第55話 マリアドネ視点

 その心を奪われるような光景から、一早く自分を取り戻したのは、わたくしだった。周りの騎士達は、未だ心此処にあらずといった気配だ。このままではマズイ。


 わたくしは戦況を確認しようと、騎士達の間を潜り抜け、最前線へと飛び出す。視界が開け、飛び込んできた光景に言葉を無くす。あれほど居た魔族の前衛集団が、消え去っていた。地面が煌々と赤く輝き、此処まで熱気が伝わってくる。凄まじい破壊の爪痕だ。この光景を見た時、わたくしは確信を深めた。アレは青龍様に間違いないと。まさかアルビレオが青龍様とも契約を結んでいるとは…。


 青龍様。人魔大戦の折に失われた四聖獣の一柱。その巨大で優美な御姿は、見る者に感動をもたらした。そしてこのお力、凄まじいの一言に尽きる。


 再び忘我の境地へ旅立とうとしていたわたくしを、大きな破壊音が呼び止める。見れば、敵右翼のトータスの群れに幾つもの魔法の輝きが襲い掛かっていた。幾匹ものトータスが倒れ、残ったトータスも酷く混乱しているようだ。千載一遇の好機に見えた。


「突撃ぃいいいいいいい!」


 わたくしは、騎士達よ、目を覚ませと全身全霊で叫ぶ。自分でも驚くほどの声量が出た。大声を出したことで、緊張がほぐれたのか、体が軽くなった気がした。自分でも気が付かない内に、酷く緊張していたようだ。それはそうか。だって、わたくしとって今回が初陣、初めての実戦。相手はゴブリンやコボルトではない。強大な魔族、トータス。これで緊張しないだなんて、恐怖を感じないだなんて嘘だ。でも…!


 大声を出したその勢いのまま、わたくしは敵右翼に向かって駆け出す。恐怖はある。自分が無残に殺される姿を幻視し、恐怖に浮足立つ。地面をちゃんと踏めているのか、不安になる程おぼつかない足取りだ。それでも進む。前に進む。


「進めぇえええええええ!」


 大声を上げて、自分を鼓舞する。自分の中の不安、恐怖を追い出すように大声を上げた。


 突然、私の大声に答えるかのように、戦場に雄々しい咆哮が響き渡る。戦場の全ての音を掻き消すような大きな咆哮だ。白虎様…!白虎様の咆哮が、わたくしに勇気を授けてくれる。


 振り返ってその御姿を拝見したい衝動をねじ伏せ、わたくしは走る。


 体の奥、お腹の奥底から熱いものが全身に広がり、体中に力が漲り、頭が冴えてくる。今なら何でもできそうなほどの全能感。これが白虎様のお力…!マズイですわ。クセになってしまいそう。


 熱い吐息を漏らし、しっかりと地面を踏みしめ、わたくしは加速する。凄まじい速さ。まるで飛んでいるかのようだ。白虎様のお力に感動し打ち震える自分とは別に、冷静な自分が突出し過ぎだと警告する。でも…。


 敵の陣形が崩れ、混乱している今が好機!少しでも早く襲撃し、混乱を長引かせるべきですわ!


 そう結論付けると、わたくしは更に加速する。もう敵との距離はいくらも無い。剣を抜き、こちらに背を向けているトータスに狙いを定めと、わたくしは跳んだ。


 敵のトータスは、巨躯を誇り、その胴は亀の甲羅の様な厚い鎧に守られている。通常なら致命打を与えるのは難しい。でも、敵がこちらに背を向けている今なら!


 わたくしの体は狙い通りにトータスへと飛んで行く。狙うは胴鎧と兜の間、首!


「チェイッ!」


 裂帛の気合を込めて、首へと刃を寝かせて突きを放つ。突きは狙い通り鎧と兜の間を通り抜け、手ごたえも感じない程、するりとトータスの首へと飲み込まれていく。


 わたくしはトータスの背中へと着地し、トータスから跳び退く反動を利用して、剣を引き抜いた。トータスの体は、急に支えを失ったかのように倒れ伏し、起き上がる気配はない。仕留めた。初めて自分の力で魔族を殺めた。そのことで感傷に浸る時間は無い。


 地面に着地するのと同時に、わたくしは次の獲物を定めて前へと駆けだす。トータスが3体、突然倒れた味方に驚愕し、大きな口を開けている。わたくしはその内の右の一体に狙いを定めた。


「ハァアッ!」


 わたくしはトータスへと剣を振り下ろす。狙いは脚だ。トータスの胴体は鎧を付けている。わたくしの力では鎧を貫くのは難しい。首は高い場所に在り剣が届かない。それで、次善の手段として足を狙うことにした。足を斬られれば首が下がる。仕留めるのはそれからだ。仮にもし仕留められずとも、足を斬られていれば追撃戦には参加できないだろう、という狙いもある。


 剣先が、トータスの腿へと当たる。剣は、まるで手ごたえ無く、トータスの体に吸い込まれるように沈み込み、トータスの腿を両断した。そのことに自分でも驚く。まさかこの太い腿を両断できるとは!明らかに力が上がっている。これが白虎様の加護…!


「Gugyaaaaaaaaaaa!」


 片足を失ったトータスが、悲鳴を上げ倒れる。今なら首が狙える。追撃を考えたが、視界の端に2体のトータスが動くのが見えた。2体のトータスが、武器を振り上げ迫る。わたくしは回避を選び、右へと跳んだ。先程までわたくしが居た空間を剣と斧が通り過ぎてゆく。


「どりゃぁぁあああああああ!」


 突然の掛け声と共に2体のトータスの首が飛んだ。首を失った胴が、ドクドクと血が噴水の様に吹き出し崩れ落ちる。わたくしは、それを為した人物を見た。


「お嬢様、一騎駆けとは感心致しませんな」


 ホフマンだ。ホフマンが大剣で一気に2体のトータスの首を飛ばして見せたのだ。相変わらず凄まじい技量だ。お嬢様呼びを咎めるのも忘れ、感心してしまう。


「じいはもう年寄りなのです。あまり無茶な真似は…」


 ホフマンが、転がったトータスに止めを刺し、憐れな老人を装って苦言を呈する。


「貴方のようなお年寄りがいますか!」


 何処の世界にトータスを一気に2体も屠るお年寄りが居るのだろう。その肉体は剣の腕と共に鍛え抜かれており、未だ現役のそれだ。


「もう50を過ぎとるのですが…」


 ホフマンのボヤキを無視し、周囲の状況を確認する。バズ達がこちらに向けて走って来るのが見えた。本隊が到着するまで未だ間がある。それまでに…。


「退路を確保しますよ!」


「やれやれ、お嬢様は年寄り使いが荒い…」


「隊長とお呼びなさいな。貴方も白虎様の加護を受けたのでしょう?期待していますわ」

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