第64話 沼④
やって来ましたホルスの沼地。やっぱ狩りと言えば此処っしょ。過去の成功した体験が、オレに自信を与えてくれる。今回は初めてパーティを組んだので失敗したくなかったのだ。ホルスの沼地なら、過去に何度も来たので道に迷う心配もないし、狩りの勝手も分かってる。失敗は無いだろう。この腐ったドブみたいな臭いも懐かしさすら感じ、オレに自信を与えてくれるようだ。
「酷い臭いですわね。鼻が曲がりそう…」
「貴様!お嬢様をこんな所に連れてきて、どういうつもりだ!」
2人はこの臭いがお気に召さないらしい。そりゃそうだ。こんな腐った卵みたいな臭いが好きな奴なんて、リザードマンぐらいだろ。
「まぁまぁ、落ち着いて。此処は結構、穴場なんスよ」
そう言ってオレはぬかるんだ地面を進んで行く。しばらく進むと、急に草木のヴェールが無くなり、視界が一気に広がる。瞳に映るのは、果てまで続いているかの様な巨大な沼だ。真ん中に大きな島が浮いているのも見える。
「此処は…?」
「ホルスの沼地です。ああ、リザードマンがいきなり槍で突いてくるかもしれないから、沼にはあまり近づかないで。あとその沼、底なし沼です」
沼を覗きこもうとしていた2人が素直に戻ってくる。
真ん中に見える大きな島。あの島はリザードマン達の住処になっている。本当なら乗り込んで乱獲したいところだが、周りの沼は底なし沼なので、容易には近づけない。なので、今日するのは釣りだ。
「釣り、ですの?」
「こんな所でか?」
「まぁ見てて。出でよ、ハインリス、エバノン、リリアラ」
オレの召喚の求めに応じ、3人が空間の歪みから姿を現す。3人が鋭い目で周囲の状況を確認し、ハインリスとエバノンの顔が曇った。
「また此処か…」
「あんま嬉しくねぇ召喚場所だな」
「ごめんよ。ハインリス、エバノン」
「構わんさ。それより、そちらの2人だが…」
マリアドネが英霊達に向けて一歩前に足を踏み出す。
「お初にお目にかかります。マリアドネ・ラ・ロンデンベルグですわ」
マリアドネがスカートの裾を両手で少し持ち上げ、膝をちょこんと折って英霊3人に礼を示した。その見事な礼に、一瞬此処が舞踏会の会場であるかの様な錯覚までするほどだ。舞踏会の会場なんて知らんけど。
「ホフマンだ」
ホフマンは随分素っ気ない。英霊達を警戒しているようだ。
「丁寧な挨拶、痛み入る。私はハインリス。今はただのハインリスだ」
「アルの奴もこんな別嬪さん連れ回すとか、隅に置けねぇな。ああ、俺はエバノン。狩人だ」
「リリアラよ。貴女、前見た時と随分雰囲気が変わったわね」
マリアドネが英霊達に挨拶するとは思わなかった。ホフマンもぶっきらぼうだったけど名乗ってたし。正直、英霊なんて気持ちが悪いと遠巻きにされる可能性も考えていたくらいだ。オレの中でマリアドネとホフマンの好感度急上昇である。
挨拶も一通り済み、いよいよ釣りスタートだ。
釣りと言っても、本当に釣り糸を垂らして魚を釣るわけじゃない。ゲームでは、獲物をパーティの居る安全地帯まで誘き寄せる行為を“釣り”と呼んでいたのだ。
普通は弓矢などの遠距離攻撃でモンスターを攻撃し、誘き寄せる。他には魔法で釣ったり、召喚した召喚獣や英霊で釣る“召喚釣り”、直接モンスターをぶん殴って釣る“漢釣り”なんてのもあった。
今回は一応召喚釣りになるのかな。パーティメンバーの居る岸に連れてくるわけじゃないけど、一応モンスターを誘き寄せてるし、釣りと言っても良いだろう。
「じゃあハインリス、頼んだよ」
「はぁ、言ってくる」
ハインリスがため息を零して沼の中へと入って行く。いや、悪いと思ってるんだよ、ほんと。でも、ハインリスって召喚コストが安いし、頼み事をしやすいから、ついつい頼ってしまうのだ。
「底なし沼とおっしゃっていましたけど、大丈夫ですの?」
マリアドネが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫ですよ」
「そうですか?」
「ぐっ!」
マリアドネと話していると、突然ハインリスの逼迫した声が聞こえてきた。慌ててハインリスに目を向けると、ハインリスが3匹のリザードマンに襲われていた。獲物が掛かったようだ。今日は食い付きが早いな。
「どうするんですの?!」
マリアドネが悲鳴みたいな声を上げる。ハインリスを助けに沼の中に入って行きそうな勢いだ。慌ててマリアドネの手を掴んで引き止める。
「アル!?」
マリアドネが驚いた表情で振り返った。
「まぁまぁ、落ち着いて。それより目を閉じた方が良い」
「は?貴方は何を言って…」
オレは目を閉じ、目を庇うように左腕を掲げる。たぶん、そろそろのはずだ。
「いっくよー!」
そんな掛け声と共に、目を閉じていても感じる閃光と、空気を割るような轟音が響き渡った。リリアラの雷の魔法だ。目を開いて確認すると、倒れたリザードマン達と、立っているハインリスが見える。ハインリスは食いしばりの効果でHP1の状態で耐えたのだろう。
「ふっふーん♪」
リリアラに目を向けると、ご機嫌そうに鼻歌を歌いダンスしていた。可愛い。
「いったい何が、魔法?」
マリアドネが目を瞬かせて周囲を確認している。
「魔法で味方ごと…?」
マリアドネが、信じられないと頭を振っている。この誤解はマズイな。早めに解いておこう。
確かに、ハインリスを無謀にも沼に突撃させた挙句、囮にして、魔法で諸共ふっ飛ばしたように見えるかもしれない。自分で言ってて酷い鬼畜野郎に聞こえるな…。
誤解を恐れずに言うなら、ハインリスを囮にしたのはわざとだ。と言うか、英霊を囮に使うのはネクロマンサーの基本戦術である。
でも違うのだ。英霊の体は、魔力で作られた仮初の体なのだ。壊れたり失われたりしても、再度召喚すれば元通りなのである。
その後、沼に沈んだハインリスを送還し、もう一度召喚することで、なんとかマリアドネは納得してくれたみたいだ。
危なかった。パーティを結成して初回の狩りで解散の危機だったかもしれない。そこまでいかなくても、確実にしこりにはなっていただろう。オレも鬼畜野郎と誤解を受けたままになっていたかもしれない。防げて良かった。
「じゃあ次に行きましょう」
「次?」
「場所を変えて、今のをもう一度やるんです」
マリアドネの顔が引き攣ってるように見えるのは気のせいだよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます