第45話 マリアドネとホフマン
「分かりました……」
オレは教会の申し出を渋々受けることにした。受けるか逃げるかしか選択肢が無い。他の選択肢が潰されている。
逃げるという選択肢はできれば取りたくない。逃げたら教会のお尋ね者になる。逃げるなら、今後人との接触を避け、一人で生きていく覚悟が必要だ。その覚悟が決められない。
要は勝てば良いのだ。バストレイユ鉱山奪還戦に勝てるならそれで良し。負けるようなら敗戦のどさくさに紛れて逃げるしかない。どうせ逃げるなら、逃げれる準備をしつつ、奪還戦の勝利に一縷の望みを賭けた方が良い。
「ご理解いただけたようですな」
パドリックが相変わらず柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「なに、そんなに心配しなくてもよろしいのですよ。私達もバストレイユ鉱山の奪還を望んでいます。その為に十分な戦力を用意しました。貴方のことは保険のようなものです」
保険か。予備戦力としての保険と、負けた際の責任を押し付ける生贄としての保険。二つの意味があるな。戦力として期待されてるわけじゃないから、後者の意味合いの方が強いだろうな。
「では、後のことはマリアドネ嬢に任せましょう」
「はっ!」
パドリックの後ろに控えていた神殿騎士の一人が応える。4人居る神殿騎士の中でも一際小柄な女だ。
「彼女らは貴方の護衛のようなものです。では、あなたのご活躍を期待していますよ」
護衛と言う名の監視だろ。睨み付けると、パドリックが笑みを深め、2人の神殿騎士を引き連れて部屋を後にする。部屋に残されたのは、オレと神殿騎士の男女2人だ。
「マリアドネ・ラ・ロンデンベルクだ。貴様の上官になる」
上官?何言ってるんだコイツは?
「貴様は私の命令に従い白虎様を降臨させればそれで良い。くれぐれも余計なことはしないように。私は貴様に何も期待していない」
なんかすごい奴来ちゃったな…。見た目は十代中頃の女の子に見えるんだけど、なんでこんなに偉そうなんだ?綺麗に整った顔は冷たい印象を抱かせる。優美な双眸は不快気に歪められ、大きな意思の強そうな瞳はオレを射殺さんばかりの迫力があった。
「返事はどうした!」
少女の隣に立っている男が大声を上げる。二人ともこんな感じかよ…監視変えてくれないかな?
「分かりました。騎士様」
「私のことは隊長と呼ぶように」
軍隊かよ。あぁ騎士だから一応軍人になるのか。なんかノリが面倒くさいな……。
その後、オレ達は教会を出た。マリアドネ隊長曰く「此処はお前が長居して良い場所ではない」とのことだった。教会にオレの居場所は無いらしい。嫌われてるなぁ……。まぁそれも当然か。
「ネクロマンサー、お前の家はどこだ?」
「宿ならこちらです」
コイツ等、宿まで付いて来る気か!?付いて来た。ずっとオレの後に張り付く様に付いて来た。
「此処がネクロマンサーの拠点か」
結局、宿までマリアドネ達は付いて来た。宿を憎々し気に見ていたマリアドネが覚悟を決めたように宣言する。
「私達もこの宿に泊まるぞ…!」
「お嬢様!?」
お嬢様?マリアドネのことだろう。コイツ、良い所のお嬢様らしい。貴族とかか?名前も貴族っぽかったし。貴族だからスピード出世してるとか?少なくとも一緒に居る50代くらいの男の騎士より偉いみたいだし。
「ここでは隊長だ、ホフマン」
「すみません、隊長。ですが、なにもこんな所に泊まらずとも……」
「私達はネクロマンサーを監視する必要がある。それには此処に泊まった方が良い」
監視って言っちゃった。名目上は護衛だろ。
「でしたら、私が此処に泊まりますので。どうぞ、隊長は教会の方へ」
「ならん!この件の責任者は私だ。私も此処に泊まる。話は以上だ」
もう一人の神殿騎士、ホフマンとの会話を打ち切り、マリアドネがこちらを向く。
「聞いていたな?私達も此処に泊まる。この宿から出る際は、必ず私達に報告するように。今後一人での行動は許可しない。ハーリッシュから出ることも禁止する。遠征の日まで大人しくしているように」
えぇー…。行動を制限されてしまった。これにはかなり不満がある。
「生活する為に金を稼がないといけないんですが…」
多少の蓄えはあるが、何日も収入が無いのは厳しい。
「ふむ、ホフマン?」
マリアドネがホフマンに尋ねるように呼びかける。
「はい、隊長。これを受け取れ、ネクロマンサー」
ホフマンが革袋をこちらに渡してくる。重い。チャリチャリという音がする。これ、金か?
「それは支度金のようなものだ。今回の遠征の報酬の前借だと思えば良い。それで何とかしろ」
金があるなら生活はできるだろうが…えー…本当に街を出ちゃダメなの?二人の様子を窺うと、真剣な表情だ。何が何でも逃がさないという固い意思を感じる。マジか…。
たしかに、2人にとっては監視対象であるネクロマンサーにはじっとしていてほしいだろう。オレは逃げるつもりは無いが、もしオレを逃がしたら責任問題になる違いない。言い分は分かるけど、これはあんまりだ……。
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