第38話 尻尾
ホルスの沼地から歩くこと二日。オレはやっと城塞都市ハーリッシュまで帰ってきた。久しぶりに見るハーリッシュの巨大な城壁は、オレに懐かしさと、安心感を与えてくれる。自然と足が軽くなる。まぁ、もうじき夕暮れだから急いでいるというのもある。
護衛に召喚した英霊たちに別れを告げ、ハーリッシュの東門から街の中に入る。その時気が付いたんだが、人がオレの近くに近寄らない。初めはネクロマンサーだからかと思ったが、違うようだ。どうもオレが臭いからみたいだ。それはたしかに五日も水浴びしてないけど、旅となればそれぐらい普通だ。たぶんだけど、リザードマンの皮が臭ってるんだと思う。臭うと言っても腐ってるわけじゃない。たぶん、ホルスの沼地の泥の匂いだ。ホルスの沼地は何かが腐ったような、酷い臭いの場所だった。そんな臭いの原因である沼に、全身浸かっていたリザードマンの皮は酷く臭いようだ。オレはもう鼻が慣れてなにも感じないけどね。
しかし、そんなに臭いんじゃあ、ちゃんと買い取ってもらえるだろうか?オレは一抹の不安を抱えつつ、冒険者ギルドへの扉を開く。途端に無数の視線に晒されるが、視線はすぐに逸らされた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「チッ」
冒険者ギルドの中に居た冒険者共が何か話しているが、声が小さく聞こえない。この前チラッと聞こえた時は俺への陰口だったが、たぶん今のもそうだろう。前までこちらに聞こえるように悪口を言っていたが、この間の訓練以来、陰口は文字通り陰に潜み、表立って言われなくなった。
「はぁ……」
ため息をつき、ギルドのカウンターへと歩を進める。以前なら、こちらの足を引っかけようと、足を出されたものだが、それもなくなった。どちらかというと、冒険者共がオレを避けてる感じだ。この間の訓練でやり過ぎて、怖がられているんだろう。その割に陰口を止めない辺り、随分嫌われているようだ。
「あ!久しぶりー。今日はどうしたの?って臭っ!あなた臭いわよ!」
そんな嫌われ者のオレの唯一の癒しが受付嬢ちゃんだ。オレ、他の受付嬢にも避けられているみたいなんだよね。受付嬢ちゃんはオレの姿を見て顔を綻ばせたが、すぐにその顔は顰められてしまった。どうやら相当臭いらしい。
「ごめんよ。今日はリザードマンを狩ってきました」
「リザードマン!?遂に魔族を討伐したのね!おめでとう!」
受付嬢ちゃんが、我が事のように喜んでくれる。なんか嬉しい。大変だったけど、リザードマンを狩ってきて良かったと思える。オレはいそいそと受付嬢ちゃんにリザードマンの皮を渡す。
「全身の皮を持ってくるなんてすごいわね!それで、リザードマンの尻尾は?討伐証明の部位は尻尾なのよ。」
「尻尾の皮も剥いできたよ」
「そうじゃなくて尻尾のお肉よ」
「え?」
尻尾の肉がなぜ必要なんだろう?
「え?って知らないの?リザードマンの尻尾って美味しいらしくて、高値で買い取ってるのよ?」
えっ!?食うの!?リザードマンを!?
「…マジ?」
「マジよ。私は食べたことないけど、美味しいらしいわ」
「持って来ればよかった…」
食べるなんて思わなくて捨ててきちゃったよ。もったいないことをした。しかもリザードマンの尻尾は高値で買取しているらしいし、次から絶対に持って帰ろう。ちょっと聞いてみたが、リザードマンの皮の値段よりも全然高かった。これは皮剥ぐよりも、尻尾ぶった切って持ってきた方が儲かるな。皮剥ぎ…気持ち悪い思いまでして、めちゃくちゃ時間が掛かったのに……。はぁ。
「気を落とさないで。次よ!次は持って帰りましょ!」
受付嬢ちゃんに慰められ、なんとか気力を持たせる。しかし、リザードマンの尻尾を食べるなんて想定外だ。ゲームだとリザードマンの尻尾なんてアイテム無かったし、食べるなんて情報も無かったはずだ。
「じゃあ査定して来るから、ちょっと待っててね」
一旦カウンターを離れ、査定が終わるのを待っている間、今回の冒険の一人反省会を始める。今回は色々と酷かった。ゲームで知識があるからと油断していた。危うく底なし沼に入りかけるわ、リザードマンに奇襲を喰らうわ、高額な買取部位を捨ててくるわ、良いところがほとんど無かった。
なんか情報不足だな。たぶんほとんどのことは、事前に情報収集すれば、回避できたんじゃなかろうか?でも情報収集か…。普通は先輩の冒険者に聞いたりするんだろうけど…教えてくれるかな?無理だよなー。あえて間違った情報を教えられて大変な目に合うかもしれない。それくらいのことはしてきそうだ。
はぁ…。情報収集は今後の課題だな。しばらくは受付嬢ちゃんに教えてもらおう。でも、受付嬢ちゃんの知識にも限界があるだろうし、冒険者しか知らない現場の情報というのもあるだろう。ほんと、どうしよう?
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