第54話 バストレイユの門④

 うげっ、うじゃうじゃ居やがる。


 門の上部からの眺めは最悪だった。門と森との間にある荒地には、敵が陣取っていた。森への道を遮断するように、門を囲うように、緩くU字を描くように敷かれた敵の陣が、朝日に照らされている。一人も生かして帰さないという気概を感じる陣形だ。鶴翼の陣ってやつか?知らんけど。


 敵陣の前衛にはゴブリン、コボルト、オークの姿が見える。もしかしたら、小さくて見えないだけでフェアリーも居るかもしれない。そして敵陣の奥には、一際巨大な姿が列を成しているのが見える。よりにもよってトータスかよ…。


 トータスは、二足歩行の直立した亀みたいな魔族だ。2メートルを軽々と超える体躯を持ち、その身を亀の甲羅の様な鎧で固めている種族だ。高いHPと防御力を誇り、耐久力に優れる反面、魔法には弱いという弱点がある。


 これから転進、言っちゃえば逃げる為に彼らを突破しないといけないのだが…よりにもよって倒すのに時間のかかるトータスがあんなにたくさん居るなんて…。最悪だ。だが、突破しない事には活路が無い。やるしかないのか…。


 オレが覚悟を決めるのを待っていたのか、敵陣に動きがあった。門に向けて前進を開始したのだ。遂に戦闘が始まる…!


「出でよ、アイリス!リリアラ!シヴィー!ラトゥーチカ!クレハ!カメロン!カティア!エリス!エバノン!・・・」


 遠距離攻撃が可能な英霊を呼び出していく。MPが減る。体から熱が失われていく。でも、出し惜しみは無しだ!


「弓引けぇーい!」


 弓隊を指揮する声が聞こえる。もうすぐ矢が届く距離だ。そして…。


「放てぇー!」


 自陣から一斉に矢が放たれる。矢は空を黒々と染め、地面に影を落とすほどだ。そして、矢は弧を描き敵陣に飛んで行き、敵の放った矢と空中で交差する。ヤバイ!敵の矢が来る!オレは急いで門の胸壁に身を隠した。


 敵の矢の数は思ったよりも少なかった。カツカツとまばらに矢の雨が降り注ぐ。


「があああああああああ!」


「うっ…」


「目があああ目があああ!」


 味方の悲鳴を努めて無視し、オレは胸壁の隙間から敵の覗き見る。敵が加速している…!敵陣の前衛集団、妖精族の部隊が門へと走り寄って来ていた。トータスの部隊は変わらずじりじりと門へと接近していた。妖精族を使って様子見と言ったところだろうか?


 魔法の射程に入ったのか、門の上部に居た魔導士達が一斉に詠唱を開始する。リリアラとラトゥーチカ、シヴィーのルドネ組が、いつの間にか胸壁の上によじ登って詠唱している。きっと胸壁が高くて敵が見えなかったのだろう。こんな時なのに、ちょっとホッコリしてしまう。


 走り来る妖精族に向けて、無数の魔法が放たれた。雷が、氷の棘が、爆炎が、石の礫が、風刃が、水槍が、多種多様な魔法の洪水が妖精族を襲う。魔法による戦塵を突き抜け、妖精族が尚も門へと向かって来ていた。矢により、魔法により、確実にその数を減らしている。だが、彼らは止まらない。同族の死体を踏み越え尚、彼らは突き進む。


 妖精族に矢の雨が降り注ぎ、魔導士達は再度の詠唱に入る。だが、このままでは間に合わない。敵は門を越え、味方と乱戦になってしまう。オレは手札を一つ切ることに決めた。


「魔法の目標変更!右のトータス!」


 オレは英霊達に指示を出し、敵との距離を見て切り札を切るタイミングを計った。………今だ!


「出でよ!青龍!」


 突如、オレの頭上に細長いシルエットを持つ、青白い巨大な龍が姿を現す。青龍だ。白虎と同じくこの世界を守護する四聖獣の一柱。龍と言っても、所謂ドラゴンじゃない。細長い、蛇の様な体躯を持つ、東洋龍だ。その体躯は青白く、少し透き通っている。オレが召喚できるということは、青龍も死者だ。人魔大戦の折、多数の敵ドラゴンを道連れに、敵ドラゴンの王と相打つ形で亡くなっている。


 青龍が、その大きな口を開く。小さな光が口の中に吸い込まれていくと、突如として、青龍の口から野太い青白い光が迸る。青龍のスキル“龍の息吹”、所謂ドラゴンブレスである。


 光は、妖精族を飲み込み、焼き払っていく。青龍が首を傾け、口から迸る光が、妖精族の部隊をまるで舐める様に飲み込んでいく。オレの居る所まで熱が伝わってくる、凄まじい熱量だ。


 このまま全ての敵を焼き払って欲しい。そんな願いも虚しく、突如として青龍の暴虐は止まる。まるで野太いレーザーの様だったブレスは掻き消え、青龍の体躯も次第に薄れていく。召喚限界。青龍のような強力な存在を、ネクロマンサーは召喚維持することができない。そのことを残念に思う。


 だが、青龍は凄まじい働きを見せた。妖精族の部隊の、そのほとんどを焼き払った。残った者も、半死半生か体を炎に巻かれ逃げ惑っている者が大半だ。あれなら蹴散らすのも容易だろう。


「いっくよー!」


 リリアラの元気な声と共に、英霊の魔導士達の魔法攻撃が敵右翼のトータスへと降り注ぐ。トータス達が雷に打たれ、氷に貫かれ、爆炎に燃え千切れるのが見えた。


「突撃ぃいいいいいいい!」


 戦場に凛々しい女の声が響き渡る。マリアドネだ。下を見ると、マリアドネが先陣を切って敵右翼へ突撃していくのが見えた。少し遅れてホフマン達がマリアドネを追い、その更に後ろに騎士達が続く。


 なんでマリアドネが先陣切ってるの?戦闘狂だからなの?バカなの?


 たしかに、敵前衛集団を撃破し、敵右翼に損害を与えた今は、絶好の突撃チャンスかもしれない。でも、なにもマリアドネが先陣を切らなくても良いじゃん。


 敵右翼に損害を与えたとはいえ、敵右翼は未だ健在だ。そんなところに突っ込んで行くなんて、自殺志願者かな?このままじゃマズイ。


「白虎!」


 オレは白虎を召喚し、マリアドネ達を強化することにした。


 オレの後方に召喚された白虎が、戦場の音を掻き消すかのように、大きな咆哮を上げる。それと同時に、体の奥底から熱いものが沸々と沸き上がり、体全体に力が漲っていく。


 白虎の咆哮の効果は全ステータスのバフだ。これで防御力も強化されるし、マリアドネ達の生存の可能性も上がるだろう。


「…はぁ?」


 しかし、マリアドネはオレの予想を裏切り、白虎の加護を得て更に加速した。もうほとんど一騎駆けの状態だ。一人でトータスの群れの中へと突っこんで行く。アイツ、バカなの?戦闘狂もいい加減にしろよ!

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