第69話 ユエルの森
漸くたどり着いたユエルの森は、大いに賑わっていた。森の手前、廃墟となったホッパトの町跡の周りには、いくつもテントが張られ、騎士や冒険者達が闊歩している姿が見える。中には商機と見たのか商人の姿や、美しく着飾った女達の姿も見られた。
今は森に入る前の休憩中だ。ホフマンは用事があるとかで席を外している。たぶん知り合いの騎士に情報を聞きに行ったのだろう。もう十分休憩したし、ホフマンが戻って来たら森に入ろうかとマリアドネと話しているところだ。
「それにしても…」
マリアドネは美人だなー。かわいいと言うより美人と形容した方が似合う顔立ちをしている。これで笑ったりするとかわいいんだから狡いよな。道行く人々もマリアドネに視線を集めている気がする。
「視線を集めていますわね」
マリアドネも自分が視線を集めていることに気が付いたようだ。まぁこれだけ見られれば気が付くか。
「美人だからね、仕方ないよ」
そう言うと、マリアドネはきょとんとした顔をした。そして、オレの顔を見つめてくる。オレ、何かおかしなこと言っただろうか?
「確かに美形だとは思いますが…」
すごいな。自分が美形であると言い切った。確かにそうだけど、言い切る自信がすごい。
「格好の問題ではないですか?」
格好の問題?オレはマリアドネの姿を改めて眺めてみるが、どこもおかしなところなんてないと思う。ああ、あれかな?女で戦士の格好をしているのが珍しいとか?でも女冒険者は結構いるし、そこまで珍しい格好でもない気がする。何言ってるんだ?
「格好?」
「格好もそうですけど、刺青が……」
そこまで言われて漸く気が付いた。オレ達は勘違いしていると。オレはマリアドネについて話してると思ったけど、マリアドネはオレのことについて話していたようだ。
「ごめん、てっきりマリーの話かと」
「わたくしの?」
マリアドネが、その宝石みたいな青い瞳を瞬かせる。
「わたくしより貴方の方が目立っていますわよ?」
それは……そうかもしれない。今のオレは蛮族スタイル全開だ。腰ミノだけ着けた全身刺青の男が居たら、それは目立つか……。即通報ものである。よく通報されないものだ。
周りを見渡すと、何人かと目が合った。そしてすぐに目を逸らされた。そうだね。こんな蛮族スタイルの奴とは目も合わせたくないね。変な因縁とか付けられたら堪らないもんね。はぁ…。
確かにオレは悪目立ちしているようだ。今、切実に身を隠すものが欲しい。外套なんて贅沢は言わない。布とかで良いから欲しいな。マントとかどうだろう?今度ズンドラに頼んでみようかな。
オレが周囲の視線に身が縮こまるような思いをしていると、ホフマンが帰って来た。全身鎧を身に着けているのに軽い足取りだ。どんな体力してるんだよ。引くわー。
「只今戻りました」
「おかえりなさい、ホフマン。それで、どうでしたか?」
「はっ。良い知らせと悪い知らせがあります」
まずは良い知らせ。ユエルの森掃討作戦は順調に進んでいるらしい。ユエルの森の支配権は人族のものになりつつあるようだ。
そして悪い知らせは、ユエルの森掃討作戦が順調に進み過ぎていることだ。どういうこと?
