第47話 マリアドネ視点 白虎様
そして迎えた遠征出発当日。
ネクロマンサーは逃げるそぶりも見せず、普通に姿を現した。逃げるなら、昨夜が最後のチャンスだった。そう思い、監視を強めたのだが…結局、ネクロマンサーは逃げなかった。
任務をやり遂げ安堵する気持ちよりも、ネクロマンサーとやり合えず残念に思う気持ちの方が強い。わたくしはどうやら実戦の機会には恵まれない運命らしい。
いや、まだネクロマンサーが土壇場で逃げる可能性もあるし、ネクロマンサー捕縛の号令をかける任務が残っている。気を引き締めないと。
ネクロマンサーを囲うように陣形を組み、遠征の式典が開かれる広場へと向かう。途中、ネクロマンサーがいつも利用している屋台で朝食を取った。ここ数日ネクロマンサーを監視していて分かったが、どうやらネクロマンサーは多くの店から出禁を言い渡されているらしく、利用できる店が限られているようだ。ネクロマンサーを忌避するのは当たり前だ。むしろ、利用できる店があったことに驚いたくらいだ。ネクロマンサーを捕縛したら、ネクロマンサーと店の店主との関係も調べなくてはなるまい。
わたくし達が広場に着くと、しばらくして式典が始まった。わたくし達の立ち位置は、皆の前、今回の式典の為に特設されたステージの横だ。此処から見渡すと、多くの神殿騎士の姿が見える。壮観な景色だ。皆一様に綺麗に並び、騎士達の錬度の高さが窺い知れる。綺麗に隊列を組むだけでも案外難しいのだ。朝日を浴びて、白銀の鎧が輝き、まるで朝日に輝く海を見ているかの様な錯覚を覚える。
「……であるからして、此度のバストレイユ鉱山の奪還の為に、各員が我が身を惜しまず、女神さまの御心に沿うように奮励努力することを期待して……」
パドリック神殿長の演説もそろそろ終わりか。わたくしは横に居るネクロマンサーに小声で声をかける。
「そろそろだ。白虎様召喚の準備をしろ」
お前に白虎様を召喚できるものならな。
「いつでも出せる」
とぼけるかと思ったが、すぐに返事がきた。声も震えていないし、自信あり気だ。どういうつもりだ?この男、何を考えている?白虎様の召喚などできるわけが無い。まさか、偽物でも出して教会の目を欺くつもりか?それとも、教会の騎士に囲まれたこの状況からでも逃げ出せる自信があるということか?分からない。何にせよ、ネクロマンサーに注意を払う必要があるな。
「……諸君らも聞いている通り、教会は今、ネクロマンサーを保護している。なんでもこの男、白虎様を呼び出すことができると言っている。是非、白虎様に御出でいただき、此度の遠征の勝利を誓おうではないか!」
「「「「「「「ぅおおおおぉぉぉぉおお!」」」」」」」
騎士達が雄叫びを上げる。凄まじい声量だ。あまりの声量に体がビリビリと震える程だ。
「今だ、白虎様を召喚しろ」
わたくしはネクロマンサーに命じる。と同時に、体の重心を落とし、臨戦態勢を取った。ネクロマンサーに白虎様の召喚などできるわけが無い。白虎様の偽物を召喚するか、逃げ出すかだ。ネクロマンサーには、白虎様を騙った罪、教会を騙した罪ができる。そこを捕らえる。マチルドネリコ連邦は死霊魔術が合法な野蛮な国なので、こうして一手間掛けるのだ。
わたくしと時同じくして、わたくしの隊の隊員、式典で最前列に並んでいる騎士達も、腰を落とし、ネクロマンサーを睨み付ける。彼らもわたくしの号令でネクロマンサー捕縛の為に動き出す予定だ。
「・・・・・」
ネクロマンサーが何か呟く。
その瞬間。
背後にとてつもなく大きな気配が生まれた。思わず背後を振り返る。壁…?青白く毛の生えた壁がそこにはあった。わたくしは上を見上げる。壁だと思ったものは、大きい、とても大きな、虎…?虎が天を見上げ、その大きな口を開く。
「GAWHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
虎が咆哮を上げる。体どころか、魂まで震わされるような咆哮だ。その瞬間分かった。魂から分からされてしまった。この虎、いや、このお方はまぎれもなく白虎様!
体の中、腹の奥底から熱い、とても熱いものが込み上げてくる。分かる。これが白虎様のお力によるものだと。白虎様に、力と勇気を分けて頂いたのだと。白虎様がわたくしを祝福してくれているのだと。気分が、熱に浮かされているかのように高揚する。今なら何でもできそうだ。
白虎様は咆哮を御上げになると、その御姿が空気に溶けるように消えてしまわれた。そうだ、白虎様はもう…。その事実が胸が張り裂けそうな程とても悲しい。気が付くとわたくしは涙を流していた。白虎様にお会いできた幸せ、歓喜、興奮、名誉、そして白虎様が失われてしまった深い悲しみ、絶望、虚無。その全てがわたくしの感情を揺さぶり、涙という形で溢れだしたのだ。
わたしは白虎様の召喚を成したネクロマンサーを見る。相変わらずフードを目深に被り、何を考えてるのか分からない薄気味悪い奴だ。だが、この男は白虎様の召喚を成し遂げた。死霊魔術は死者との契約が必要であり、契約には両者の同意が必要…。つまりこの男は白虎様に認められた男なのだ。
わたくしはいったいどうしたら…。予定ではここでネクロマンサーを捕縛することになっているが、それはネクロマンサーが白虎様を召喚できない場合だ。召喚できる場合はどうするか、そんなことは想定外だ。何も決まっていない。わたくしは指示を仰ぐためにパドリック神殿長を見た。パドリック神殿長は、呆けた老人でもそうはならないだろうというような表情、口をあんぐりと大きく開けて、呆然と涙を流しながら白虎様が御出でになった場所を見つめていた。とても指示を仰げる状態じゃない。もっとも…。
「白虎様ー!」
「白虎様~」
「白虎様~!」
「白虎様…」
神殿騎士達が涙に暮れているこの状態では指示も何もないか…。
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