第59話 教会④

 温かく、柔らかく、心地の良い時間は、額に触れた冷たさによって終わりを迎えた。


「んあ…?」


 目を微かに見開くと、白い天井が見えた。知らない天井だな。


「起きましたか?」


 右から声がしたので、目を向けると女の人がいた。とりあえず頷くことで返す。


「では、人を呼んできますので少々お待ちください」


 そう言って女の人は行ってしまった。


 そのまましばらく横になっていると、だんだんと頭が回り始める。……あれ?何処だよ此処!?


 オレはガバッと上体を起こして周囲を確認する。飛び込んでくる白い天井、白い壁はどこか病院を連想させる。部屋は広めだ。5メートル四方はありそうだな。その部屋の隅に置かれたベットの上にオレは居る。


「ん?」


 よく見たら、白いパジャマみたいな服着てるじゃん。この世界に来て、初めてまともな服を着た瞬間である。テンション上がるわー!


 テンションは上がっても此処が何処かは分からなかった。何これ?どういう状況なんだろう?オレは眠る前の事を思い出そうとする。


 たしか、リリアラとラトゥーチカを抱っこして、トータスの軍団から逃げていたはずだ。その後、マリアドネ達に会って、敵軍に奇襲を仕掛けて…そうだ!白虎のバフの効果が切れたから、もう一度白虎を召喚したんだ。その後の記憶が無い。


 オレは白虎を召喚して倒れたのか…でも、何で?白虎を召喚したら意識を失った。たぶん、白虎を召喚したことが、意識を失った原因なんだろうけど…。その関連性が分からない。


 今まで白虎を何回か召喚してきたけど、問題は無かった。意識を失うなんて、今回が初めてだ。もし、今後も白虎を召喚して意識を失うようなことがあったら……危なくて白虎の召喚なんてできなくなってしまう。


 白虎はオレの切り札だ。今まで何度も助けられてきた。その切り札に、使うのを躊躇するような不安を覚えるようなことはあってはならない。


 最悪、白虎を使えなくなるかもしれないな…。


 そんな不安を抱いていると、ノックの音が飛び込んできた。オレは部屋の扉へと目を向ける。誰か来たようだ。そう言えば、さっきの女の人が人を呼んでくるって言ってたっけ。


「どうぞ」


 此処が何処なのか知る為にも会うべきだろう。意識を失ったオレを介抱してくれたならお礼も言わないと。


「失礼するよ」


 そう言って部屋に入ってきた人物に、オレは驚愕してしまった。


「パドリック猊下!?」


 部屋に入って来たのは、後ろに2人の神殿騎士を従えたパドリックだった。パドリックはハーリッシュに在る大きな神殿の神殿長だ。おそらく、マチルドネリコ連邦における教会の責任者。猊下と尊称しても否定しない辺り、教会の大物であるのは間違いない。


 オレは慌てて姿勢を正そうとしたところ。


「そのままで。どうぞ、楽な姿勢で」


 パドリックがニコニコと好々爺の様な笑みを浮かべて言ってくる。無碍にするわけにもいかず、オレはベットの上で座ったままパドリックと対面した。


「御加減はいかがですか?」


「大丈夫です。ええと……」


 まず、何を訊けばいいんだ?


「混乱するのも分かります。貴方は戦場で意識を失ったのですよ。原因は魔力欠乏症と聞いています。何か思い出せますか?」


「魔力欠乏症…?」


 魔力欠乏症は、自分の中の魔力を使い過ぎることで起こる症状らしい。寒気を感じたり、体温の低下、手足の震え、酷い時には意識を失うこともあると言う。


 そう言われると、英霊の召喚をしてMPを消費する度に、寒気を感じたり、体温の低下を感じた。体はいつも通り動くからと無視していたけど、魔力欠乏症の症状だったらしい。魔力欠乏の症状が出ているところに、更に白虎というMPを大量に消費する四聖獣を召喚したことにより、オレは意識を失ってしまったらしい。


 オレが意識を失ったのは、白虎の召喚に問題があったわけではなさそうだ。MPの残量にさえ気を付ければ、白虎の召喚には何も問題は無い。これは朗報だ。切り札を失わなくて済む。


 でも、魔力欠乏症か…。そんなの聞いたことも無いぞ。ゲームでは、MPが0になろうと普通に行動できていた。ゲームと現実は違うと言われればそれまでだけど。魔力欠乏症か…厄介だな。MPの残量にはゲームの時以上に気を付けないとな。戦闘中に意識を失ったら終わりだ。


「あの、此処は何処なんでしょう?」


 オレは目の前に居るパドリックに質問をぶつけてみた。質問したいことは山ほどある。戦場で意識を失って、目が覚めたら此処に居た。此処が何処かも分からない状況だ。


「此処はハーリッシュに在る大神殿ですよ」


 やっぱり教会か…。パドリックが居るから、そりゃそうだ。でも、これってマズイ事態じゃないか?


 今回の遠征はどう見ても失敗だ。遠征軍はバストレイユ鉱山を一時的に奪取したが、敵軍の攻撃に遭い叩き出されてしまった。遠征軍はハーリッシュまで逃げ帰って来た状況だ。たぶん、死傷者もかなり出ているだろう。今回の敗戦に対して、責任を取る人間が必要だ。


 遠征前にパドリックに言われた言葉を思い出す。教会はオレの召喚する白虎の真偽を疑っている。今回の遠征の成否は、白虎の真偽を確かめるテストという意味もあった。遠征が失敗した以上、オレの召喚する白虎は偽物と判断されたはずだ。教会にとって今のオレは、白虎を騙って教会を騙した大罪人。敗戦の責任を取らせるのに丁度良い人間だ。


 あれ?これ詰んでね?

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