとんどは鋳潰して再利用されるが、たまにコレクターが買い求めることもある。


 魔族貨は人族の使っている貨幣よりも大ぶりな貨幣で、同じ金属の貨幣でも3倍の価値があるらしい。魔族銅貨1枚で、人族銅貨3枚の価値があるといった感じだ。


 オレ達の狩ったゴブリンの中に、なんと魔族金貨を持ってる奴が居た。それだけで、今回の冒険の報酬が金貨3枚は確定である。他にも魔族銀貨が数枚、魔族銅貨なんて50枚近くある。流石に魔族オリハルコン貨や魔族アダマンタイト貨を持ってる奴は居なかったけど、それでも十分美味しい稼ぎだ。


 ゲームでは、魔族を倒すとたまに1枚ドロップするだけだったが、こっちの世界では一匹が貨幣を複数枚持っていることが多い。ゲームとは比べ物にならないドロップ率である。おかげでウハウハだ。


「~♪」


 気分が良くて鼻歌なんて歌ってしまう。歌う曲は勿論『ファイナルクエスト』のオープニングだ。ゲームばっかりやっていたから流行りの曲なんて知らないのだ。日本では今頃どんな曲が流行っているんだろう?若い頃は流行りの曲を追いかけていたけど、いつの間にか追いかけるのを止めてしまっていた。知っているのは昔の曲ばっかりだ。もしかしたら、これがおじさんになるって事かな?しんど…。


「ご機嫌ですわね」


 マリアドネに呆れた目で見られてしまった。ホフマンも怖い顔で見てくる。そうだね、敵地で油断し過ぎだね。


 これだけゴブリン達に遭遇するということは、此処はもう人族の生存圏ではないということだろう。敵地だ。一瞬の油断が命取りになり得る。気を付けないと。


「ごめん。ゴブリンの稼ぎの事を考えたら、つい…」


「もう。これからが本番ですのに」


 そうだった。オレ達はゴブリンを倒しに此処まで来た訳じゃない。アルクルム山地まで鉱石を掘りに来たんだった。ゴブリン達の戦利品が思いの外良くて忘れていた。思い出すのと同時に、背中に背負ったつるはし3本の重みがずしりと感じる。そうだったわ。オレ、鉱石を掘る気満々でつるはし3本も借りてきたんだった。ちょっと心もとない数だけど、足りると良いな。


 気が付くと、足元から緑の草原が姿を消し、ゴツゴツとした岩場の茶色い地面へとなっている。これはいよいよアルクルム山地に入ったという所だろうか。マリアドネの言うように、これからが本番だ。


「よーし、掘って掘って掘りまくるぞー!」


 気合を入れるオレを二人は呆れたような目で見ていた。

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