第52話 バストレイユの門③

 次の日。


 この日は朝早くから動き出した。まだ日も昇って間もない薄暗い中で食事を取り、辺りが明るくなる頃には戦闘を再開し始めた。


 参戦はしないけど、オレ達も早起きして、戦況の見守ることにする。


 まず始まったのは、昨日を同じく弓矢の応酬だ。だがそれだけではない。


 矢の雨の中を、騎士達が喚声を上げながら壁に向かって突っこんで行く。手には盾を持っているようだけど、あの矢の雨に対してあまりにも心細い。


 ドン


 腹の奥にズシンとくるような重低音が響く。それと同時に、戦場に赤い炎の華が咲いた。魔法!?


 ドン

 ズン

 ドカーン


 騎士達が門に接近したことで、魔法の射程に入ったのだろう。次々に魔法が撃ち込まれ、戦場が賑やかになる。だが、オレの心はそれとは対称的に沈んでいく。魔法が撃ち込まれているのは味方なのだ。いったいどれ程の被害が出ているか…。


 それでも騎士達は前進を止めない。しかし、壁に接近してどうするつもりだろう?無策では相手の弓や魔法に良いようにやられるだけだ。


 騎士達の中から何かが立ち上がった。細長い物が門の壁に向かって立て掛けられる。あれは…梯子か?


 立て掛けた梯子を騎士達が上っていくが、あれでは良い的だ。実際に梯子を上る騎士に矢や魔法が降りかかる。どうやら梯子を上る騎士は優先的に狙われているようだ。途中で力尽き梯子から落ちる騎士や、魔法で梯子ごと吹っ飛ばされる騎士の姿が見える。これは…マズイんじゃないか?あんな方法で本当にうまくいくのか?悪戯に死傷者を増やしてるだけなんじゃないか?


 それでも騎士は次々と梯子を掛け、上っていく。上っては落ちていく。オレは見ていられずにマリアドネに進言していた。


「隊長、英霊を使いましょう。英霊なら倒されても魔力の消費だけで済みます」


「分かった。軍団長に進言してみよう。バズ!」


「はっ!」


「伝令を頼む」


 オレはバズに英霊の利点を伝えた。倒されてもMPの損耗だけで済む点、多彩な攻撃手段を有している点、回復や支援もできる点、とにかくたくさんだ。思いつく限りの利点を伝えた。


 バズが本部のテントへと走っていく。オレはやきもきしながら許可が下りるのを待っていると。


「落ち着け。アレは助攻だ」


 助攻?本命じゃないってことか?


 マリアドネによると、梯子を使った攻撃は、相手の攻撃の分散を狙った陽動の様なものらしい。本命は破城槌を使った門の破壊だと言う。でも、陽動だと言うなら、尚更英霊を使うべきだ。陽動に騎士の命を懸ける必要なんて無い。この間にも騎士達の命が失われている。オレは再びやきもきしながらバズの帰りを待っていると、しばらくして漸くバズが帰って来た。


「どうだった?」


「はっ!手出し無用に願いたいと、その…」


 バズが言い辛そうに口ごもる。


「どうした?」


「その…貴殿らは何もしなくて良いと…」


 何もしなくて良い?どういうことだ?


「そうか…」


 マリアドネが悔しげな表情を見せる。その拳は固く握られ、少し震えていた。


 使い潰されるかもしれない。そう危惧していたのに、実際はその反対だった。何もしなくて良い。意外過ぎてビックリだ。


 でも、よく考えてみると、そんなに意外な事ではないのかもしれない。


 まずは、マリアドネが原因という説。


 マリアドネは良い所の生まれらしい。たぶん貴族ってやつだ。元々この遠征には不参加だったみたいだし、危険なのはダメなのだろう。たぶん箔付けか何かで神殿騎士になったんじゃないか?本人は闘争を望む戦闘狂みたいだが。ある意味悲しい生き物かもしれないな…。


 次に、現場が混乱を避ける為という説。


 ネクロマンサーの召喚する英霊は、パッと見では幽霊だ。幽霊がいきなり戦場に現れたら混乱するだろう。戦場ではその混乱が命取りになるかもしれない。白虎を見た時も泣き喚いていた彼らだ。英霊を見ただけでも取り乱すのは目に見えてる気がする。


 最後に、これは当たっていて欲しくないが、教会の陰謀説だ。


 教会は、オレを排斥しようという派閥と、オレを擁護しよういう派閥で分かれているらしい。オレが活躍して教会の為になるならば、オレを擁護する声は大きくなるはずだ。一方、それでは困るのは排斥派だ。排斥派としては、オレの活躍なんて望んでいないだろう。だから後方待機を命じた。もしかしたら、軍団長は排斥派なのかもしれない。


 この状態はマズイかもしれない。何とかして活躍の場を探さなくては!でも、何もするなという命令が出ている。軍隊で命令違反は重罪がテッパンだ。どうしたら良いんだよ…。




 オレとマリアドネが打ちひしがれている間に、戦況は大きく動いた。なんと、破城槌が門の破壊に成功したのだ。味方の歓声が大きくなり、黒々と開いた門の穴へ、味方の騎士達が少しずつ少しずつ雪崩れ込んでいくのが見える。押している!


