第31話 兎

 翌朝。オレはハーリッシュの南西の草原に来ていた。今のオレはすこぶる機嫌が良い。昨日は宿に泊まったのだが、久しぶりに屋根のあるところで安全に寝られた。部屋の中で身体を拭えたのもかなり大きい。おかげで久しぶりにさっぱりした気分だ。朝食に屋台で買って食べたホットドッグもどきも美味しかった。久しぶりに文明的な生活ができて、文化人を自称するオレとしては朝からテンション上がりまくり。スキップしそうな勢いだ。


 リズミカルにステップを踏みつつ街中を歩いてきたオレが、何故ハーリッシュの南西の草原に来たかというと、昨日思いついた金策が原因だ。

 オレの思いついた金策、それはNM狩りだ。NMはネームドモンスターの頭文字。NMは、特定のフィールドに出現する名前の付いたモンスターだ。最近だと村を襲っていた双頭熊、ツインヘッド:リズリーを狩った。NMは倒すと貴重な装備や希少な素材をドロップし、それらは高値で売れる。金策にはもってこいだ。


 それに、リズリーの存在がオレをNM狩りへと後押しする。リズリーは、ゲーム内では現れたら即狩られるほどの人気のNMだった。そんなNMが放置されている現状に、オレは一つの仮説を立てていた。この世界の人間はNM狩りをしていないのではないだろうか。そうだとしたら、各地にNMが放置されていることになる。NMは金の成る木だ。狩れば一獲千金も夢ではない。そんなNMが狩り放題。これはもう狩るしかない。


 という訳でここ、ハーリッシュの南西の草原にやって来た。今回狙うNMは兎のNMだ。名前はジャイアント:ジャック。その名の通り、巨体な兎だ。巨体と言っても、それは兎の中ではの話。普通の兎の三倍くらいの大きさの兎だ。コイツは倒すと“兎の護符”という首装備を稀にドロップする。“兎の護符”は被魔法ダメージを-5%もする強力な装備だ。主に攻撃を受ける盾役であるタンクのプレイヤーに人気があった。これは高く売れるはずだ。


「でも、これは誤算だったな……」


 しかし、良いことばかりのように思っていたNM狩りは、始まる前から暗礁に乗り上げていた。フィールドが広すぎるのだ。NMの出現場所が、ゲームの中では一目で分かるような狭いフィールドだったが、この世界では地平線まで続く広大なフィールドになっていた。しかも、草が生えていて見通しが悪い。この中から一匹の兎を探す?無理じゃね?


「でも、せっかくここまで来たし……当たればでかいし……ダメ元でやってみるか。出でよ、エバノン」


 兎狩りならこの人ということで、エバノンを召喚する。目の前の空間が歪み、オレの身体から出た魔力が、青白い粒子となって人型に集まり、やがてエバノンの姿になる。エバノンは鋭い視線で周囲を確認し、やがて警戒を解くと、こちらを向いた。相変わらずダンディだ。


「今日は何の用だ?」


「兎狩りだよ。狙いはNMだ」


「ネームドモンスターか……特徴は?」


 エバノンの瞳が鋭く細められた。NMと聞いて本気になったのかもしれない。


「でかい。普通の兎の三倍はある」


「三倍……それなら見間違う心配もねぇな。普通の兎はどうする?」


「できれば狩ってほしい」


 兎は食べても良いし、毛皮は売れる。兎の肉って甘くてけっこう美味いんだよなぁ。久しぶりに食べたくなってきた。


「分かった。狩ってくるが、不用意に近づくんじゃねぇぞ」


 そう言って、エバノンが草原へと歩き出す。その足取りは早く、澱みない。でも、こんな広い草原をエバノンだけで探すというのは無理があるよな。


「出でよ、ハインリス、ディアゴラム、クレハ、リーヨ……」


 こうなりゃ人海戦術だ。数の暴力には定評のあるネクロマンサーを舐めるなよ!




 それから数時間後。日はとっくに傾き、青々としていた草原が赤く染まる頃、一度集まって英霊達の成果を確認した。結果は……NMを狩ることはできなかった。目撃情報も無しだ。まだ一日目だしこんなもんだろ。エバノンが普通の兎を5羽狩ってくれた。ディアゴラムも一羽狩ってきたが……どうして首だけ持ってくるんだよ!胴体はどうした!?なんで胴体捨ててくるんだよ!どうしたら首だけ持ってくるという思考になるのか謎だわ。普通逆じゃね?首捨てて胴体持ってこない?


 今日の成果は、エバノンが狩った兎五羽だけだった。他の英霊達は兎を狩ることができなかったのだ。人には適材適所があるからね、仕方ないね。オレも兎を狩ろうと試してみたけども、結局一匹も狩れなかった。ゲームだったら、こちらが殴るまで兎は動かないんだけど……現実の兎は近づけば逃げる。まