第60話 教会⑤
遠征は失敗。教会に捕まってる今の状況ってかなりマズイ。処刑コース待ったなしである。こんな状況にならない為に、逃げる準備をしたというのに、まさか意識を失ってしまうとは…。
いや、今からでも逃げるべきなんじゃないか?幸い、拘束されているわけではないし、目の前にはパドリックも居る。最悪の場合は、パドリックを人質にして逃げるという選択肢もある。
自棄を起こしそうな思考が、パドリックの後ろに控える屈強な神殿騎士の存在により、少し冷静さを取り戻す。そうだな。早とちりしてはいけない。まずは確認しないと。
「遠征はどうなりましたか?」
オレは一縷の望みを懸けてパドリックに尋ねる。
「遠征は…」
パドリックがニコニコ顔から悲しそうな顔に変わる。ああ…ダメか…。
「残念ながら失敗しました…」
ですよねー…。あんな状況から勝てるわけなんて無い。ほとんど潰走に近かったもんなー…。
「オレは…どうなりますか?」
オレにとってはこれが一番重要だ。処刑なんて絶対にお断りだ。いざとなれば、パドリックを人質に取ってでも逃げるつもりだ。
パドリックは相変わらず悲しそうな表情を浮かべている。これは…覚悟を決めた方が良いかもしれない。
「それは…難しい問題です」
パドリックがポツリポツリと語りだす。元々教会の中でオレの処刑は決まったことだったようだ。オレを生かしておくつもりなど最初から無かったわけである。と言うのも、そもそもオレが本物の白虎を召喚できるなど、教会の上層部は誰も信じていなかったそうだ。パドリックが語ってみせた、教会内でオレを擁護する声というのはとても小さく、無視されたらしい。パドリックは、オレが逃げ出さないように、あえて希望を持てるような嘘を語っただけであった。
「その節はすみませんでした…」
パドリックが深く頭を下げる。オレはそれをただただ混乱しながら見つめることしかできなかった。
パドリックから聞かされた話は嘘で、教会はオレを処刑するつもりで、じゃあなんでオレはまだ生きてるんだ?なんでパドリックは裏事情をオレに聞かせるんだ?なんでパドリックは頭を下げるんだ?
「ですが、そうはなりませんでした」
状況が変わったのは、オレが白虎を召喚した時だと言う。教会は、オレが偽物の白虎を召喚すると思い、その時オレを捕まえる予定だったらしい。オレを処刑する為に、オレが白虎を騙り教会を欺いたということを、市民の目に見える形で示したかったようだ。
「私も初めは貴方を処刑することに賛成でした。ですが…」
だが、オレの召喚した白虎は本物の白虎だった。パドリック達は、一目見て白虎が本物だと気が付いたらしい。それから教会は大混乱に陥ったようだ。まさか、オレの召喚する白虎が本物だとは、夢にも思わなかったそうだ。その混乱は今でも続いていると言う。
「今の教会ですが、二つの勢力に割れています」
オレを擁護する勢力と、オレを処刑しようとする勢力だ。
「皮肉ですね。私の吐いた嘘が、まさか本当になってしまうとは…」
元々オレを擁護する声は無きに等しかった。それが急に大きくなった理由。その一つは、オレが本物の白虎を召喚したからだ。実際に白虎の姿を見て、本物だと確信した人々が、オレを擁護する声を上げたのである。二つ目は、遠征に参加した教会の騎士達である。彼らは、オレの召喚する白虎、青龍の姿を見て、オレが殿軍を務めた事を知って、声を大にしてオレを擁護してくれたようだ。
「まさか貴方が青龍様とも契約を交わしているとは…」
オレの擁護する声はマチルドネリコ連邦を中心に広まり、教会上層部も無視できない勢力になっているらしい。その勢力のトップにいるのが、なんとパドリックだと言うから驚きだ。
「今の貴方の扱いですが、保留と言う形になっています。処刑はありませんが、特別扱いもできません」
世の中不思議に満ちている。まさかの処刑回避である。もうダメかと思っていたので、安堵が大きい。パドリックがオレを特別扱いできないことを詫びてきたが、全然問題無しである。
マチルドネリコ連邦の中であれば、これまで通り自由が保障されるらしい。しかし、それはマチルドネリコ連邦内で、オレを擁護する声が大きいからだ。他の国では、オレを処刑しようとする勢力の方が大きいらしい。もし他の国で捕まってしまったら、処刑されるだろうと言っていた。
だが、他の国になんて行く予定は無いし、問題無いだろう。
「油断するのはまだ早いですよ」
マチルドネリコ連邦内であれば、オレを擁護する声の方が大きいが、全体で見ればまだまだ少数派閥だ。油断はできないらしい。
また、オレには責任が生じるとも言われた。白虎と青龍の契約者として相応しい行動が求められると言う。よく分からないので詳しく聞いてみたら、戦争での活躍を求められているそうだ。
今回の遠征は失敗したが、オレの活躍で死傷者が減ったという見方があるらしい。今後も戦争で同等以上の活躍を求められるだろうと言われた。オレ一人の活躍じゃないんだけどな…。
「危険ではありますが、チャンスでもあります」
オレが活躍すればするほど、オレを擁護する声は大きくなるだろうと言う。オレを処刑するよりも生かして使った方が得だと思わせることが肝要であるとのことだった。
「こんなところでしょうか。あまり病み上がりに長話もいけません。今日はこのぐらいにしましょう」
「はい…」
いろんな情報を聞いて、頭がパンクしそうだ。
「では、くれぐれもご自愛ください」
パドリックが神殿騎士を連れて退室する。情報の整理にはもう少し時間が掛かりそうだ。教会の派閥はややこしいし、戦争に出なくちゃいけないのは怖いし、面倒なことがいっぱいある。でも今は…!
「生きてるって素晴らしー!」
素直に生きてることを喜びたい!
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