第70話 サンプルと決定

 ハーリッシュに戻って来たオレ達は、そのまま暫く休養を取ることにした。戦闘はなかったけど、旅の疲れがたまっているからね。結局今回の冒険の収入は0。完全なる骨折り損のくたびれ儲けだった。いや、食事代の分だけ実質赤字である。リザードマンの尻尾を売ったお金が残ってるから、まだ暫くは大丈夫だけど、こういったことが続くと厳しい。


「そいつは残念だったな。ほれ、一本オマケだ。こいつを食って元気だしな」


 そう言ってズンドラが串焼きを一本渡してくれる。オレの愚痴に付き合ってくれるし、串焼きもくれるし、神かよ。優しさが身に沁みるぜ。


「そうだった。これ、塩の売上な。ちょっとしかねーが、まぁ何かの足しにしてくれ」


 ズンドラから塩の売り上げを受け取る。オレはズンドラに買い過ぎた塩の売却をお願いしていた。ズンドラの言うように、まるでお小遣いの様な金額だけど、今はありがたい。


「ありがとう、ズンさん。んじゃ、オレもう行くわ」


「おう」


 ズンドラの屋台にお客さんが来た事を機に、オレはズンドラの屋台から離れた。あまり長く居座るのも迷惑になるしな。それに今日はマリアドネ達に呼ばれている。今後のことについて話がしたいらしい。約束の時間にはまだ時間があるだろうけど、待たせるのも悪い。早めに行こう。




 冒険者ギルドは、いつもより閑散としていた。朝も早い時間だからかな?もっと早朝だと、クエストボードに張り出される依頼を取り合う冒険者達で賑わってるらしいけど、オレは文字も読めないので、依頼の争奪戦には参加したことはない。


 マリアドネ達は未だ来ていないようだ。どうやって時間を潰そうか考えたオレは、カウンターに居る受付嬢ちゃんに話しかけることにした。


「あ、アル。おはよー」


「おはよう、アリエル」


 何かとオレの世話を焼いてくれるルドネ族の受付嬢ちゃん。名前はアリエルと言うらしい。漸く受付嬢ちゃんの本名が知れてオレはウキウキである。これを機にお近づきになりたい。


「帰ってきてたのね。ユエルの森はどうだった?」


「それが聞いてくれよ…」


 オレはアリエルと世間話をして暇を潰す。最近の冒険の話や話題になっている噂とか、話すことは色々だ。冒険者ギルドの受付嬢をしているからか、アリエルは顔が広くて色んな話を知っている情報通だ。ユエリスのもたらしてくれる情報は、オレにとってかなり貴重だ。何故かって?他に情報をくれるような知り合いがいないからな。はっはっはー。はぁ…。


「それは残念だったわね…」


「今度はアルクルム山地かライリスの森に行くんじゃないかな?そこでガッポリ儲けられると良いんだけどね」


「そうなの?アルって鉱物とか薬草とか見分けられるんだ」


 アリエルが感心したように見つめてくる。


「それができないんだよねー」


「それでどうやって儲けるつもりなのよ…」


 アリエルに呆れられてしまった。そりゃそうだよね。アルクルム山地やライリスの森は鉱石の採掘や薬草の採取が目的で行く場所だ。目的の物も見分けられないでは、何の為に行くのかも分からない。


「はぁ…。確かギルドにサンプルがあったわ。ちょっと待ってなさい」


 冒険者ギルドには、オレみたいな鉱石や薬草の見分けができないド素人の為に、鉱石や薬草のサンプルがあるらしい。それを見て勉強しろということだろう。ゲームだと、手に入れた時点で鑑定してくれるので気にもしてなかった部分だが、鉱石や薬草の見分けができないのは、オレの明確な弱点だ。勉強する機会があるのは正直ありがたい。


「はいこれ。貸し出しはしてないから見て覚えてね。失くしちゃダメよ?」


「ありがとう、助かるよ」


 これを見て少しは見分けがつくようになると良いけど…見た感じ期待薄かなー…。



 ◇



 冒険者ギルドの一角で、オレとマリアドネ、ホフマンの3人は顔を突き合わせていた。お題は勿論、今回の冒険の反省と次に冒険に行く場所をどうするかである。


「今回は完全に出遅れたね。受付嬢の人に聞いたけど、今回のクエストはオレ達の出発する数日前にはクエストボードに貼り出されていたみたいだよ」


「こういったことは“早さ”も重要ですわね。情報は早く正確に入手しませんと。わたくし達は最初から出遅れていたようです」


「今回、我々は学びを得ました。それで良しとしましょう。こういったことは繰り返さないことが肝要かと思います」


 反省はするけど、過ぎた事を悔やんでも仕方ない。反省会はすぐに終わり、次の話へと移っていく。次に何処に冒険へと出るかである。


「アルクルム山地とライリスの森ですか」


 オレ達はこの2つのどちらにするかで悩んでいた。


「どちらを選んでも問題になるのは…」


「…我々が採取するべき物の見分けがつかない事ですな」


 確認したが、マリアドネもホフマンも鉱石や薬草に詳しくはないらしい。3人とも、その他大勢の中から有用な鉱石や薬草を見分けるスキルなど持っていなかった。これではせっかく冒険に出ても、また骨折り損のくたびれ儲けになりかねない。


「一応、受付嬢の人にコレを借りてきたけど…」


 オレはアリエルに借りた鉱石と薬草のサンプルをマリアドネ達に見せる。


「コレは?」


「アルクルム山地で採掘できる鉱石と、ライリスの森で採取できる薬草のサンプルだよ」


 木でできた箱に細かい枠組みが作られ、その枠の中に実際に鉱石や草花や木の実が入っている。


 鉱石は土の塊みたいな物から石の中にキラキラと輝く鉱物を含んでいる物まで様々だ。草花の方は少し色褪せて見える。腐らないようにドライフラワーのような乾燥処理がされているみたいだ。


 各枠の中にはサンプルと一緒に紙が入っており、その紙には細かな特徴や見分ける為のポイントなどが書かれているらしい。


「…アルクルム山地に行きましょう」


 暫くサンプルを見ていたマリアドネが突然、宣言した。え?なんで?


「草花を見分けるのは難しいですわ。よく似た偽物もあるようですし、採取する部位がそれぞれ違っていて、とても覚えきれません。それに比べたら鉱石の方がまだ見分けがつきますわ」


 なんとも消極的な理由だけど、確かにそうなのだろう。それに、森の緑の中で目的の草花を探すのは、とても大変な作業に思えた。元々アルクルム山地とライリスの森はどっちもどっちな選択肢だ。どちらを選んだとしても、そう変わりはないだろう。オレはマリアドネの意見に賛成した。


「そうと決まれば、早速覚えましょう。アルには文字を教える約束がありましたね。この際です。これを教材にしてみましょう」


 そう言って、マリアドネは鉱石の特徴が細かく書かれた紙を広げる。細かい文字がびっしりと書かれていて、見ているだけで疲れてくるな…。それに、こういうのって専門用語とかで書かれてるんだろ?オレはもっと日常会話とかから覚えたいんだけど…。贅沢は言ってられないか。せっかくタダで教えてくれると言うのだから、マリアドネに感謝して精一杯学ぼう。


「お手柔らかにね」


「わたくしは厳しいですわよ」


 うん。なんかそんな感じはしてたわ。

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