第35話 訓練②

 ギースが死んじゃった。殺したのはオレだ。やべーよ、どうすりゃいいんだよ。オレが内心慌てていると、横に居たメアリアリアの魔法が発動した。ギースの体の上に光り輝く輪が現れ、輪から光の粒子がギースへと降り注ぐ。このエフェクトは≪回起≫の回復魔法だ。

 

 ゲームでは、HPが0になったプレイヤーは戦闘不能になり、普通の回復魔法では回復できなかった。『回起』の魔法はHP0のプレイヤーをHP一割の状態で復活させる魔法だ。復活後、5分間衰弱のバットステータスが付くというデメリットもあるが、プレイヤーが行使できる唯一の復活手段だ。


 普通の回復魔法ではダメでも、≪回起≫の魔法ならいけるんじゃね?オレは期待を込めてギースを見守る。


「ガハッ…!」


「ギースッ!」


 ギースが、ギースが血を吐いた!先程までピクリともしなかったギースが動いた!ギースが生き返った!続けて唱えられたメアリアリアの回復魔法により、ギースの体が淡く光る。光が収まると、そこには傷一つ無いギースがいた。潰れたトマトみたいだった左腕も元通りである。魔法ってすげー!


「ギース!良かった。良かった…!」


 女がギースに抱きつき、顔を伏せ嗚咽を漏らす。


「あ…?マリア?俺は、たしか訓練で…」


 キースが意識を取り戻したみたいだ。


「ギース、大丈夫か?」


 いつの間にか、4人の男女がギースの周りに集まっていた。たぶん、ギースのパーティメンバーだろう。皆、心配そうにギースを見ている。


「おめぇら…。そうか、俺は負けたのか…」


 ギースがポツリと呟いた。


「また、マリアの世話になっちまったな…」


「ちが、違うの。私じゃギースを治せなかったの。あの人が…」


 ギースに縋り付いていた女がメアリアリアを見ると、皆の視線がメアリアリアに集まる。メアリアリアは優しそうに微笑んでいた。


「そうか…」


 ギースが兜を取り、メアリアリアに頭を下げた。ギースの顔は血で汚れていたが、怪我は無さそうだ。


「あんたのおかげで助かったらしい。礼を言う。ありがとう」


 ちゃんとお礼が言えるのか。ギースって結構殊勝なところがあるんだな。でも、メアリアリアだけじゃなくてオレにも礼があっても良いと思うんだけど?


「オレは必ず、あんたを開放してみせる…!」


 ギースが誓いを立てるように言うが、余計なお世話だ。


「いえ、わたくしは好きでこうしておりますので、お構いなく」


 ギースがポカンとした表情を浮かべている。どうやら、オレが無理やりメアリアリアを使役していると思っていたらしい。メアリアリア本人に否定されたので驚いたみたいだ。


「んなバカな。あんたは腕の良いヒーラーだったんだろ?信仰心も高いはずだ。それがなんでネクロマンサーなんかに……」


「わたくしはただ、自身のわがままを叶えたいが為にこうして現世に留まっている罪深い女なのです。どうぞ、わたくしのことなどご放念下さい」


 そのわがままというのが、出来る限り多くの人を助けたいなのだから、博愛主義が極まってるよな。今までオレを振り回してきた、出来る限り人を助けるという契約もメアリアリアとの契約だ。今回、メアリアリアが死者蘇生までできることが分かったので、一層切れない契約になってしまった。いざという時、メアリアリアの回復魔法は欲しい。


「そうかよ…」


 ギースがこちらに目を向ける。


「今回は負けたみてぇだが、俺はお前を絶対に認めねぇ。必ず裁いてやる」


 ギースはそう言い捨てるとヨロヨロと女の手を借りて立ち上がり、去っていく。周りに居た仲間たちもオレを一瞥するとその後に続いていった。


 えー…。お礼されるかなっと思ったのに、裁いてやる宣言を貰ってしまった。お前を回復したメアリアリアを召喚したのはオレだよ?オレにもお礼があっても良いと思うんだけど……。ギースの仲間たちも最後睨み付けるような態度だったし、無礼じゃね?ここは健闘を称えて関係改善する流れじゃねぇの?なんかムシャクシャしてきたな……。あ、そうだ!


「よし、次だ!次の奴来いよ!」


 サンドバックはまだあるのだ。


「次の奴来いよ!たしか、たくさん居たろ!」


 ギースとの訓練前、次を誰にするかで争っていたはずだ。いやぁモテモテで困る。まぁそれだけ嫌われているってことなんだけどさ!


「早く出て来いよ!」


 しかし誰も名乗り出ない。なんでだ?


