第34話 訓練

 訓練場は冒険者ギルドの奥にあった。プールぐらいの広さだから、25メートル四方ぐらいだろうか。天井は無く、夕日に焼かれた空が見える。

 オレは訓練場でギースと向かい合っていた。彼我の距離は5メートルくらいか。前衛なら一息で詰められる距離だろう。やっぱり先手は取られることになりそうだ。


「殺れ、ギース!殺っちまえー!」


「次は俺だからな、ほどほどでいいぞー!」


「いや、次は俺だね」


「いーや、奴をぶっ殺すのは俺だ!」


 野次馬共が好き勝手に言ってくれる。


「皆さーん、静かにして下さーい!これより訓練を始めます。両者準備は良いですか?」


「ああ」


「逃げずに来た度胸だけは褒めてやる。礼に先手を譲ってやる。せいぜい足掻いて、俺を楽しませろ」


 コイツ、バカなのか?キャスター相手に準備時間を与えるなんて自殺行為だ。それともブラフかな?そっちの方がありそうだ。まぁオレのやることに変わりはない。全力でぶちのめすだけだ。


「では、訓練開始!」


「白虎!」


 開始と同時に四聖獣が一柱、白虎を召喚する。オレの後ろに、召喚された気配を感じる。


「キャー!?」


「なんだありゃ!?」


 いきなり現れた巨大な虎の姿に野次馬共が騒ぎ出す。が知ったことではない。召喚からやや遅れて、白虎が咆哮を上げ、消え去っていく。それと同時に身体の奥から沸々と力が沸いてくる。体が熱い。白虎の咆哮の効果は味方の全ステータスアップだ。制限時間は少ないが、味方に無双の力を与える強力なバフだ。身体が軽く感じ、なんでもできる気がする。圧倒的な全能感に酔ってしまいそうだ。


「消えた?虚仮脅しか?いや…」


 ギースは約束を守ったのか、白虎の姿に竦んだのか、動かなかった。これはこっちも譲ってやった方が良いのかもしれない。オレはギースに向けて掌を上に向けて腕を出す。そして、指で手招きした。


「来い、一手譲ってやる」


 ギースはポカンとした顔で聞いていた。やがて、言葉の意味が理解したのか、その顔は憤怒に歪む。


「ふざけやがって、ネクロマンサーが!」


 ギースが盾を構え、突っこんでくる。速い。ギースは盾を横にずらすと同時に突きを放ってくる。直前まで盾で剣と手元を隠し、攻撃の軌道を読ませなかった。オレから見れば突然剣先が飛び出してきたようなものだ。慌てて上体を右に反らし、同時に右の腕を引く。ここからだと盾が邪魔でギースを殴れない。仕方ない、盾を殴っとくか。オレは振りかぶった右の拳を全力で盾にぶつけた。俺に武術の心得なんて無い。繰り出された打撃も右フックとアッパーの中間のような中途半端な一撃だった。ただし、余分な装備を外し、白虎のバフを受けて、威力だけはある一撃だ。


 ドゴン


 重量物がぶつかった様な低く、腹に響く音を立てて、ギースの身体が吹き飛ぶ。野次馬共の人の壁を弾き飛ばし、甲高い音を音を上げながら石造りの壁にぶつかり、壁に埋まるようにして漸く止まる。


「えー…」


 一発殴ってスッキリしたのか、やっと冷静になれたのか、予想とは違う現実に戸惑いを覚えたのか、オレは呆然としてしまった。予想ではもう何発か殴る必要があると思ったんだが…結果は御覧の通りだ。オレの拳を受けた盾は拉げ、胴鎧にめり込んでいる。左腕は盾と胴鎧に挟まれて圧潰し、千切れ、まるで潰したトマトだ。胴鎧はくの字に折れ曲がり、その上の兜は血でも吐いたのか真っ赤に染まっている。これ、死んでないよね?


 ゲームだとダメージが数値として出るだけだった。こんな風に人が壊れたりしない。オレは余りにもスプラッタな光景にビビっていた。


 ギースは三級冒険者と言っていた。中堅くらいの実力はあるのだろうと思っていた。装備も全身鎧に盾だ。防御力に特化した重戦士、パーティの盾役だ。もっとタフネスだろうと想定していた。この光景は完全に想定外だ。

 周りの冒険者共も想定外の出来事だったのか、シンと静まり返っていた。


「嫌あああああぁぁぁぁぁぁあああ!ギースうぅううううう!」


 沈黙を破ったのは一人の女の絶叫だった。女はギースに駆け寄ると、何事か唱えている。女がギースに手をかざすと、ギースの身体が淡く光ったように見えた。ひょっとして、回復魔法だろうか?女が何度も魔法を繰り返す。でも見た限りあまり効果は無いようだ。


 そうだよな。早く回復しないと本当に死んでしまうかもしれない。オレの頭は漸くそのことに思い至った。やべーわ、早く回復しないと!


「出でよ、メアリアリア」


 空間が歪み、現れたのはヒューマン族の女だ。年齢は20代中盤から後半くらいだろうか、優し気な目元と泣き黒子が特徴の清楚系の美人さんだ。彼女が<堕ちた聖女>メアリアリア、回復魔法のエキスパートである。


 メアリアリアはすぐさまギースの方に歩み寄ると、手を浅く広げ、詠唱を始める。


「何!?ギースにこれ以上何をするつもり!?」


 メアリアリアの接近に気付いた女が喚いている。メアリアリアの詠唱を邪魔されては困るな。オレは女へと近づきながら答える。


「回復魔法だ。ギースを助けたければ邪魔するな」


「回復魔法…効果がないのよ…。たぶんギースは、もう…」


 女が泣き崩れる。え…?回復魔法効果無いの?まさか、マジで死んじゃったの?オレはサーッと血の気が引くのを感じた。訓練は殺しはご法度だ。それ以前に、オレにギースを殺すつもりなんて無かった。人を殺す覚悟なんてできていないし、ギースの事をムカついてはいても、殺したいほど恨んでいたわけじゃない。


 これ、どう考えてもやばい状況だよね?やばいよ、やばすぎる。どうすりゃいいんだよ。

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