第56話 バストレイユの門⑤

 オレは白虎で強化された脚力にものを言わせて戦場をひた走る。このままではマズイ。マズイったらかなりマズイ。激マズだ。


 あれから戦況は大きく動いていた。敵の中央と左翼が、右翼側へと移動を開始したのだ。このままでは右翼で戦ってる味方戦力が横腹を突かれてしまう。そうなれば、潰走は免れないだろう。敵の追撃で多くの死者が出てしまう。マズイマズイマズイ……なんとかしなければ……。


 なんとかしたいけど、どこにも余分な戦力なんて無い。皆、敵右翼を打通する為に一生懸命だ。どうにかして防がないといけないけど、そのための壁になる戦力が無い……。


 先程からいくら振り払っても頭を過るのは、坑道から現れた魔族の侵攻を遅らせる為に残った決死隊の事だ。彼らは見事、自らの命と引き換えに、オレ達が出撃するまでの時間を稼いでくれた。


 オレは彼らのように死ぬのは御免だ。それに、オレが死んだところで敵の進軍を止められるとは思えない。だけど、できる限りの事はしよう。彼らに報いる為にも。


 オレは決意を込めて敵中央軍の前に立ちはだかる。まだ距離があるのに、ドドドドドドッと地響きが聞こえ、地面が少し揺れてる気さえする。土煙が巻き上がり、後ろの方は良く見えないが、見えるだけでも相当数のトータスがこちら向かって来ていることが分かる。怖い。今からでも逃げ出したい気分だ。此処に立ったことを後悔しそうになる。


 でもやる。やるって決めたんだ! やってやるぞ畜生め!!!


 幸い、オレにはまだ切り札が残ってる。オレがやらずに諦めて、そのせいで多くの人が犠牲になるなんて耐えられない。そんな十字架、オレには重すぎる。だからできる限りの事はする。オレが死なない範囲で、だけどな。


「魔力の泉! 百霊夜行!」


 ネクロマンサーの真骨頂! 数の暴力ってやつを見せてやるよ!!!


「出でよ! ハインリス! ライエル! ディアゴラム! アーテナ! リーヨ! アダルタ! イリア! ウィリアム! ノーバウト! アデプト! ・・・」


 全部だ。全部出す。


「リリアラ! アイリス! ラトゥーチカ! シヴィー! クレハ! ・・・」


 MPを使い切った魔導士達も、一度送還して再度召喚していく。


「死霊の宴! 死への憧憬! 黄泉帰り! 死者の祝福!」


 オレの持てる全てのアビリティを使って英霊を強化していく。


「開け! 黄泉の門!」


 ネクロマンサーにのみ許されたスペシャルアビリティ:黄泉の門を使い、全てのリキャストタイムを0にする。英霊の召喚リキャストタイムをリセットする。これで英霊が倒されても、すぐに再召喚が可能だ。単純に戦力が倍になる。そして……。


「出でよ! 青龍!」


 当然、青龍も再度召喚可能だ。これがオレの切り札。通常、膨大なリキャストタイムがある青龍の連続召喚。ゲーム内では、この『黄泉の門』を絡めたコンボは、お手軽高火力コンボとしてネクロマンサー御用達だった。『黄泉の門』自体、再使用までに掛かる時間が、青龍や白虎のリキャストタイムを凌ぐほど膨大なので、頻繁に行えるコンボではないが、ここぞ! という時にはよくお世話になったコンボである。


「薙ぎ払えっ!」


 オレが命じると同時に、頭上に青龍が召喚され、極太レーザーのようなドラゴンブレスが放たれる。ブレスは敵軍を一閃し、数多のトータスを瞬時に蒸発させ、爆発を巻き起こす。ファンタジーな世界なのに、まるでここだけSF映画のような光景だ。爆風が熱気となって此処まで届くことで、どこか現実離れしたこの光景が、現実のものであると強く実感させられる。


 あぁ……このクソッタレな光景が現実だとはな……。


 頭上の青龍が少しずつ薄くなり、実体を無くしていく。本当なら、敵が居なくなるまで何度も青龍を召喚したいところだけど、それはできない。次に青龍を召喚できるのは何日か後だ。


 爆発で巻き上げられた砂煙を抜けて、多数のトータスが姿を現す。早速、青龍に頼りたくなる光景だ。今すぐにでも逃げ出したい。白虎のバフが残ってる今なら、簡単に逃げられるはずだ。


 青龍を再度召喚してあの極太レーザーのようなブレスを撃ったのだ。敵のトータスたちには甚大な被害を与えたはずだ。


 もういいんじゃないか?


 オレはもうできることをやったんじゃないのか?


 これ以上オレにできることなんてあるのか?


 またぞろ、弱気な自分が顔を出す。振り払っても振り払っても纏わり付いてくる邪魔なヤツだ。


 怖い。


 逃げてしまいたい。


 そんな気持ちに心が支配されそうになる。


 弱気な自分が「お前はもう十分働いた」と、オレを楽な方へと押し流そうとする。


 でも!!!


「敵中央、左翼をなんとしても食い止める!」


 そんな弱気な自分に喝を入れるように大声を出す。オレは独りじゃない。オレの後ろには英霊たちが居る。皆、呆れたような顔をしながら、こんなオレに付いて来てくれている。それがどんなに頼もしいか……。


「行くぞ!!!」


 オレは、英霊たちに命令を下すと、迫りくるトータスの群れに向けて走り出した。


 もう迷わない!!!

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