第51話 バストレイユの門②

 戦争ってこんなにあっさりと始まるんだ……。そんな感想を抱くくらい、戦いの火蓋は簡単に切られた。戦いの前の演説だとか、宣戦布告だとか、降伏勧告だとかは一切無い。相手は魔族だからね。言葉が通じるかも分からないから仕方ないのかもしれない。きっと捕虜とかも取らないに違いない。魔族は皆殺しだろう。陰惨な戦争になりそうだ……。


「「はぁ……」」


 思わず出たため息が重なった。マリアドネだ。


「アルビレオも参戦したかったのだな!」


「違います」


 マリアドネが、同士を見つけた! と目を輝かして話しかけてくるが、オレは即座に切って捨てる。


「そうか……」


 まるで、思い人にフラれた憐れな美少女の様に見えるが、騙されてはいけない。マリアドネは戦争に参戦したいだけの戦闘狂だ。一緒にされては堪らない。優雅にお茶会でもしているのがお似合いの美少女なのに……残念過ぎる。


 マリアドネのドレス姿とか、絶対似合うと思うんだよなー。なんで騎士なんてやってるんだろ? 騎士なんて言えば聞こえは良いが、実際は只の魔族殺し兵隊だ。血みどろのお仕事である。


 お嬢様とか呼ばれてるし、金に困って生活の為に騎士をやってるなんてことは無いだろう。ますます謎だ。


 オレは戦場へと目を戻す。これだけの大人数の戦闘など、見たことが無かったので、見学しようと思ったのだ。大規模戦闘の常識とか定跡とかも分からないし、これを機に学ぼうと思う。見て、盗める戦術は盗んでいくつもりだ。もしかしたら、ネクロマンサーの戦術にも活かせるかもしれない。


 まず始まったのは、弓矢による応酬だ。お互いの放つ矢によって、戦場の空に黒い靄が掛かった様に見える程、激しく射ち合っている。ん? おかしな所から矢が飛んできている。矢の飛んできている所をよく見ると、門の左右にある切り立った断崖の高い位置に、いくつも穴が開いており、そこからゴブリンやコボルトが顔を出しては矢を射っていた。まるで天然の櫓の様だ。門だけでも厄介なのに、あんな仕掛けがあるなんて……バストレイユの門は難攻不落の要塞のようだ。




 結局その日は弓矢の応酬に終始した。夕方になると、味方はあっさりと兵を引いたのだ。夜を徹して攻撃するつもりはないらしい。無理はしないということだろう。普通に夜は寝るようだ。まぁ、見張りは立てるみたいだけど。


 今は焚火を囲んで夕食タイムだ。今日の夕食は、硬く焼しめられたパン、野菜と干し肉のスープ、以上。まぁ、温かい食事というだけでご馳走だ。


 食事をしながら会話をする。話題は今日の戦いについてだ。


「しっかし、バストレイユの門は噂以上に堅牢ですね」


 ガリクソンの言葉に皆頷いた。あの石造りの大きな門だけでも頭が痛いのに、左右の岸壁にも手が加えられている。あれは厄介だ。戦いにおいて、高所を押さえるというのはそれだけで有利らしい。敵の動きが丸わかりだし、高い場所はその分矢が遠くまで飛ばせる。物を落とすだけでも攻撃に早変わりだ。


「今日は様子見といったところだろう。本番は明日からのはずだ」


 マリアドネのこの言葉に、異議を唱える者はいなかった。今日の弓矢の応酬は様子見だったらしい。明日はどんな戦いが繰り広げられるのか、興味がある。


「アルビレオは従軍経験はあるのか?」


「ありません。今回が初めてです」


「じゃあこれで童貞卒業か」


 バズがニヤリと笑って言う。童貞って……意味は分かるけどさ。軍隊は下品な冗談が多いとは聞くけど、神殿騎士でもそうなのか?


「その“どうてい”とは何だ?」


 マリアドネが不思議そうな顔をしてバズに問う。マリアドネお嬢様は知らないらしい。しかし、マリアドネみたいな美人の口から童貞って聞くとは……なんだかムズムズしてくるな。一方、問われたバズはタジタジだ。


「バズ! 隊長は知らなくて良い言葉です。それより、初めての戦場はいかがでしたか?」


 ホフマンがバズを一喝し、話題を逸らそうと必死だ。


「見ているだけではな……。それより“どうてい”とは何だ?」


 マリアドネが食い下がる。なんで興味津々なんだよ。


「それはその……経験がないことを指す言葉です」


 ホフマンがオブラートに包んだ様な説明をする。拒絶するより一定の知識を与え満足させる作戦のようだ。


「なるほど……。では私は戦争童貞だな。見ているだけで経験はしていない」


 なんか凄いこと言い出したな。戦争童貞ってなんだよ。


「お嬢様!? その……淑女がそのような言葉、口にしてはいけません!」


「隊長と呼べ! 今の私は騎士だ。童貞と口にしても問題あるまい」


「……いや、隊長の場合しょ……」


「バズ! お前は黙ってろ! 隊長、こちらへ」


「ん? 分かった」


 ホフマンの雷がバズに落ちた。まぁ、今のはどうかと思うし、当然だよね。そして、ホフマンはマリアドネを連れ出すのだった。




 帰って来たマリアドネは顔を赤らめていた。なんだか初々しい反応だ。きっと自分の童貞発言を恥ずかしがっているのだろう。結構可愛いところもあるな。

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