第46話 マリアドネ視点 憂鬱

「はぁ…」


 教会にある自室で、わたくし、マリアドネ・ラ・ロンデンベルクはため息をつく。


「きっと、お父様の仕業ね…」


 今日、突然バストレイユ鉱山奪還作戦の実行部隊の隊長を解任されたのは、間違いなく父であるロンデンベルク侯爵の仕業だろう。自分の部隊を取り上げられ、代わりに与えられた任務はネクロマンサーの監視だった。漸く、自分の力を発揮できる舞台を与えられたと思ったら、裏方に回されてしまった。


 しかも、ネクロマンサーは遠征前に捕らえる計画だ。きっと、わたくしはネクロマンサーを捕らえた功績で昇進、安全な後方勤務になるはずだ。おそらく、父の書いた筋書きではそうなっている。


「いつになったら、お父様の手から抜け出せるのかしら…」


 わたくしは後方勤務なんて望んでいない。もっと自分の力を試したいのに!


「世の中、うまくいきませんのね」


 他人が聞いたら怒りそうなセリフを吐く。成人してから一年という、普通では考えられないスピードで隊長に抜擢。今回の件で、更に昇進。誰もが羨むスピード出世だ。でも、それはわたくしの力によるものではない。父である侯爵の力だ。


 わたくしが父の反対を押し切って教会の騎士候補生になったのは、父の力が教会にまで及ばないと思ったからだった。実際、最初の内は他の騎士候補生と同じ扱いだった。楽しかった。自分の力で何かを勝ち取るのは、とても新鮮で楽しかった。悔しかった。わたくしが全力を出しても届かない相手がいるのは悔しかった。そして、いつか追いつきたいと、追い越したいと努力することはとても楽しかった。


 でも、楽しい時間はあっと言う間に終わってしまう。父が教会の中で権力を持ち始めたのだ。いつか、と夢見て目標にしていた主席の座は、あっけないほど簡単に転がり込んできた。でも、全然嬉しくなかった。わたくしはこんなことを望んでいたわけじゃない!


 皆がわたくしを畏れの目で見始めた。嫌な目だ。思えば、小さな時からそうだった。皆、わたくしを通して父を見ていた。誰もわたくし自身のことなんて見てくれないんだわ。


 コンコンコン


 沈んだ気分でいると、ノックの音が飛び込んできた。わたくしはハッと気が付き、現実に戻る。ダメだ。しっかりしないと。弱気な自分に喝を入れる為に両手で頬を叩く。よし!


「入れ!」


 ドアを開けて入ってきたのはホフマンだった。元侯爵家の剣の指南役で、今はわたくしの剣の師匠で、わたくしの副官。そして、父が付けたわたくしのお目付け役でもある。


「何の用だ?」


 わたくしの偉そうな口調は、部下に舐められないために矯正したものだ。昔の、所謂お嬢様言葉を話していた頃からの付き合いのあるホフマンに、粗野な話し方を聞かれるのは少し恥ずかしい。


「お嬢様、考え直してはいただけませんか?お嬢様があのような所でお休みになるなど…」


 何かと思えば、またその話か。わたくしはネクロマンサーを監視する為に、あの宿に泊まろうとしていた。今は別の隊員にネクロマンサーの監視を任せ、教会の自室に生活に必要な物を取りに来ているところだ。


「此処では隊長と呼べ。それと、決定に変わりはない」


「ですが…」


「それよりも、あのネクロマンサー、どう思った?」


 更に言い募ろうとするホフマンの言葉を遮って質問をぶつけた。


「はぁ。…言葉数も少なく、陰気な男です。教会の罠に嵌まったと気付いているでしょうに、目立った行動を取らず、大人しく我々の言葉に従っています。正直、不気味です。何を考えているのか分かりません」


 ホフマンの意見は、わたくしとだいたい一致していた。


「逃げると思うか?」


「逃げるでしょう。本物の白虎様を呼び出せるわけが無いですし、偽物で教会を欺けるとも思えません」


 マチルドネリコ連邦は信じられない程野蛮な国だ。ネクロマンサーの用いる死霊魔術が合法らしい。おかげで、ネクロマンサーを捕まえるのに一手間掛かる。ネクロマンサーには白虎様を騙った罪、教会を騙した罪で捕まってもらう。


「逃げるなら逃げるがいい。その時は私達が捕縛する」


 逃げるというのは、何か後ろ暗いことがあるということだ。十分、捕縛の理由になるだろう。


「危険では?」


「死霊魔術師とも言うのだから魔術師の類なのだろう。ならば、接近していれば問題は無い」


「三級冒険者を殴り倒したという報告もあります。あまり油断は…」


「分かっている。十分注意するさ」


 三級冒険者と云えばかなりの手練れだ。それを魔術師が殴り倒すなんて信じられない。でも、本当に殴り倒したらしい。普通なら恐怖するような情報を聞いても、わたくしは不思議と恐怖を感じなかった。むしろワクワクしている。ああ、早く逃げてほしい。そしたら、わたくしにとって初めての実戦だ。自分の力を試すチャンス!相手は教会を騒がせたネクロマンサー。相手にとって不足は無い。もしかしたら、力不足で負けしまうかもしれない。いや、ホフマン始め、わたくしに付けられた四人の部下は皆、教会の中でも指折りの実力者だ。敗北は無いだろう。これも父の過保護なのだろうな……。




 しかし、ここ数日ネクロマンサーが逃げ出すのを今か今かと待っているが、当のネクロマンサーに逃げ出す気配は無かった。もう明日に遠征出発の式典があるのだが…生を諦めたのか?

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