第53話 戦勝と急転
夕方。
鉱山都市バストレイユでは、漸く死体の処理も終わり、これから夕食が始まろうとしていた。今日の夕食は豪華だ。なんと、干し肉の代わりに燻製肉がふるまわれた。柔らかくジューシーな肉は久しぶりだ。少し塩っ辛いのが難点だが、十分美味い。ささやかながら戦勝祝いというやつだろう。
当然、無傷の勝利とはいかない。少なくない数の戦死者が出たようだし、魔族が鉱山の坑道に逃げ込んだという懸念事項もある。だが、今だけは素直に勝利を喜びたい。そんなムードに包まれていた中、オレとマリアドネとホフマンは祝勝ムードに酔えないでいた。
原因はマリアドネだ。マリアドネの機嫌が悪い。せめてお祝いの席で不満そうな顔するのは止めろよ。おかげでオレとホフマンまで微妙な空気だ。
ガリクソン達3人は、友人の勝利を祝ってくると言って、席を外している。体よく逃げやがったと思わなくもない。オレも同じ手が使えるなら使っていただろう。神殿騎士に友達なんて居ないから使えないが。
「結・わた・し・・父・・・・内・・逃れ・・ないのね…」
マリアドネが何か呟くが、かすれて良く聞こえなかった。だが、マリアドネの顔…不満顔だと思っていたが、よく見ると寂しそうにも見える。寂しいか…。特別扱いされ、騎士達の輪の中に入れず、孤独を感じているのかもしれない。きっとマリアドネは神殿騎士の中でも浮いた存在なのだろう。
教会は、マリアドネを特別扱いし、彼女の身を守る為に危険を排したが、彼女はそんなことは望んでいないのだろう。ある意味、マリアドネは檻に捕らわれの小鳥なのかもしれない。檻の中に居れば安全だが、自由に羽ばたくことができない。彼女は、たとえ危険があったとしても大空へと羽ばたきたいのだ。まぁ、マリアドネは戦闘狂だからなぁ。小鳥と言うよりも、鷹とか鷲とかの猛禽類の方が似合ってる気がする。
貴族に生まれるのも良い事ばかりじゃなさそうだ。
「隊長、そんな顔してないで喜びましょう!勝ったんですよ?人族の勝利です!」
「ああ、そうだな…」
気のない返事だ。せっかく声をかけたのに。しばらくマリアドネを見つめていると、不意に目が合った。ちょっとドキッとする。いや、見惚れてたわけじゃないんですよ?憂い顔も絵になるなーとか、見た目だけは一級品とか思ってないッス!
「冒険者か…」
マリアドネがオレをまじまじと見ながら呟く。
「アルビレオは冒険者だったな?」
「はい」
そんなに見つめるなよ、照れる。
「魔族と戦ったことはあるか?」
「それなりには…」
ゲーム時代なら数えるのも億劫になるぐらい闘ったが、この世界に来てからは未だ100もいかないんじゃないかな。
「ふむ…。冒険者の生活とはどのような感じだ?収入は?」
その後も就寝時間になるまで、マリアドネに冒険者の事を根掘り葉掘り聞かれた。何だコイツ、冒険者に興味でもあるのか?戦闘狂のマリアドネなら冒険者でもやっていけると思うが…彼女が冒険者をやるなんて周りの人間が許さないだろう。ホフマンも苦い表情してたし。
ほんと、貴族に生まれるのも良い事ばかりじゃなさそうだ。
◇
「ごふっ!?」
突如背中に衝撃を受けて、息が詰まる。何が起こったか分からず、オレは体を起こして辺りを見渡した。背中いてー。
周りを土の壁に囲まれた、それなりに広い空間だった。そうだ、昨日はバストレイユの門を攻略して、美味いハム食べて、崖に空いた穴の中で寝たんだっけ。
オレのすぐ近くには、マリアドネが仁王立ちして、オレを呆れた顔で見下ろしていた。もう直感で分かったね。コイツ、オレを蹴りやがった!
「この騒ぎの中でも寝ているとは…」
「騒ぎ?」
言われて気付く、確かに騒がしい。それも、宴会の様な緩い騒がしさではない。もっと固く張り詰めた喧騒だ。怒声の様なものも聞こえる。何があったんだ?
「敵襲だ」
てきしゅう……てっ敵襲!?
「私は本部に詳しい情報を求めに行く。ホフマンは付いて来い!あとの者はこの場で待機!」
マリアドネはホフマンを供に、本部へと行ってしまった。敵襲、その言葉がオレに重たく圧し掛かる。敵襲…いったい何処から?敵の数は?勝てそうなのか?不安ばかりが頭をよぎる。
「よおアルビレオ、隊長に起こされるなんて、大した色男ぶりじゃねぇか」
「昨日は遅くまで隊長と話してたんだろ?隅に置けないな」
「まったく、羨ましい野郎だ」
バズ、ガリクソン、ロベルがいつもよりおどけた調子で話しかけてくる。3人は不安じゃないのだろうか?
「はぁ?そりゃ不安だろ?状況はわりぃしな」
「不安は皆が感じている。勝って浮かれて油断しているところに夜襲。敵ながら見事だと言わざるを得ない」
「だが、負けじゃない。味方が踏ん張ってくれた。これからは反撃の時間だ」
「そういうこった。だから肩の力抜けよ。俺達は言われたことをピシッとやりゃあいい」
バズに言われて気が付いた。いつの間にか体が強張っていた。不安と緊張で体を固くしていたらしい。どうやら3人はオレをリラックスさせようと軽口を叩いたようだ。気を使われてしまったな。少し恥ずかしい。
「なに、新兵にゃよくあることだ。むしろ、取り乱さないだけ立派だぜ。なあ?」
「ああ、楽で助かるよ」
「殴って気絶させるのも面倒だからな」
手荒いなぁ、これが軍隊流ってやつか?殴られずに済んでよかったと思おう。
それにしても、3人にはオレを気遣う余裕があるみたいだ。そこには戦争に慣れた気配を感じた。きっと、オレみたいな初心者の扱いも心得ているのだろう。今も談笑する3人を見ていると、心が落ち着き、安心感が芽生える。すげぇな、これが経験の差ってやつか。オレは3人の心遣いに感謝した。
それからしばらくすると、マリアドネが帰って来た。その足取りは早く、唇は固く結ばれ、目には険しさがある。緊張した面持ちだ。何か良くないことが起こったのだと、嫌でも察せられた。
オレ達を一瞥したマリアドネが、その重たい口を開く。
「……バストレイユの放棄が決定した。我らは南へ転進する」
せっかく攻め獲ったバストレイユを放棄!?南へ転進って、要は逃げるってことだろ?どうしてそんなことに…。
「敵は我々を包囲している。我らは嵌められたのだ…」
どうやら状況はオレの想像以上に悪いようだ。
オレ達は包囲殲滅の危機にあると言う。バストレイユの門の外に多数の敵部隊が展開しているのを発見。それと同時に、バストレイユ鉱山の坑道から多数の魔族が現れ、突然襲ってきたようだ。早い話が、鉱山都市バストレイユという細長い一本道で、敵に挟み撃ちに遭っているらしい。
「カナンサ砦の部隊から連絡は無かったんですか?」
ロベルが問う。そうだ、こんな事態にならないように、カナンサ砦に兵力を割いたんじゃないか!
「無かった。そもそも魔族の来援が早すぎる。予め近くに兵を伏せていたとしか思えない。我々は最初から魔族の策略に嵌まっていた可能性がある…」
我々がバストレイユの門をあっさりと攻略できたのも、罠だった可能性があると言う。錆びて腐ってボロボロだった門の扉、想定よりも少なかった敵の抵抗。思えば、門を攻略した後に見た敵の死体はゴブリン、コボルト、オーク、フェアリーの妖精族の死体ばかりで、魔族の死体を見ていない。敵は妖精族を生贄に捧げ、我々を逃げ場の無い狭い一本道に誘き寄せたのだ。我々を一人残らず殲滅する為に。
最悪だ。どうすりゃ良いんだよ…。
「我々は門の外に展開する敵部隊を突破、南へと転進し、ハーリッシュまで陣を退くことにした」
ハーリッシュまで逃げるのか…。言うのは簡単だが、行うとなれば難しいだろう。第一、敵陣を突破できるかどうか…。仮に突破できたとしても、敵の追撃を受けることになる。最悪、全滅ということもあるだろう。それならいっそ、此処で防衛はどうだろう?
「無理だ。扉を無くした門に防御力など期待できない。援軍も期待できない以上、我々には討って出るしか活路は無い!」
そうだった。門の扉、壊しちゃったんだった…。
「質問は無いな?よし、では門に行くぞ!」
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