第48話 出陣と行軍
「白虎様ー!」
「白虎様~」
「白虎様~!」
「白虎様…」
白虎を召喚したら、騎士達がいきなり泣き崩れた。えー…。なんでいきなり泣き崩れるの?怖いんだけど。中には両の拳を地面に叩きつけ、激しく嘆いている者もいる。怖い。なんなのコイツ等?集団で怪しい薬でもやってるの?キメちゃってるの?ラリってるの?
オレは事情を聞こうと、隣のマリアドネ隊長を見る。マリアドネも泣いていた。取り乱してこそないが、静かに涙を流していた。コイツもかよ!訳が分からず、オレは壇上にいるパドリックを見る。パドリックは…なんて言うか、ダメな顔をしていた。見て一瞬で分かった。コイツは頼れない。
「はぁ…。なんなんだよ、この状況」
誰かオレに説明してくれ!
騎士達の嘆きは、10分以上の長きに渡って続いた。中断されていた式典も漸く終わり、今は順々に行軍を始めている。泣いてスッキリしたのか、泣いたことを誤魔化すためか、何故か騎士達の士気は高い。皆キビキビと行軍している。
「我々も行くぞ!」
張りきった様子のマリアドネが号令を出す。
「お嬢様!?」
隊員の一人、たしかホフマンが驚いた声を上げる。他の隊員も驚きの表情がある。
「ここでは隊長と呼べ!いいから、行くぞ!」
マリアドネは更に言い寄るホフマン達を無視し歩みを進める。オレもマリアドネに続いて歩き始めた。それにしても…お嬢様か。マリアドネは良い所のお嬢様らしい。たしかにそんな感じはしていた。育ちが良さそうで、人を使いなれている印象がした。もしかして、これが貴族の御令嬢ってやつか?名前も貴族っぽかったし。
行軍は広場を出て、民家や店が建ち並ぶ大通りを北へと進んでいく。道の端にはたくさんの人々が列をなして歓声を上げている。
「がんばれよー!」
「パパ見て、かっこいー!」
「魔族共を蹴散らしてくれー!」
「神殿騎士団万歳!」
「どうか彼らにフォルトゥナ様のお導きをー!」
頭上から何かヒラヒラと降ってきた。紙吹雪だ。色とりどりの小さな紙や花びらが降ってくる。見上げると、二階の窓からご婦人方が紙吹雪を降らせているのが目に入った。
すごい応援だ。それだけ期待されているってことかな?これは失敗できないな。パドリックの野郎が失敗した際の生贄を求めるのも頷ける。
「無事攻略できれば良いけど…」
無事にバストレイユ鉱山を奪還できるなら万々歳。人族はミスリルが掘れるようになるし、教会も軍を挙げた面子を保てるだろう。オレも教会の陰謀から抜け出せるし、良いこと尽くめだ。オレも活躍なんかしたら、教会内でオレを擁護する声も大きくなるかもしれない。
反対に、負ければ逃げるしかない。でも、逃げた先にあるのは、お先真っ暗な逃亡者人生だ。できれば遠慮したい。
要は勝てば良いのだ。教会も本気みたいだし、少数ではあるが、冒険者ギルドも派兵している。当初懸念していたように、わざと少数の軍勢で負け確定の戦争をして、オレを確実に潰そうとしているわけでもなさそうだ。いくらネクロマンサーが忌避されてるからって、こんな大勢の人間を生贄に捧げるような真似はしないだろう。しないよね?ちょっと不安だ。
オレも勝てるように微力を尽くそう。勝てれば今まで通りハーリッシュで暮らせるのだ。がんばろう。オレはそう決意を固めると、人々に手を振り返した。
◇
城塞都市ハーリッシュを出て何日が過ぎただろう。オレたちは未だに行軍を続けていた。太陽を見ておおよその見当を付けるに、どうやら北に向かっているようだ。目的地のバストレイユ鉱山まで、後どれくらいあるんだろう?ゲームだったら『参加する』ボタンを押せば、一瞬でワープできたのに…。この世界ではワープなんて便利な魔法は存在せず、こうして歩いて行くしかない。不便だ。
「全体止まれー!小休止!」