 門の上に陣取っていた魔族が、慌てふためいている様に見えた。まさか魔族達も、この短時間であの大きな門が破壊されるとは思わなかっただろう。破城槌ってすげぇな。教会の秘密兵器か何かか?いや、もしかしたら魔法も使ったのかもしれない。魔法があるファンタジーな世界だからな、オレの想像以上の何かがあってもおかしくない。この辺の軍事関係の兵器や魔法の類は勉強しておいた方が良いかもしれない。


 そんな決意を固めていると、遂に門の上部にも騎士達が姿を現した。門の上部で激しい戦闘が行われている様だ。魔法の輝きが見える。だが、次第に門の上部を騎士が占める割合が増えていく。そして…。




 ワー


 遠く、バストレイユの門から歓声が聞こえる。門の上部では、白地に黄色い丸十字の教会の旗がはためいていた。


「「はぁ…」」


 またマリアドネとため息が重なった。運命かな?


「アルビレオ、やはり貴様も参戦したかったのだな…!」


「違います」


 マリアドネの言葉を切って捨てる。戦闘狂と一緒にされては困る。同士を見つけたような、嬉しそうな顔で見ないでくれ。どうせ一緒なら、もっと色っぽい話が良い。見た目は凄く好みなんだよなぁ…。中身は戦闘狂だが。


 オレが思い悩んでいたのは、教会の反応だ。結局オレは活躍できなかった。教会の役に立たなかった。それを教会がどう見るか…。オレを擁護する声は…増えるわけないよな…。むしろ、排斥派が増えそうだ。でも、今回は軍団長から何もするなって命令されてたし…。教会がその辺りの事情を汲んでくれるかどうか…。帰ったらいきなり処刑なんてことは無いよな…?


「では、行くぞ!準備しろ!」


 オレは不安に駆られながらも、マリアドネの指示に従い、荷物を背負って歩き出す。向かう先はもちろんバストレイユの門だ。




 バストレイユの門は近くで見ると尚大きかった。門の上部は5メートル以上の高さがありそうだし、幅も馬車がすれ違えるくらい広い。難攻不落と言ってよい威容を誇っていた。よく攻略できたものだ。心からそう思う。


 固く閉じられていた扉は、今や無残に大穴が穿たれ、開け放たれていた。凄いな、あんな大きな扉がボロボロだ。これが破城槌の威力か。きっと凄い兵器なんだろうなぁ。ん?扉の周りで何かしている人たちがいるな。何してるんだろう?


「どうだ?」


「ダメだな。どこもかしこも腐って錆びてやがる。直すのは無理だな」


「奴ら手入れしてなかったらしい」


「奴らが間抜けで助かった」


 あらら。門の扉は元からボロボロだったらしい。立派なのは見た目だけだったか。でも、そのおかげでこんなに早く攻略できたのだろう。魔族の間抜けに乾杯だ。


 門を抜けると、濃い血の臭いがした。鼻に鉄がこびり付いた様な、濃い血鉄の臭い。吐瀉物の様な饐えた臭いもする。辺りを見渡すと、ゴブリン、オーク、コボルトの死体で溢れていた。控え目に言って地獄かな?吐き気が込み上げてくる。


 吐き気を我慢して歩いていると、コボルトの死体を無造作に掴んで運ぶ騎士達とすれ違った。どうやら死体を門の外に捨てるらしい。


 左右の切り立った断崖を見ると、大小様々な穴が、ある程度規則正しく空いているのが分かった。なんだあれ?見ると、穴の向こうには広い空間が掘られていた。中には家具らしい物も見える。これってひょっとして家なのか?


「此処が鉱山都市バストレイユ…!」


 マリアドネの呟きが聞こえた。バストレイユは鉱山の名前だろ?都市って何だよ?


「知らないのか?よくこの遠征に参加しようと思ったな?」


 マリアドネ曰く、こういう地形の情報などは事前に調べておくのが基本らしい。その通りかもしれないけど、オレは教会に無理やり参加させられたんだ。自分の意思じゃない。


 マリアドネの説明では、此処は鉱山都市バストレイユというらしい。鉱山で働く人々が暮らしていたようだ。左右の岸壁に空いた穴は、家で間違いないらしい。その特徴から、鉱山都市バストレイユは、別名穴ぐら都市とも呼ばれているみたいだ。


 そんな設定、ゲームには無かったな。この時々あるゲームとの差異は何なんだろう?何か意味はあるのか?

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