第71話 つるはし
早朝。
この世界の朝は早い。日の出前のまだ薄暗い時間帯からハーリッシュの街は動き出す。日の出ている時間は有限だ。皆、明るい時間を精一杯有効に使おうと、朝早くから活動を開始する。
その代り、この世界は夜も早い。大半の店は日が暮れたら店じまいだ。この世界には電気の明かりが無い。暗闇に抗う光を求めれば、それは多くの場合火になる。蝋燭や油、薪を燃やして明るさを確保するのだが、それにはコストが掛かる。蝋燭や油は案外高いのだ。薪は先の二つと比べればリーズナブルだが、それだって気軽に無駄遣いできるほど安いわけではない。夜に活動すると言うのは、お金が掛かるのである。なので、特別な用が無い限り、日が暮れて暫くしたら寝てしまうという人も多いのだ。
この世界の人は早寝早起きで実に健康的だと思う。だからかな。この世界の人は朝から元気だ。
宿の外から聞こえてくる客を呼び込む声の騒がしさに、オレが起きたのは日も昇って暫く経った頃だった。このくらいになると、もう随分と明るくなっている。
いつもなら二度寝を決め込む時間だが、今日は用事があるので起きる。藁にシーツを被せただけの簡素なベットから降りると、外していたボーンアクセサリーを身に纏っていく。これで出かける準備は完了だ。着替えなんて必要ない。なにせ着替える服なんて持ってないからな。いつもの蛮族スタイルである。泣ける。
「早めにマントでも買わねーとな」
そう目標を立てつつ、オレは宿から出た。
いつも通りズンドラのやってる屋台で羊肉の串焼きを食べる。
「今日は早いなー。仕事か?」
「そうだよ。今度はアルクルム山地まで行ってくる」
「そうかい。ほれ、一本奢っちゃる。気ぃー付けてな」
「ありがとう、ズンさん」
ズンドラの心遣いに感謝して串焼きを受け取り齧り付く。相変わらず美味い。もうすっかり慣れ親しんだ味だ。それだけ長い間、ハーリッシュで生活できているということだろう。だが、生活するにはお金が掛かる。今回の冒険はしっかり稼げれば良いんだけど…。オレはそんな不安を羊肉と一緒に飲み込んだ。
ハーリッシュの東門にある広場は、朝も早い時間だと言うのに、大分賑わっていた。そこかしこに屋台が並び、道行く人々に朝食を提供している。様々な食べ物の匂いが混じった雑多な匂いを吸い込み、周囲を見渡す。広場を行き交う人々も雑多な印象を受ける。ヒューマンにエルヴィン、ドガスにルドネ。様々な種族の者たちは、その恰好も様々だ。ハーリッシュの街の人、商人らしい人もいるし、冒険者なのか武装をした集団も見える。
様々な人とすれ違いながら、約束の場所へと急ぐ。待ち合わせの場所には、もうマリアドネ達の姿が見えた。相変わらずマリアドネの姿は目立っていた。体の線が出る装備に身を包んでいるせいで、遠目からでもそのスタイルの良さが際立って見えた。
「お待たせ、待った?」
「いいえ、わたくし達も今来たところですわ」
まるでデートの待ち合わせのような会話だな。だが、これから行くのはデートなんて甘いものではない。冒険だ。何日も不自由を強いられるし、死んでしまうかもしれない。泥くさくて血と臓物の臭いも漂う、デートとは程遠い代物である。
「忘れ物はありませんわね?」
「ああ。ちゃんとつるはしも3本持ってきた」
「そんなに必要とは思いませんけど…」
マリアドネが呆れたような目で見てくるが、オレはこれでも心配なくらいだ。ゲームでは、つるはしは消耗品だった。使えば一定の確率で壊れるのだ。鉱山に潜るとなれば、最低でも2,30本は用意するべきアイテムだったのだ。
でも、流石につるはしを20本も持ちきれないので、3本で我慢することにした。マリアドネ達も1本ずつ持っているから合計5本のつるはしがあるが、心配である。ゲームの時のようにすぐ壊れるということはないと思うが…。
ちなみに、つるはしは冒険者ギルドからレンタルしたものだ。結構高いレンタル料だった。買おうかとも考えたけど、高くて手が出なかったので仕方なくレンタルすることになった。ゲームだと、つるはしは安い値で売られてたんだけどな…。どうもこの世界は、ゲームの時に比べて金属製品が高い気がする。高い分高性能で壊れにくいつるはしだと良いんだけど…。
やっぱり5本しかないのは不安だ。今からでも追加でレンタルするべきだろうか?でもこれ以上は持ちきれないし…。ああ、ゲームの時みたいに四次元ポケットかよってぐらい鞄にいっぱい物が入ったら良いのに!
つるはしは、ゲームでは12本で1スタックだった。12本までアイテム欄を1つしか使用しなかったのだ。そのため、ゲームでは大量のつるはしを持つことができたのだが……現実ではそうもいかない。
つるはしってけっこう大きいんだよね。オレも今3本持ってるけど、けっこう無理矢理持ってる。鞄に括り付けてる感じだ。無理をすればもっと持てるけど……。そうすると、今度はつるはしで掘り当てた鉱石を持つスペースが無くなっちゃう。ままならないなぁ……。
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