歩くのにも飽きてきた頃、小休止の号令が掛かった。やれやれ、やっと休憩か。オレは背中に背負った荷物を下して肩を回す。この体はかなりスペックが高い。ここ数日間、重い荷物を背負って歩き通しだというのに、あまり疲れは溜まっていないぐらいだ。正直、気味が悪いレベルだ。
でも、周りの騎士達も鎧を付けて歩いているというのに、疲れた様子を見せない。この世界の人間は化け物かよ。
「全体止まれー!小休止!」
号令が後ろの方へと伝えられていく。長い列になっているので、こうしてリレーの様に号令を伝えていくのだ。
体のコリを解す為にストレッチしていると、前の方から馬が駆けて来た。伝令だ。伝令はオレ達のすぐ後ろに居る馬に乗ったお偉いさんの元に駆けつけた。
「この後の事ですが…」
「うむ」
何やら話し込んでいる。オレは彼らから興味を無くし、ストレッチを続ける。気持ちが良い。疲れは感じないけど、やっぱり疲労は溜まっているのだろう。肩や足がコっている。オレは念入りにコリを解していく。
マリアドネ達もブーツを脱いで足を揉んだりしている。やっぱり疲れてるのかな?口数も少ないし。
筋肉を解し終ると、オレは鞄から塩を水袋を取り出した。塩分と水分の補給の為だ。オレは塩を少し舐めると、マリアドネに塩の入った袋を渡す。
「あぁ、ありがとう、アルビレオ」
「いえいえ」
出陣式の日以来、マリアドネの態度はかなり軟化したように思う。以前ほどツンツンした感じは無くなった。ネクロマンサーではなく名前で呼ぶようになったし、何か彼女の中で変化があったのだろうか?ここのところかなり機嫌が良い気がする。普通、こんなに歩かされたら不機嫌になると思うんだが…謎だ。
「お前は準備が良いな、アルビレオ。これも冒険者の知恵か?」
「そんなところです」
オレはニコリと笑って答えを濁す。オレの鞄の中には、塩と水が山ほど入っている。もしかしたら、このまま逃亡生活になるかもしれないので、念の為に用意してきたのだ。まさか逃亡の準備とは言えない。
それから10分少々の小休止が終わり、再び軍団が行軍を始めたのだが…。
「あれ?」
オレ達の後ろの人達が付いて来ない。彼らは進路を東に取り、オレ達からどんどん離れていく。どうしたんだろう?
「あぁ。彼らはカナンサ砦に行く部隊だ」
マリアドネが教えてくれた。彼らは陽動の為にカナンサ砦を攻める部隊らしい。バストレイユ鉱山とカナンサ砦は比較的近くにある。バストレイユ鉱山を守る為にカナンサ砦は造られたのだ。今はどっちも奪われているが…。我々がバストレイユ鉱山を攻めている間に、カナンサ砦から敵の援軍が出ないように監視するのも彼らの役目だ。
バストレイユ鉱山を攻めている間に後ろから奇襲されたら大変なことになる。そういったことを防ぐ為にも、カナンサ砦へと兵を割かねばいけないらしい。
「なるほど」
ゲームではそういったことは無かったので考えもしなかったけど、言われてみると確かにその通りだ。この考え違いは怖いな。ゲームの常識にばかり頼っていると、いつか失敗してしまいそうだ。今後は気を付けないと。マリアドネが教えてくれて助かった。
「ありがとうございます、隊長」
「なに、私も暇潰しになった」
やっぱりマリアドネの態度は柔らかくなった。以前なら、話しかけても返事すらなかったのに。マリアドネに釣られてか、他の隊員達も当たりが柔らかくなった気がする。なんでだろう?まぁ、オレには都合の良いことだから良いんだけどさ。
それから何度か小休止と大休止を挟んで行軍を続けると、行く手に深い森が現れた。軍団の長蛇の列が、次々と森へと入っていく様は、まるで森に飲み込まれていくかの様だ。森の向こうに山脈が連なっているのが見える。目的地はバストレイユ鉱山だから、たぶんアレが目的地ではないだろうか?まだまだ時間が掛かりそうだ。オレはそっとため息を吐いて歩き続けた。
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