第68話 マリアドネ
ユエルの森に向かう道中。夕食を食べ終えて、草原に横になり、後は寝るだけという時間。もうすっかり日も暮れて、目を開けると満天の星空が広がっている。辺りに光源が無いから、星がよく見える。まるで漆黒の夜空に、数えるのも億劫になるくらい無数の宝石をちりばめた様な光景だ。
「はぁ」
胸がいっぱいになり、思わず感嘆のため息が漏れる。相変わらず、知ってる星座が無いのが少し寂しいけれど、目の前に広がる星空は、そんな寂しさの吹き飛ばしてしまう程美しい。オレが平安貴族なら詩でも詠んでいたレベルだ。
「アル、起きていますか?」
星空に手を伸ばしていると、不意にマリアドネから声が掛かった。
「起きてるよ。どうしたの?」
「アルはどうしてネクロマンサーの道に?」
どうして?どうしてと言われると、答えにくいな。オレがネクロマンサーを選んだ理由は、強くてかっこ良さそうだったからという単純な理由だ。今思うと中二病を患っていたのだろう。ネクロマンサーを選んだ時は結構悩んだ記憶はあるけど、しょせんはゲームの事だからと軽く考えていた。オレは人生の選択肢としてネクロマンサーを選んだわけではないのだ。
「気が付いたら、そうなってました」
としか答えられない。気が付いたらゲームの中みたいな異世界に居て、ネクロマンサーとして生きるしかなくなっていた。本当に、気が付いたらそうなっていたとした答えられない。こんなことになるんだったら、他の職を選んでおけば良かったと後悔している。ネクロマンサーというだけで多くの人に嫌われるのは、結構心にくるのだ。
「そうですか…」
「マリーはどうして冒険者に?」
オレはかねてからの疑問をマリアドネにぶつけてみた。マリアドネみたいな高貴な生まれの人間が、神殿騎士を辞めてまで冒険者になるなんて尋常な事じゃない。本人が望んだとしても、周りの人間が止めるはずだ。
「わたくしは…生きてる実感が欲しかったのかもしれませんわ…」
生きてる実感か…。マリアドネが言うには、彼女は誰もが羨む出世コースを進んでいたようだ。神殿騎士の学校を首席で卒業、若年で隊長に抜擢、数々の功績を上げて、次は安全な後方勤務の予定だったらしい。確かに誰もが羨む出世コースなのだろう。なんで辞めちゃったんだ?
「ですが、それらはわたくしの力で手に入れたものではありません…」
マリアドネの父親は、絶大な権力を誇る高位の貴族らしい。マリアドネの周りの人間は皆、彼女の父親に忖度したようだ。マリアドネは自分の力を試したい、自分の力で勝ち取ることを望んでいるのに、その為に努力もしているのに、誰もが彼女の心など無視して、彼女は勝ちを、功績を、地位を、名誉を譲られ続けた。マリアドネが自分で手に入れたものなど一つもない。
「思えば、幼少期の頃からそうでしたわ」
自分の努力など無視されて、正当に評価されない。それは…一種の虐待ではないだろうか?言葉を失うオレにマリアドネは続ける。
「お父様にとって、わたくしはお人形なのです」
まるで人形を着飾らせる様に、マリアドネを地位や名誉で着飾らせる。マリアドネはそんなこと望んでいないのに。きっとマリアドネは、裸の彼女自身を評価して欲しいのだろう。
「わたくしは飢えていたのでしょう」
マリアドネは自分の実力を発揮する機会に飢えていた。
「そんな時です。あの遠征で…」
マリアドネは、あの敗戦の中、イの一番に敵陣に突っ込んで行った。その後も殿軍として魔族と戦っていた。魔族との戦いを通して、マリアドネは生きてる実感を得たと言う。魔族はマリアドネの出自や地位など気にも留めずに殺そうとしてきた。魔族との命を懸けた真剣勝負を経て、命の危機にさらされることで、生きている実感を得たようだ。マリアドネは自分の手で自分の命を勝ち取ったのだ。
「快感でしたわ」
快感て…。いや、話聞いてたら、そう言いたくなるのも分かるけどさ。きっと白虎の力を受けて、気分がハイになっていたのだろう。
「ですから、わたくしは冒険者になったのです」
このまま神殿騎士に留まっても、安全な後方勤務になるだけだ。なので神殿騎士を辞めて冒険者になったようだ。魔族との戦いを求めて…。オレは確信したね。あぁ、コイツは筋金入りのバトルジャンキーなんだなって。
「幸い、此処ならお父様の影響力も本国ほど酷くありませんし」
父親の影響力が届かないのを良い事に、周りの制止を振り切って冒険者になったそうだ。
「それに貴方と一緒なら、また白虎様のお力を賜れるかと思いまして…」
あぁ…そうだったね。コイツは白虎ジャンキーでもあったんだった。業が深いなー。
なんて言うか、マリアドネはただのバトルジャンキーじゃなくて、ちゃんと理由があったんだな。それに、ちょっと似てるなとも思った。問答無用で人から嫌われる、ネクロマンサーであるオレと、問答無用で人から持ち上げられる、高位貴族の令嬢であるマリアドネ。方向性は逆だけど、人から問答無用で自分の意思に反する事をされるのは同じだ。コイツも若いのに苦労してるんだなぁ…。いつだったかも思ったが、貴族に生まれるのも良い事ばかりではなさそうだ。
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