第36話 沼
城塞都市ハーリッシュから南東に向かうこと、2日とちょっと。辺りの景色は草原とはまた違った顔を見せて来た。足元からは草花が姿を消し、水を含んだ泥のような地面と水たまりになっていた。匂いも青々とした草原の香りから、何か腐ったような澱んだものに変わっている。
「ここがホルスの沼地か」
ここから先は、濁った湖と少しの陸地のようになっていた。たぶんここがホルスの沼地で合ってるだろう。遮るものが無いから、地平線まで沼地が続いているのが良く見える。
「リザードマンの拠点のはずなんだけど、居ないな?」
辺りを見渡すが、動いている影は見えない。ゲームだとたくさん居たのだが、どこ行っちゃったんだろう?
「本当に此処にリザードマンが居るのか?」
護衛の為に召喚していたハインリスにも、リザードマンの姿は見えないみたいだ。
「そのはずなんだけど…」
なんだか自信が無くなってくるな。
そもそも、なんでこんな所に来てるかと言えば、話は二日前に遡る。
その日も兎のNMが見つからず、収穫は普通の兎が2匹。換金するために冒険者ギルドによった時の事だった。
「はい。今日の兎の代金ね。ねぇ、あなた強いんだから兎じゃなくて魔族でも討伐したら?その方が報酬は高いし、ギルドのランクも上がるし、侮られることも無くなるわよ?良いこと尽くめじゃない」
いつものように兎を買い取ってもらうと、受付嬢ちゃんが魔族討伐を勧めてきた。たしかに兎を狩るよりも、魔族を討伐した方が報酬が高い。冒険者のランクを上げるには魔族の討伐が必要だし、魔族を討伐すればハンターと蔑まれることも無くなるだろう。
でも、受付嬢ちゃんが知らないことをオレは知っている。それはNMの存在だ。兎のNMが稀にドロップする『兎の護符』はかなりの高額で取引されていた。金儲けだけ考えるなら、NMを狙った方が効率が良いのだ。良いはずだったんだけどな…。
オレはもう兎のNM狩りを諦めるべきなのかもしれない。だって全然NMが見つからない!ゲームだったら一日張っていたら4,5回は見つかるのに、かれこれ一か月NMが見つからない。どこに居るんだよ!今日も兎のNMを探していたのは、惰性だ。オレも諦める切っ掛けが欲しかったのかもしれない。はぁ、NMは諦めよう。今まで探し続けてきた時間が無駄になるような気がして気が引けるが、すっぱり諦めよう。これからは受付嬢ちゃんの言う通り、魔族でも討伐しよう。だいたい、あんな広い草原から兎一匹を探すなんて無理があったのだ。よく考えれば、野生動物が人間用の装備をドロップするって訳分かんないしな。
「そうします…」
「うん、そうしなって!」
オレは魔族を討伐することに決めた。でも、そうすると問題は何を討伐するかだが、オレはリザードマンに狙いを定めた。理由は生息地がハーリッシュから近いから、それだけだ。
それで此処、ホルスの沼地に来たのだが…肝心のリザードマンが居ない。どこ行ったんだよ。
「探すしかないんだけど、これはなー…」
オレは少し先の地面を見る。そこから先は陸地ではなく、沼になっている。水は澱み濁り、底が見えない。できれば入りたくないなぁ…。でも行くしかないか。
「先に進もう」
「行くのか…分かった」
ハインリスは嫌そうな顔を浮かべて沼に入っていく。深さは膝くらいまでみたいだ。だが、一歩二歩と進む毎に深くなっていくようだ。すでにハインリスの股下まで水に浸かっていた。
「止まれ!アルビレオ、この沼おかしい!」
オレも覚悟を決めて沼に入ろうかと思っていた時、ハインリスから静止の言葉がかかる。何事だとハインリスの姿を見ると、動いていないのにジワリジワリと沼の中へと飲まれていく。
「底なし沼だ!」
底なし沼!?マジかよ、入らなくてよかった。
「戻ってこれそう?」
「これは、難しいな」
戻れないか。どうすっかな?
「がはっ!?」
「え?」
いきなりハインリスの体から槍が生えた。槍の穂先はハインリスの右肩を貫通し、黒く輝く穂先が見える。槍の持ち手はハインリスの前方の沼へと沈んでいる。槍?攻撃?沼の中から!?
ハインリスの前の沼が盛り上がっていく、やがて泥が流れ落ち、ハインリスを貫いた槍の持ち主が現れる。黒に近い深い緑色の鱗、大きなワニの様な顔、人型に近い姿、リザードマンだ!
「ディアゴラム!」
呼び出された<魔剣士>ディアゴラムは、沼へと駆け入る。しかし、沼に足が取られるのか、いつもの素早さは無い。しまったな。前衛を出しても沼に飲まれるだけだ。ここは遠距離攻撃だ。
「リリアラ!」
<族長>リリアラは状況を一瞥すると、すぐに詠唱を始める。状況はリザードマンに大きく傾いていた。ハインリスはリザードマンと対峙しているが、右肩を貫かれた影響か、右腕が使えないみたいだ。今は左腕の盾でなんとか攻撃を凌いでいる。ディアゴラムはいつの間にか三匹のリザードマンに絡まれていた。リザードマン達はディアゴラムを警戒しているのか、ディアゴラムの大剣の間合いには入らない。槍の長いリーチを生かして間合いの外から攻撃している。その攻撃に絶対に倒すという気概は感じない。どこか作業的だ。それもそうだろう。リザードマン達は、ディアゴラム達を倒さなくてもいいのだ。ディアゴラム達はもう腰まで沼に飲み込まれてしまった。リザードマン達は、適当に獲物を突いて動かし、獲物が沼に沈むのを待てば良いのだ。
「いくわよ!」
敗戦色濃厚な中、リリアラの魔法が遂に完成する。リリアラが突きつけた杖の先から、轟音を響かせ太い雷が迸る。雷はハインリス達諸共、リザードマン達を飲み込み、彼方へと飛んで行った。後に残ったのは、倒れた4体のリザードマンの死体だけだった。
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