第65話 ジャンキー
「納得いきませんわ!」
リザードマン狩りも順調に終わり、そろそろ帰ろうかというところで、マリアドネが突然グズりだした。いったい何が不満なんだ? リザードマンはついに大台の42匹も狩れて大漁だし、運搬には馬が使えるし、言うこと無しだ。ひょっとして、馬にリザードマンの尻尾を乗せすぎて、自分が馬に乗れないのが不満なのかな? でも、最初に歩くって約束したし……問題ないだろ?
「歩くのが不満なのは分かるが……」
「違います! 結局、わたくしはなんの活躍もできなかったではないですか!」
なんとも子どもっぽい理由でグズりだしたものだ。オレは呆れてホフマンを見る。お宅のお嬢様ですよ、なんとかしてください。
ホフマンはオレの視線に気が付くと、オレに向かって頷いて見せた。いや、何の頷きだよ。え? これってオレがあやすの?
「マリーは大活躍だったよ。マリーが周囲を警戒してくれたおかげで、オレはリザードマンの相手に集中できたし。警戒も大事な役目だよ?」
「それはそうですけど……。わたくしは一度も剣を抜くことが無かったのですよ?」
敵襲が無いのは良い事だと思う。楽ができて良かったじゃないかと思うんだけど、マリアドネは納得できないらしい。ようはマリアドネは戦いたかったのだろう。そういやこの娘、見た目が清楚だから忘れてたけど、重度の戦闘狂だったわ。
「これはもう白虎様を召喚していただくしかありませんわ」
「え?」
なんでそうなるの?
「今のわたくしを慰めてくれるのは白虎様のお力のみです」
言い切ったよこの娘。どんだけ白虎のバフに心奪われてるんだ。たしかにアレは危ないオクスリみたいな全能感が味わえるけど……これはもう完全な依存症と言っても良いのではないだろうか。引くわー……。
「まぁそれは冗談ですけれど、白虎様の御加護で足が速くなるでしょう? 移動時間の短縮になりますわ」
「なるほど……」
白虎のバフを移動に使うのか。白虎のバフは切り札という印象が強くて、そんな便利使いするなんて思いもよらなかったな。移動時間短縮の為に白虎を使うのは、正直アリだと思う。移動に時間が掛かり過ぎるというのは、大きな悩みの種だったのだ。比較的近場にあるこの狩場も、此処まで来るのに3日も掛かっている事を考えると、移動速度が上がるのは大きな利点だ。
馬に乗れないから仕方ないと諦めていたけど、まさかこんな方法があるとは。マリアドネの自由な発想に脱帽である。
しかしなー。白虎の力はいざという時の為に取っておきたい気持ちも強い。
「後は帰るだけなのでしょう? 心配ありませんわ。だから、ね?」
マリアドネが懇願する様に上目使いで見つめてくる。正直ドキドキする程可愛い。そうだね、まずは試験的に試してみるのも悪くないよね。決してマリアドネに絆されたわけじゃないよ!? でも、ほら何事も試してみるのって大事だから。でへへ……。
「分かった」
「やった!」
マリアドネが胸の前で手を合わせ、まるで大輪の花が咲いた様な笑みを浮かべて喜んでいる。かわいい。でも、騙されてはいけない。この笑顔はオクスリで喜ぶジャンキーとなんら変わらないのである。
「でも、明日にしましょう」
もう夕方だし、今から白虎を使っても仕方ない。
「……そう、ですね」
マリアドネが悲し気に目を伏せた。なんだか酷く悪い事をした気持ちになるから止めていただきたい。
その後、野営の準備を済ませて、晩飯を食べて皆でおねんねだ。夜中の警戒は英霊達に頼む。オレとマリアドネは横になって寝るけど、ホフマンは地面に突き立てた大剣を背もたれに座っただけだ。あれで体が休まるのだろうか?
たぶんだけど、ホフマンはまだ英霊のことを信頼してはいないのだろう。今夜も寝ずの番をするのかもしれない。体力大丈夫だろうか?
◇
そして次の日。
「出でよ、白虎」
早朝から白虎の咆哮が響き渡る。体の奥底から全身に力が漲ってくる。頭がすっきりして、今なら何でもできそうな全能感を感じる。やべぇわ。脳汁ドバドバ出てるー。解放感が凄まじい。マリアドネじゃないけど、これはクセになる気持ちは分かるわー。
「キましたわ! ああ! この感覚! おかしくなってしまいそう……っ!」
マリアドネが自分自身を両手で抱きながら、内股でくねくねしていた。その顔は上気し、赤くなっている。瞳は潤みを帯びてあらぬ方向を向いていた。なんていうか、すごく艶めかしい。え? これ本当にマリアドネ?
「ふーっ、ふーっ」
マリアドネの荒い息が聞こえる。その目はガン開きで血走っている。完全にヤバイ人だ。戦闘狂でジャンキーとか、コイツ拗らせ過ぎだろ。せめてどっちか1つにしてくれ。
「れあ、いきましょー!」
いま「れあ」って言ったか? 口回ってねぇじゃねぇか。大丈夫か、このお嬢様。マリアドネに続いて走り出すと、ホフマンが寄って来た。なんだ?
「貴様、お嬢様に何か良からぬ事をしたんじゃあるまいな?」
「は?」
オレのせいにするなよ。元々だろ。
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