ユエルの森では、連日のように森狩りが行われ、多数の魔族を討ち取ったという。それ自体は喜ばしい事なのだが、そのせいでユエルの森に獲物が居ないという状況が生まれているようだ。ユエルの森に潜む残り少ない魔族をめぐって、横取りや取り合いの諍いまで起こっているらしい。
なんて言うか、オレ達は完全に出遅れたみたいだ。冒険者の中には、もうユエルの森に見切りをつけて、此処を去る者達も居るようだ。
どうしよう?オレとホフマンの視線がマリアドネに集まる。こういう時、判断を下すのはマリアドネのことが多い。多数決をしたとしても、ホフマンはマリアドネに従うので、マリアドネが最初から二票持ってるようなものだ。このパーティはマリアドネの意思決定をする場合が多い。明確に決めたわけじゃないけど、このパーティのリーダーは誰かとなれば、それはマリアドネになるのだろう。
◇
結局、マリアドネは森の探索を選んだ。ホフマンは勿論、オレも反対はしなかった。せっかくはるばるユエルの森まで来たのだから、なにかしら収獲が欲しかったのだ。
「出でよ、エバノン」
<狩人>エバノンを召喚し、先導役をお願いする。このパーティは、戦士、戦士、ネクロマンサーで斥候職がいない。この広い森の中で、獲物を見つけるのは至難の業だ。エバノンなら森で狩人をしていたし、適任だと思ったのだ。それにエバノンなら森の歩き方を知っている。間違っても森の中で迷子になることは無いだろう。そういった意味でもエバノンは必須だ。
エバノンに続いてマリアドネ、オレ、ホフマンの順で森の中を進んで行く。エバノンは時々止まっては地面を確認したり、木を確認してしたりしている。きっと獲物の足跡や痕跡を探しているのだろう。オレには何の変哲もない落ち葉の落ちた地面に見えるけど、エバノンクラスの狩人になると何か見えるのだろうか?
暫くエバノンの後をついていくと、前方にピンク色の何かが見えた。何だあれ?
「ハズレか」
エバノンの呟きが聞こえた。
エバノンはピンクの何かへと歩いていく。近づいて分かった。これ、たぶんオークだ。オークは、ピンクの肌を持ち、巨体を誇る妖精族の一種族だ。その身長は2メートルを優に超え、縦にも横にもデカい種族だ。そのオークの巨体が倒れている。近づくと血と臓物の臭い、強い死臭がした。既に死んでいるようだ。オークの周りにはたくさんの小さな虫が飛んでいて、羽音がうるさい程だ。オークの腹は斬り裂かれ、そこから臓物が零れ出ており、多種多様な虫に集られている。こんな最後は迎えたくないと思わせる光景だ。
エバノンはオークの死体に近づくと、死体に触れたり何かを調べ始める。
「見ろ、右耳が無い。味方が狩ったんだろう」
確かに言われて見るとオークの右耳は欠損していた。きっと冒険者か騎士が、討伐の証として右耳を切り取って行ったのだろう。
「あっちにゴブリンの死体もある。あれも右耳が無いな。やれやれ、ハズレを引いちまったみたいだ」
エバノンは、足跡などの僅かな痕跡から、このオークやゴブリンを追っていたようだ。追っていた獲物が、既に狩られた後だった。だからハズレと言ったのだろう。
「気を取り直して次に行くか」
その後もユエルの森の中を探索を続けたが、ハズレばかりで魔族を見つけることができなかった。そして、何度目かのハズレを引いた後、オレ達は探索を打ち切り、ホッパトの町跡まで戻って来ていた。
ホッパトの町跡に戻ってきた頃には、もう日が沈みかけており、そこかしこで焚火の輝きが見えた。オレ達も森で木の枝を拾い集め火を起こす。温かいスープでも作ろうと思ったのだ。
干し肉を細かく切って入れ出汁を取る。そこに玉ねぎを切って入れて、塩で味を調えてやればオニオンスープだ。お察しの通り味が薄いが、温かいというだけでご馳走だ。コンソメのキューブや出汁の粉末が欲しい。割と切実に。だが、コイツにパンを浸して、上から炙ったチーズを垂らしてやると結構美味い。森の中を歩き回って腹が減っているので、ハフハフ言いながらガツガツ食べる。
「魔族、居ませんでしたわね…」
夕食も一段落した頃、ポツリと呟くように言った。
「残念です…」
マリアドネの場合、魔族を見つけられなくて残念というより、魔族と戦えなくて残念と思ってそうだ。
「残念ですけど、今回は空振りですわ。明日には此処を発ちましょう。幸い、騎士は大勢います。わたくし達が抜けても問題はありませんわ」
異論はない。今日半日探し回っても見つからなかったのだ。見つかったのは魔族の死体だけだ。そもそも獲物が狩り尽されていたのだろう。もうこの場所に見切りをつけて旅立った冒険者もいると言うし、オレ達もこの場所に見切りをつけるべきだ。この場所に拘泥する必要なんて無い。次を考えるべきだ。
次か…。アルクルム山地とライリスの森、どちらになるんだろうな。
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