第67話 相談
「ですが、次回はわたくしも活躍できる場所にしてくださいまし」
昨日、マリアドネに言われた言葉だ。この言葉がオレを悩ませる。狩場を変えるべきだろうか?
ホルスの沼地はハーリッシュから近いし、安全にリザードマンが狩れる良い狩場だと思う。リザードマンの尻尾もわりと高値で買い取ってもらえるし、魔族の討伐で実績もたまり、冒険者ギルドからの評価も上がる。
なにより、生活ができている事実が大きい。確かに外套とか馬とか欲しくても手が届かない物はたくさんあるけれど、一日3食しっかり食べ、宿で寝泊まりすることができている。たまには贅沢してリザードマンの尻尾を食べることもできるし、少しずつではあるが貯えもできている。狩場を変えて今の生活が破綻するのが怖い。
しかし、今の状況を最大限活用するなら、一歩踏み出すべきという考えもある。オレは今組んでるパーティは永遠のものではないと思っている。必ず近い将来解散することになるだろう。マリアドネなんてどう考えても複雑な事情を持ってそうだ。冒険者なんてやってる方がおかしいのだと思う。それがなくてもホフマンはもう結構な年だ。10年後、今と同じように動けるとは思えない。たぶん、今が一番戦力の揃っている状況なのだ。
正直、報酬を三等分しなければいけないことを考えると、ホルスの沼地はあまり美味しい狩場とは言えないというのもある。一人で狩った方がよほど美味いし、2人の戦力を遊ばせているのはもったいない。
戦力が揃っている内に、新しい狩場を見つけるために冒険するのは良い考えだと思う。今なら金銭的にも余裕はあるし、多少の失敗なら大丈夫だ。マリアドネも望んでるしな。それに、なにも失敗すると決まったわけじゃない。もしかしたら、ホルスの沼地より稼ぎの良い狩場が見つかるかもしれない。
となると、問題は何処を冒険するかだ。オレは頭の中の地図を広げる。ハーリッシュの周りには草原が広がっており、北にはこの間遠征に行ったバストレイユ鉱山がある。ハーリッシュから見て南東にはホルスの沼地があり、行くとしたら東か南になるだろう。
ハーリッシュの東には山岳地帯となっており、いたるところに坑道が掘られているアルクルム山地となっている。つるはしを持っていれば採掘できるポイントが複数あり、此処ではオリハルコンやアダマンタイトといった邪神領特有の鉱石を手に入れることができる。オリハルコンやアダマンタイトはかなりの高値で取引されており、当たればでかいというロマンのある狩場だ。
問題は、坑道がトータスの住処になっているためトータスとの戦闘は必至だという事、オレに鉱石とクズ石の見分けができない事がある。トータスとの戦闘はまぁいいとして、鉱石の見分けができないのが致命的だ。これでは何の為にアルクルム山地に行くのか分からない。ゲームでは、入手すれば自動で鑑定されてアイテム名が分かるが、現実ではそんなことありえないのだ。
なんか、いまいちそそられないな…。
じゃあ南はどうなのかと言うと、南にはライリスの森という大森林が広がっている。草刈り鎌や斧を持っていれば採取できるポイントが複数あり、邪神領特有の薬草や香草、果実や原木を手に入れることができる。邪神領特有のモンスターも多数生息しており、豊富な動植物が魅力的な狩場だ。
問題は、ゴブリンを始めとする妖精族の縄張りになっているという事。森の中には彼らの拠点が点在している。そして、もう一つがオレには草の判別なんてできない事だ。
なんか、どちらを選んでも変わらなそうだな…。
オレ一人で決めて良い事じゃないし、マリアドネ達に相談してみるか。
◇
狩場の事でマリアドネ達に相談しようと、彼女たちの宿を訪ねると、意外にも普通の宿で驚いた。もっと高級な宿に泊まっているのかと思っていた。
宿の人に胡散臭そうに見られながら、なんとかマリアドネ達を呼んでもらう。そうだね。いきなり腰ミノ一つと骨のアクセサリーをじゃらじゃら着けた全身刺青の半裸男がいたら警戒するよね。早くこの蛮族スタイルを卒業したい。
「アルは休日までその恰好なのですね…。それで、今日はどういたしましたの?」
マリアドネに呆れられてしまった。仕方ないだろ。これしか服持ってないんだから。腰ミノを服と言うのかは疑問だけど。
「ちょっと相談があって来たんだ」
「そうですか。では、場所を変えましょう」
マリアドネと共に近くの喫茶店に向かうが…。
「ごめん。オレ、此処出禁にされてるわ…」
「そうですか…。ではあちらに」
マリアドネが近くのレストランを示す。
「あそこも出禁に…。と言うか、この付近は全滅と言って良い」
「え…?そ、想像以上に、その、嫌われてますのね…」
知っていたつもりですが…。そう言ってマリアドネが、その優美な双眸をハの字に歪め、悲しそうな顔をする。
「ネクロマンサーだからね、仕方ない」
オレは力ない笑みを浮かべて答えた。ここまでくると笑えてくる。
「その恰好も問題だと思いますわよ?」
それはそうだわ。マリアドネの正論パンチが胸に刺さる。でも、服を買う金なんて無いんだよなぁ…。
結局、オレ達は冒険者ギルドまで足を延ばしていた。これから冒険の相談をするのだ。ある意味、とても相応しい場所に落ち着いたといえる。
「それで、相談というのは?」
「実は…」
オレはアルクルム山地とライリスの森、どちらに冒険に行くべきか悩んでる事を告げる。オレの知ってる範囲で、それぞれの魅力や問題点なども伝えていく。
「そういうことでしたか。実はわたくし達も情報の収集をしていたのですが…」
なんとマリアドネ達は他の冒険者達から情報収集をしていたらしい。オレにはできない事なので素直に助かる。やっぱり現場で働く冒険者の生の声は、とても参考になると思う。
彼らによると、今は期間限定のクエストが話題になっていると言う。そのクエストが、『ユエルの森掃討作戦』だ。
ユエルの森はハーリッシュの北にある森である。バストレイユ鉱山に向かう時に通った森だ。森の中を一本の広い道が走っていた。
そのユエルの森で、ゴブリンやオーク、トータスが多く目撃されているという。教会はこの事態を重く見ており、騎士を派遣して彼らを殲滅することに決めたようだ。理由は、次回のバストレイユ鉱山奪還作戦の際の不安要素の排除だそうだ。
冒険者にもその協力要請が依頼という形で出ている。それが『ユエルの森掃討作戦』のクエストだ。なんでも、ユエルの森でゴブリン、オーク、トータスを討伐すると通常の討伐報酬に加えて、教会から報酬が出るそうだ。要は期間と場所が限定で、ゴブリン、オーク、トータスの討伐の単価が上がっているのだ。
知らなかったな。そのクエストを受けるのはアリかもしれない。
「わたくしも興味がありますわ」
マリアドネも乗り気みたいだ。ホフマンも頷いている。
「では、決定ですわね」
マリアドネが宣言し、次の冒険の地が決まる。ユエルの森なら一度行ったことがあるし、道に迷う心配はなさそうだ。次に何処に行くかも決まり、弛緩した空気が流れる。
「クエストの詳細はあそこに貼り出されているようですわ」
マリアドネがクエストボードを示す。そういや在ったなクエストボード。確認しなさ過ぎて存在まで忘れていた。
「今回のようなこともありますし、これからは随時確認した方が良さそうですわね」
それなー…。
「実はオレ、字が読めないんだ」
だからマリアドネ達にクエストボードを確認して欲しいんだけど…。
「そうなのですか!?」
マリアドネが大げさに驚く。ホフマンも驚いたように目を瞠っていた。そんなに驚くことか?文字を読めない、書けない人は結構居るって聞いたぞ?
「魔法を使う方は、文字に堪能な方が多いので…。意外でした」
マリアドネが考え込むように目を伏せ沈黙する。どうしたんだろう?しっかし、こうしてると清楚な美人さんに見えるな。睫毛なげー。あ、マリアドネが目を開いた。目が合ってちょっとドキッとする。
「でしたら、お教えしましょうか?何かと不便でしょうし」
え?教えてくれるて、文字を?マジで?
「凄く助かるけど、良いの?」
「かまいませんわ」
やったぜ!読み書きできないのは、ずっと懸念の一つだったのだ。いつかお金を貯めて誰かに習おうと思っていた。文字をタダで教えてくれるって、コイツ女神かよ。
「そうと決まれば、早速やりましょう」
どうやら女神は性急らしい。ありがたいけどね。問題はオレがあのアルファベットのような象形文字のような文字を覚えられるかどうか…。英語ですら、まともに覚えられなかったのに…。いや、泣き言なんて言ってられないな。頑張れオレ!
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