第62話 虜
人々に指を指されながら、宿屋への道を歩いていく。オレの心にあるのは諦めと開き直りだった。悪目立ちするのは今日が初めてってわけでもないからな。いい加減慣れてくる。
大通りから離れ、小道に入ると、視線の数が一気に減って、少し気が楽になる。このまま小道を通って行こう。
子どもに泣かれること2回、罵声を浴びること4回、やっと宿にたどり着いた。これはマズイ事態だな。早く外套を手に入れないと…!
「見つけましたわ!」
宿に入ろうとしたところ、二人組のヒューマンに声を掛けられた。一人は勝気そうな金髪碧眼の美少女、もう一人は老境さしかかった品の良いおじさまだ。誰?
「貴方、またそんな恰好を…。街中ではどうかと思いますわよ?」
さもオレのことを知ってるかのように話す美少女。その視線は恥ずかしそうに逸らされている。そうだね。今のオレ半裸だもんね。でもこの声…聞き覚えがある。ひょっとして、この美少女はマリアドネなのか?
よく見ると、顔はマリアドネだった。いつも後ろで纏められていた髪が、今日は下されている。服も騎士の服装ではなく、ドレスみたいなワンピースだ。いつもと雰囲気が違い過ぎて誰だか分らなかった。口調も違うし、全体的に女性らしい印象を抱かせる。いったいどうしたんだろう?オフモードというやつか?
「今日は、貴方にお願いがあって待っていましたの」
「お願い?」
って何だろう?見当もつかない。
「実は…わたくし達を貴方のパーティに入れて欲しいのです」
は?予想外のお願いに一瞬思考がフリーズする。パーティに入れて欲しいって2人は冒険者にでもなったのか?神殿騎士の職はどうした?
「あんたらは神殿の騎士様だろ?」
「神殿騎士でしたら辞してきましたわ」
「えー…」
マジかよ……。この2人、本気で冒険者をやるつもりらしい。でも、なんでオレの所に来たんだ?2人は実力もあるし、オレみたいに冒険者共に嫌われているわけではない。わざわざオレと組まなくても、もっと相応しいパーティがあるはずだ。
「わたくしはもう虜になってしまったのです…」
マリアドネはそう言って、オレを見つめてくる。その頬は桜色に染まり、その瞳は潤んでいる。思わずドキッとした。え?マジ?マリアドネがオレを?でも、どう見たって今のマリアドネは恋する美少女だ。その瞳はまっすぐオレを見つめている。マリアドネがオレを……。正直、意外だと思う。でも、ここまで思われているのなら応えないわけにもいかない。
「オレも……」
「白虎様の御加護を受けた時の喜びが忘れられないのです!」
そう、頬を染めて叫ぶマリアドネ。
えー…。なんかすごい期待しちゃったから裏切られた気分だ……。白虎の加護か、確かにアレは開放感や全能感がすごい。麻薬みたいなもんだとは思っていたけど……まさかマリアドネがジャンキーになってしまうとは……。さっきの顔は恋する美少女顔ではなく、クスリを欲しがるジャンキー顔だったらしい。
「ですからどうか、わたくし達をパーティに加えてくださいまし!」
オレは判断に困って、マリアドネの後ろに控えるホフマンを見る。ホフマンは苦虫を噛み潰したような顔をしてコクリと頷いた。嫌々ながら賛成って感じか?
うーん……どうすべきか。2人とパーティを組むのは、ぶっちゃけアリだ。2人の実力は、実際に見て知っているし、腕の立つ前衛は喉から手が出るほど欲しい。オレはか弱い後衛のネクロマンサーなのだ。とっさの時に前線を張ってくれる前衛が居るのは助かる。2人の性格に悪いモノも感じないし、かなりの優良物件だと思う。断る理由が無いな。
「分かりました。これからもよろしくお願いします、隊長」
「ありがとうございます。それと、隊長はよしてくださいまし、そうですねぇ…マリーで構いませんわ。堅苦しいのもなしでよろしくてよ」
マリーって、急にフレンドリーになったな。どうやらマリアドネはフランクにいきたいらしい。
「でしたら、オレのこともアルで良いですよ」
ゲームではフレンドにアルさんと呼ばれていたしな。アルビレオって名前長いし。
「アル…よろしくおねがいしますね、アル」
マリアドネはそう言って花咲くような笑顔を見せた。やばい惚れちゃいそう。
◇
早速明日から活動を始めることを約束すると、マリアドネ達は帰っていった。マリアドネは早く冒険者として活動したくてウズウズしてるみたいだった。ホフマンは全てを諦めたような虚無の表情をしていた。
この2人、間違いなく主従なのだろう。マリアドネが主でホフマンが従だ。決定に関しては、全てマリアドネが決定を下していた。ホフマンはたまにマリアドネに助言する程度で、後は頷くのみであった。
思えば、神殿騎士をしていた頃も、ホフマンはマリアドネを敬うように接していたな。たまに「お嬢様」って呼んでたし。
パーティか。まさか、冒険者共から嫌われているオレが誰かとパーティを組むことになるとは…人生って分かんないものだなぁ。でも、良い事だよな。受付嬢ちゃんに報告したら、我が事の様に喜んでくれたし、あの笑顔を見られただけでもマリアドネ達と組んで良かったと思える。
たぶん良い変化なんだよな。これを機に、他の冒険者やハーリッシュの街の人とも仲良くなれたら良いと思う。望み薄かもしれないが…。
翌日。
オレは朝早くから活動を開始していた。まずは腹ごしらえだ。オレはルドネ族用の小さなミニチュアみたいな屋台の前に並ぶ。
「おはよう、ズンさん。串焼き5本ね。あと昨日頼んだ件だけど、どうだった?」
「おはようさん。あんたは今日もケッタイな格好してるなー。塩の件だろ?ありゃ無理だ」
そう言いながらズンドラが串焼きを手渡してくれるので、オレはしゃがんで串焼きを受け取る。
彼の名はズンドラ。ルドネ族の気の良いおっさんである。見た目は子どもだけどね。言動がおっさんぽい。腹巻巻いてるし。そんな彼だが、こう見えて3人の子どものパパさんである。子どもを育てるのにはお金が掛かるらしく、こうしてハーリッシュに屋台で出稼ぎに来ているらしい。
オレはズンドラには本当に世話になっている。店を出禁されているオレに代わって買い物をしてくれるのだ。もちろんその分の手数料は払ってる。遠征前には、彼に塩や水袋をしこたま買い漁ってもらった。今回彼に頼んだのは、その塩の販売だ。今オレの手元には、普通に生活する分には多すぎる量の塩が残っている。その塩を売り捌いてもらおうと思ったんだけど…どうやら難しいらしい。
「元々塩の取引は、塩問屋が目を光らせてんだ。少量ならともかく、あんな大量は捌けねぇよ」
塩の販売は一部の商会の利権となっているようだ。その利権を犯すようであれば、制裁は免れないらしい。
「第一おいらから買う人間がそもそもいねぇよ。こっちが多少安く売ろうが、皆塩問屋から買うだろう」
加えて信用の問題か。確かに塩問屋から買う方が安全安心だろうな。
「まぁ知り合いには声掛けといたから、多少は捌けると思うぜ」
「ありがとう助かるよ」
多少損をしても塩を現金に戻したかったのだが…。これはしばらく外套は買えないな…。
「なぁに良いってことよ。あんたには稼がせてもらってるからな」
ズンドラがニカッと笑顔を見せる。稼がせてもらってるって言っても、ズンドラが取る手数料は割と低い金額だ。今度からは、これまでの感謝も含めて多めに渡そう。
「ご馳走様」
「あいよー。また何かあったら言うんだぜー」
串焼きを食べ終えてズンドラと別れる。今日はこれからマリアドネ達とお仕事だ。
「たしか東門だったな」
オレは周囲の視線を無視してハーリッシュ東門へと歩き出した。
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