第66話 サイコロステーキ
結局、その日の内にハーリッシュまで帰って来ることができた。白虎の力ってすげー。一日短縮してしまった。ひょっとしたら、馬に乗るよりも速いかもしれない。最後の方なんて馬の方がバテてたからな。
「それで、この後はどういたしますの?」
ハーリッシュに入ると、マリアドネが尋ねてきた。その表情はキリッとしており、目を引くほどの美人さんだ。白虎のバフを受けた時の痴態など、なかったかのようである。あえて掘り下げたりしないけどさ、お前変わり過ぎだろ。随分とでかい猫を飼っているようだ。
「今日中に換金しちゃいましょう。臭いですし」
馬に積んだリザードマンの尻尾は、まるで腐った卵の様なホルスの沼の臭いを放っていた。かなり臭いみたいで、道行く人々が避けて通って行く。マリアドネもホフマンも顔を顰めていた。
「そうですわね。そうしましょう」
3人で冒険者ギルドへと向かう。
「何の臭いだ、うげ…」
「ねぇ、あれ…」
「何、あの格好…」
相変わらず嫌われてるなー。今日は悪臭もプラスで、いつもより余計に厳しい視線を受けている気がする。まぁ腰ミノだけの半裸の蛮族スタイルの男が居たらこうなるか。この辺は少しマリアドネ達に申し訳ない。オレと一緒に居て悪評とかに晒されないと良いんだが…。
「やはりその恰好はどうかと思いますわよ?」
「ですよねー」
返す言葉も無いよ。
冒険者ギルドの扉を開けると、視線が突き刺さる。いつもならすぐに逸らされるのだが、今日はオレの後ろへと視線が注がれている。マリアドネだ。興味の視線だろうか?もしくは不審の視線かな?なんでオレなんかと一緒に居るのか怪しんでいるのだろう。ちなみにホフマンは表で馬と一緒にお留守番だ。
「いきましょう」
マリアドネが視線など気にせず歩き出す。オレも慌ててマリアドネに続いた。
「いらっしゃい!無事に帰って来たのね!」
はぁ~受付嬢ちゃん今日もかわいいんじゃ~。心がぴょんぴょんする。
「リザードマンの尻尾の買取をお願いいたしますわ。物は表の馬に積んであります」
「はい。人を呼んできますね、少々お待ちください」
慣れない人が相手で、ちょっとかしこまってる受付嬢ちゃんもかわいい。子どもが背伸びしてるみたいで微笑ましいものがある。
リザードマンの尻尾の換金を終えたオレ達は、トカゲの尻尾亭へと来ていた。トムソンにリザードマンの尻尾を売りに来たのだ。ついでに今回の狩りの成功を祝って打ち上げをしようと思ったのである。
トムソンへの販売も滞りなく済み、今は同じテーブルを囲んでお食事中だ。オレが頼んだのは勿論リザードマンの尻尾のステーキである。このぷりぷりとした触感と芳醇な味わいが堪らない。今日はお酒も飲んじゃおうかなー。収入もあったし。
「納得がいきませんわ」
マリアドネがまた言い始めた。今度は何だ?
「報酬の話しです」
オレ達は今回の報酬を三等分した。何が気に入らないんだ?
「今回わたくし達は何もしておりませんもの。全額貴方が受け取っても良い程です。せめて貴方の取り分をもう少し増やすべきです。施しは結構ですわ」
報酬が少ないと文句を言う人は多々居るだろうけど、報酬が多いと文句を言う人間は稀だと思う。なんというか、律儀な人なんだな。人間的には好ましいのだけど、めんどくさい。
「施しなんかじゃないよ。今度2人が大いに働いてくれた時も三等分するからそれで良いでしょ」
「個々の貢献に依って報酬を変えた方が働きも良くなるのではなくて?」
面倒なこと言い出したなー。
「絶対揉めるよ。それに個人の向き不向きもあるし、苦手を補い合うのもパーティということで納得できない?」
「揉めれば良いではありませんか。反省点の洗い出しにもなります。一石二鳥ですわ」
オレは助けを求めてホフマンを見た。助けてホフマン。ホフマンは頷くとマリアドネに向き合った。
「お嬢様。我々は冒険者としては新参者。ここは先達の顔を立てておきましょう」
「ですが…」
「お邪魔するよー。これ、サービス。パーティの結成祝いだ。めでたい席で不満なんて言いっこなしだぜ」
マリアドネが更に言葉を重ねようとしたところに、トムソンが料理を持って現れた。これってリザードマンの尻尾のサイコロステーキか?甘い肉の香りと酸味のあるソースの匂いが食欲を誘う。早速一つ取って食べてみた。
「美味い。美味いよトムさん」
「そうだろう、そうだろう。腕が良いからな!はっはっはー」
トムソンが笑いながら厨房へと帰って行く。現れるタイミングといい、オレのステーキとはソースの味を変えてくれる気配りといい、最高だぜ!
その後、ため息を吐いてマリアドネは報酬の取り分に納得してくれた。めでたしめでたしである。
「ですが、次回はわたくしも活躍できる場所にしてくださいまし」
また面倒なことを言い出したな。オレはもう一つサイコロステーキを摘まむ。ああ、やっぱり美味い。些細な不満など解けて消えてしまう程だ。思わず笑みが零れる。
「…そんなに美味しいのですか?」
マリアドネが尋ねてくる。
「美味しいよ。これを食べないなんてもったいない」
「そうですか…」
マリアドネがサイコロステーキを一つ取る。その顔はサイコロステーキを睨み付けている様に険しい。
「お嬢様、おそらくそれはリザードマンの…」
「分かっていますわ。ですが、せっかくの御好意です。何事も経験ですわ…」
まるで自分に言い聞かせるように言うと、マリアドネは意を決したようにサイコロステーキを口に運ぶ。
「まあ!」
マリアドネが、その大きな目を見開き、口に手を当てて驚きの声を上げる。そして次第に強張った顔を綻ばせていく。
それを見てオレは思ったね。ああ、コイツも落ちたなっと。
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