第63話 馬

 オレは、ハーリッシュの東門に着いた途端に己の失敗を覚った。東門は、とにかく巨大な門だ。門の前には、これまた大きな広場が広がっている。


 朝も早い時間だと言うのに、既に多くの屋台が建ち並び、店主たちが客寄せに大きな声を張り上げていた。広場を行き交う人の数も、人々が邪魔をして先が見通せないほど膨大だ。馬車もひっきりなしに通過していく。


 街は完全に眠りから覚めて、活動を開始していた。まだ日が昇ってそう経っていない早朝だというのに……相変わらずハーリッシュの住人は早起きだな。


 活気があってたいへんよろしい光景ではあるが、この中から人を探すとなると一苦労だな……。どうしよう?


 マリアドネ達に「東門に集合」とだけ言ったのも悪かった。これでは門の外に居るのか、門の内側に居るのかも分からない。広場に居る可能性もあるだろう。もうちょっと詳しく集合場所を設定すれば良かった。こんな時はスマホがあれば良いんだけど、そんな便利なものはこの世界には無いし、作り出す技術も知識も持って無い。文明の利器が懐かしいぜ……。


 これは足で探すしかないな。まずは門の付近から探してみよう。早いところ見つかればいいんだが……。最悪、このままマリアドネ達に合流できず、いたずらに時間ばかりが流れる可能性もある。今日中に冒険に行けるのかも怪しくなってきたな……。


 ◇


 もっと難航するかと思われたマリアドネとホフマンの捜索だが、2人は割とすぐに見つかった。彼らが約束通り門の近くに居たこと。そして、彼らが目立っていたので5分もせずに見つけることができた。まぁ、目立っていたのは彼女たちではなく、その隣に居るものが原因だ。


「おはようございます、アル」


「お嬢様をお待たせするとは何事か!」


「まぁまぁじいや」


 マリアドネは要所要所を金属で補強した比較的軽装な革鎧で身を覆っていた。下はスカートだ。スカートからは厚手のタイツみたいなぴっちりとした生地に包まれた細い足が生えている。腰には細身の剣が吊るされているのも見えた。全体的に優美さや格式高さを感じる女性らしい格好である。高貴な生まれであるマリアドネには良く似合っている気がした。


 マリアドネの横でオレを睨んでいるホフマンは、がっしりとした黒い全身鎧に身を包んでいた。堅牢であり、そして暴力の気配を感じる鎧だ。肩に付いている大きな棘とか、何の用途で付いているのか不明だ。背には黒い武骨な大剣を吊っているのが見える。全体的に重戦士といった感じだね。


 だが、そんな2人よりも目立つ存在が隣に居る。


 彼女たちの隣で大人しく待っていたのは、2頭の馬だった。2頭とも赤みがかった焦げ茶色の毛並みで、鼻筋が白い。もうこの場で待つことに飽きたのか、前足で石畳をしきりに掻いていた。


「2人ともおはようございます。あの、オレ馬持ってないんですけど……」


 2人が馬を持っているのは意外だった。前回のバストレイユ鉱山への遠征では馬に乗っていなかったからだ。馬に乗っているのと、いないのでは、当然ながら進めるスピードが全然違う。オレだけ馬を持っていなくて申し訳ない。オレのせいで移動速度が落ちちゃうからね。それとも、オレは走った方がいいのだろうか?


「安心してくださいな。わたくし達も歩きますわ。この子たちは荷物持ちのために連れてきたのです」


「荷物持ちって……」


 マジかよ。どこのセレブだよ。あぁ、コイツ良い所のお嬢様だっけ。すげーわ、これがセレブか……!


 馬って滅茶苦茶高いんだよ。ほんと車みたいなお値段がするのだ。ちょっと良い馬、駿馬とか言われるやつになると、本当に高級車みたいなお値段に跳ね上がる。その更に上に軍用馬というやつがいるみたいだが、オレにはもうついていけない世界だ。


 しかも、馬って車以上に維持費が掛かるのだ。生き物だからね、そりゃ飲み食いするよね。お世話もしないといけないし、車以上に手間の掛かる存在なのだ。


 オレはもうすっぱり馬を所持することを諦めてる。その日暮らしが精一杯のオレには、とても手が出せない。


 その馬を荷物持ちに連れていくのか……。それなら人足でも雇った方がはるかに安上がりだ。この世界、奴隷はないけど、人件費とか、もっと言うと人の命のお値段とか結構安めである。馬の方がよっぽど高いのだ。


「アルも馬がいると便利ですよ。荷物も持ってくれますし、いざとなれば馬に乗って逃げることもできます。勿論、移動も速くなりますわ。冒険には心強い相棒だと思いますの」


 そう言ってマリアドネが馬の鼻筋を撫でてやる。馬も気持ち良さそうだ。確かに色々と便利だろうけど、そんなに軽々しく馬を勧められてもな……オレには手が出せないのだ。


「はぁ……考えておきます……」


 笑顔が引き攣ってないか不安だ。金持ちの感覚ってやべー……。


「えぇ、ぜひ」


 マリアドネが大輪の花のような輝く笑顔で勧めてくるけど……可愛い。確かに可愛いよ。でも……殴りたい、この笑顔……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る