「おい!たしかお前やる気だったよな?来いよ!」


「いや、俺は…」


 ギースとの訓練前に名乗りを上げていた男を指さす。男は青い顔をして周りを見ている。


「アイツだ!アイツも言ってたぞ!」


「なっ!?てめぇ!?」


 男が別の男を指さす。指された男は慌てている。ふむ、アイツもか。でも、まずはコイツだ。


「んなこと、どうでもいいんだよ。まずはお前だ。ギース見たろ?死んでも治してやるから心配すんなって」


「死ッ!?嫌だ!絶対に嫌だ!」


「いいから来いって、さっきまであんなにやる気だったじゃねぇか」


 オレは男を引き摺り、訓練場の中央にいる受付嬢の所に行く。


「おい!次はオレとコイツが訓練だ」


「え…?でも、本人が嫌がっています…」


「嫌だ!頼む、許してくれ!悪かった、謝ります、ごめんなさい」


 たしかに嫌がってる。でも問題は無い。


「訓練には下位冒険者の承認が必要だが、上位冒険者の承認は必要ない」


「そんな…!は、反対です。ギルドはこのような行為を認めません!」


「ギルドの許可も要らない。訓練場で、下位冒険者の承認があれば、それは訓練だ」


 そういう規則だろ。


「こんな、こんなの間違ってます!」


 受付嬢が叫んでいる。でもさ。


「その言葉、オレとギースがやる前に聞きたかったな」


「え…?」


「あんた、ニヤニヤ笑って率先して仕切ってたじゃん。ほら、今回も笑えよ」


 あらら、俯いちゃった。今回は仕切ってくれないらしい。仕方ない。


「こうしよう。この銅貨が地面に落ちたらスタートだ。逃げてもいいけど、その場合は回復は無しだ。良いな?」


 オレは掴んでいた男を離してやる。


「クソッ、なんで俺が、クソッ。なぁ許してくれよ」


「いくぞー」


 男を無視してオレは銅貨を指で弾いた。


「クソがー!」


 男が銅貨が落ちる前に斬りかかってくる。なんで奇襲なのに大声を上げているのか謎だ。オレは素早く男の右側に回り込むと、男の顔面を殴る。男はピンボールみたいに吹っ飛び、壁に突き刺さった。男が突き刺さった壁の近く、動いていた人の集団がピタリと止まる。コイツ等コソコソ動いてこの場から逃げようとしてやがった。


「おい、お前ら!お前らにはオレが言われた言葉を返してやろう。逃げるな、逃げるなよ。お前らオレに言ったよな?なんでお前らが逃げてんだよ!」


 次はコイツ等から選んでやるか。




 逃げる奴から、4人程殴った頃。


「ギルド長!早く早く!」


 訓練場の入口。そこから二人の人影が現れた。ルドネ族の受付嬢ちゃんとギルド長だ。受付嬢ちゃんがギルド長の腕を引っ張り急かしている姿は、まるでおじいちゃんにおねだりしてる孫娘だ。見てて和む。


「あ!あなた無事だったのね!」


 受付嬢ちゃんがオレの姿を見て安堵した表情を見せた。かわいい。どうやら、姿が見えなかったのは、ギルド長を呼びに行っていたからみたいだ。たぶん、オレとギースの訓練を止める為だろう。俺を心配して行動まで起こしてくれるとか、女神かよ。


「ギルド長!助けてくれ!」


 逃げるに逃げられなくなっていた冒険者共が、ギルド長に助けを求めだした。ギルド長にオレの凶行を訴えている。ギルド長の傍でオレの凶行を聞いた女神のご機嫌は、急降下した。壁に前衛芸術のように埋まってる人達を見て、口に手を当てて絶句している。


「なに…これ…酷い…!」


 やったのオレなんすよ。ヤバイ。なんて言い訳しよう?訓練してたでいけるかな?でも、ギース戦以降は、完全にオレの憂さ晴らしなんだよなー。殴ると面白いくらい吹っ飛び、気分がスカッとした。コイツ等にもムカついていたのだ。見た目は装備が壊れていたり、血を吐いていたりと色々酷いが、メアリアリアのおかげで、怪我一つ無いはずだ。


「アルビレオ様、理由がお有りでしょうが、あまり、こういったことは…」


 怪我人の治療を終えて傍に来たメアリアリアに窘められてしまった。ですよねー。やり過ぎちゃったよね。何人か殴ってスッキリし、オレの憂さもだいぶ晴れた。代わりに、やり過ぎちゃったかな、という思いが生まれていた。


「即刻、訓練を中止するように!」


 冒険者たちの陳情を聞いたギルド長が宣言する。冒険者共が安堵の表情を浮かべているのが、なんだか腹立たしい。ちょっと脅しとくか。


「訓練にギルドの許可は要らないはずだ!」


 冒険者共がビクッと体を震えさせる。


「訓練場はギルドの施設だ。訓練場の使用を禁止する」


 流石にギルド長は受付嬢と違って、口先だけで丸め込めないか。ちょっと残念だが、此度の訓練はこれで終わりらしい。

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