第50話 バストレイユの門

 森を一昼夜掛けて横断すると、巨大な切り立った断崖が現れた。かの有名なエアーズロックって、近くから見たらこんな感じかもしれない。断崖には一筋の大きな割れ目が走っており、道はその割れ目へと続いていく。道の先には、割れ目を塞ぐように石造りの大きな壁が鎮座しており、その門は固く閉じられていた。


「これがあのバストレイユの門か…」


 マリアドネが苦々し気に呟く。バストレイユの門…こんなのゲームじゃ無かったぞ。これは想定外だ。てっきり平地で戦うのかと思っていたら、まさかこんな壁があるなんて…。マリアドネが苦々しい表情を浮かべているのも分かる。だって、どう見ても防衛有利の戦場だ。こんな所を攻め落とす?可能なのか?一般的に攻城戦は防衛側の3倍の兵力が必要と言われているけど…大丈夫かな?魔法がある世界で通じる常識ではないかもしれないけど、目安にはなるだろう。式典で見た時は、頼もしく思えた騎士の数も、あの高い壁を見てしまうと…ちょっと不安だな…。


 壁を見て、不安に駆られながら歩いていると、オレ達より先に着いた騎士達が、門から離れた場所にテントを設営している姿が見えた。どうやら、ここを拠点に門を攻めるらしい。


「ロンデンベルグ隊長ー!ロンデンベルグ隊長はいらっしゃいますかー!」


「私だ!」


 マリアドネが大声で応える。あぁ、たしかマリアドネの苗字だったっけ。そう言えば、オレってアルビレオってキャラの名前だけで、苗字は決めてないんだよなー。苗字って要るかな?聞かれた時にすぐ答えられるように、予め決めておいた方が良いかもしれない。


「軍団長がお呼びです。本部までご案内します」


「分かった。お前達はこの場で待機していろ。ホフマンは付いて来い」


 マリアドネはそう告げると、ホフマンを連れて行ってしまった。この場で待機か。オレは荷物を下ろすと地べたに座り込んだ。残った3人の隊員も腰を下ろす。たしか、ガリクソンとロベルとバズだっけ?行軍の間、少しは話すようになった。と言っても少しだけだ。決して親しい仲とは言えない。


「お前ら、どう見る?」


「呼び出しの件か?どうだろうなぁ」


「大丈夫じゃないか?軍団長も、まさかロンデンベルグを敵に回すとは思えん」


 3人の会話に耳を傾ける。ロンデンベルグ…マリアドネの実家って結構偉いらしい。


「しっかし、お嬢様にも困ったものだ」


「今回の事か?」


「ああ。元々この遠征には参加しない予定だったんだろ?」


「え?」


 遠征には参加しない?思わず口を挟んでしまった。3人の顔がこちらを向く。その顔には少しバツが悪そうな表情が浮かんでいた。


「あーなんだ……お前も気付いていると思うが、隊長は良い所の出でな。遠征は危険だから参加する予定は無かったんだ」


「そうそう。白虎様が現れた混乱に乗じて付いて来てしまったが…今頃教会の上層部は慌ててるだろうな」


「そんな事よりも聞きたい事がある。お前の呼び出した白虎様はその…本物なのか?」


 なんか3人とも怪しいな。妙に早口だし、何か隠している気がする。なんとなく、そんな気がした。


「本物だよ」


「そりゃお前はそう言うだろうが…。ほら、密告とかしないから、本当の事を教えてくれよ」


「だから本物だって」


「証拠はあるのか?」


 それがあったら、こんな苦労はしてねぇよ!




 その後も3人と会話を続けていると、マリアドネが帰って来た。肩を怒らして見るからに不機嫌そうだ。それとは対称的に、ホフマンは疲れた様子だった。何かあったのか?


「その…どうしたんです?」


 ガリクソンが代表して問いかける。


「わたくしは話したくありませんわ!ホフマン!」


 わたくしって…素の一人称がわたくしなのか?良い所の出って言ってたし、そういうものなのかもしれない。


「はっ!」


 ホフマンが弾かれた様に姿勢を正す。


「彼らに説明を。私はあちらで剣を振っています」


 そう言ってマリアドネは行ってしまった。後にはオレ達5人が残る。


「それでホフマン、どうしたんだ?」


「それがな、我らは後方で待機の命令が下ったんだが、隊長にはそれが不服だったようだ」


「「「あぁ…」」」


 ホフマンが肩をすくめて言い、3人が納得の表情を浮かべた。オレには分からない。後方待機の何が気に入らないんだ?オレはてっきり使い潰されるのではと危惧していたんだが…。後方待機良いじゃないか。安全だし楽ができる。


 だが、マリアドネは前線で戦うことを望んでいるらしい。ウォーモンガーかよ、おっかないな。


「功を焦ってのことではない。きっとご自分の力を試してみたいのだ」


 気持ちは分からないではないけどな。オレだってプレイスキルを試したくて行ったPVPのコンテンツでは熱くなる方だった。でも、それはゲームだからだ。実際に命の懸かった戦争で、自分の力を試したいとは思わない。そこまで前向きに考えられない。命のやり取りのあそこまで執着するなんて、マリアドネは戦闘狂か何かか?可愛い顔して物騒過ぎるだろ!


「無茶をなさらないか、それだけが心配だ…」


 ホフマンが眉を下げて心配そうに呟くのが印象的だった。まるで親だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る