第57話 逃走

 Q:たった数十人で、数千の敵を足止めできるか?ただし戦場は広い荒野とする。


 んなもんムリに決まってたわ。何で少しでもイケルと思ったのか、過去の自分に訊いてみたいくらいだ。何が「行くぞ!」だよ。逝かなかっただけ奇跡だわ。畜生め!


「でもかっこよかったわよ?」


「うん」


「……ありがと」


 オレは今、<族長>リリアラと<禁呪>ラトゥーチカを抱っこしながら、トータスの群れに追われる形で、森の一本道を逃げていた。


 逃げながら、抱っこしたリリアラとラトゥーチカに、トータスの群れにバンバン魔法を撃ってもらっている。ルドネ族は馬上で魔法を使えて一人前らしい。これくらいの揺れなら問題なく魔法を行使できるようだ。すごい。


「いくわよ!」


「んっ!」


 2人の魔法が炸裂し、後方から爆発音が聞こえる。偶然の産物とはいえ、これってかなり使える戦術じゃねぇか?この速さで魔法を撃ち逃げってかなり凶悪だと思う。


 あ!そうか!何か引っかかると思ったら、これってルドネ族の基本戦術だわ。馬に乗って高速で近づいて来て、魔法を撃って高速で逃げていく。実際やってみて分かるけど、かなりエグい戦術だわ。ルドネ族が女神の尖兵と呼ばれるのも納得である。ルドネ族は馬上で魔法が使えて一人前と言われるのは、この戦術を使う為か。こんなにちっちゃくて可愛い種族なのに舐められないのは、怒らせたら怖いからだろう。


「魔力がもう無いわ」


「同じく」


「了解。リリアラ、ラトゥーチカ、送還」


 オレは一度立ち止まる。


「出でよ、リリアラ、ラトゥーチカ」


 2人を召喚すると、体の中の温かさが少し減る。たぶんだけど、この温かいものってMPだと思う。ゲームと違って数値で分からないから不便だ。感覚的なものだけど、その温かさが残り少ない気がする。これまでたくさん召喚してきたからなー。MPが少なくなるのも分かる。体の中の温かさを失うからか、体を動かしているのに、少し寒気がするのが難点だ。


 召喚した2人を、肩に乗せるようにして抱っこすると、オレはまた走り出した。




 後方から響く爆発音を聞きながら、オレは森の中の一本道を走る。


「敵が遠いわ。もうちょっとゆっくり走りなさい」


「へーい」


 少し走る速度を落とす。しかし…。オレが走る度に2人の体がぴょこぴょこ跳ねるのだが、その度に2人のお尻が腕に押し付けられる。2人ともオレの腕に座ってる感じだから、体が跳ねる度に、ぽよんぽよんと柔らかいお尻が弾むのだ。まさか英霊を、それもルドネ族の英霊を意識する日がくるとは思わなかった。そんな場合じゃないのは分かってるし、英霊に欲情するとか不健全極まりないのも分かってる。でも、そもそも二人がお尻を押し付けてくるのが悪いんだよ!オレは悪くねぇ!


「ちょっと!」


 リリアラから鋭い響きが聞こえ、心臓が鷲掴みされた様な衝撃を受ける。え?もしかしてバレちゃった?お尻の感触楽しんでるのバレちゃった?どどどどうしよう?!


「遅すぎるわ!もっと速く走りなさい!」


「はい!」


 良かった~。バレたわけではないっぽい!オレは勢いよく良い返事をすると、走るスピードを上げるのだった。



 ◇



「出でよ、リリアラ、ラトゥーチカ」


 もう幾度目かも分からない召喚を行う。また少し、体から温かさが消えた。もうはっきりと寒さを自覚する程寒気がするし、物理的に体温も下がっているようだ。手足の末端から冷たくなってきている。手足の感覚も曖昧だ。


 まさかMPを少なくなることで、体にまで影響が出てくるとは…。予想外の事である。


「貴方、顔色悪いわよ?無理しちゃダメだからね!」


「ん…」


 召喚したリリアラとラトゥーチカに心配されてしまった。顔色も良くないようだ。でも体調は問題無いんだよなー。どこか痛いとか無いし、手足もちゃんと動く。白虎のバフを受けているから、むしろ超人的な動きもできるくらいだ。ただ体が冷えているだけ。


「大丈夫だよ、たぶん」


 ちゃんと走れるし、まだ大丈夫だろ。オレはそう結論づけて、二人を抱っこして走り出した。




「ねぇ!アレ!」


 走っていると、急にリリアラが声を上げる。


「ん?」


 振り返って確認すると、森の中からトータスに襲撃する騎士達の姿が見えた。数が少ない。もしかして…味方を逃がす為に、我が身を犠牲にトータスの侵攻を遅らせようと特攻しているのだろうか…。切ない気持ちが込み上げてくる。


 騎士達は、トータスに襲撃を仕掛けると、すぐに逃げ始めた。


 ん?


 騎士達の逃げるスピードがハンパない。みるみるトータスとの距離を離してこちらに近づいてくる。何だよ、あの超人的なスピードは!?


 近づいてきたのは、見覚えのある人達だった。マリアドネ率いる隊の人達だ。ホフマンにガリクソン、ロベル、バズ皆居る。皆生き延びていたか。そのことが嬉しい。涙が出そうだ。


「アルビレオ…だな?なんだその恰好は!?それに子どもを…!」


「隊長…いや、その、これは…違くて…」


 再会早々、問題発生だ。今のオレの姿は、ボロボロの布きれを纏った、腰ミノ一丁の蛮族スタイルになっている。トータスの群れに突っ込んだ時、タコ殴りに遭って、外套をボロボロにされてしまったのだ。もう外套で隠すことはできない程、蛮族スタイルオープンである。


 しかも、パッと見幼女に見えるルドネ族を二人も抱っこしている。これはもう半裸の変質者が幼女を誘拐している様にしか見えないだろう。もしくは、蛮族の悪い呪術師が子供を生贄にしようとしている感じだろうか?どっちにしても、事案待ったなしである。何て言い訳すれば良いんだ?もう分かんねぇよ。


「子どもって失礼ね!貴女より年上よ!」


 リリアラ頬を膨らまして怒っている。ややこやしくなるから黙っててくれないかな?年上ってオブラートに包んだ様に言ってるけど、あんたいい年したおばあちゃんだろ?なに頬を膨らまして可愛い子ぶってるんだよ!可愛いなーもー。


「透けてる…!これは何だ!?」


 マリアドネ達が英霊を見て驚いている。そうだね、青白いし透けてるし幽霊みたいだよね。そう言えば、マリアドネ達に英霊を見せたこと無かったっけ?


「私と契約している英霊です」


「これが…」


 マリアドネが物珍しそうに英霊を見ている。リリアラはなぜか無い胸を張り偉そうだ。ラトゥーチカは恥ずかしそうに身を捩じらせる。同じルドネ族でも性格はかなり違うらしい。


「隊長、そろそろ退却しませんと…」


 ホフマンの言葉に我に返る。そうだった。トータスの集団に追われているんだった。早く逃げないと。


「ああ、そうだな。アルビレオ、話は走りながらだ」


 オレはマリアドネの言葉に頷き、彼らに続いて走り出した。

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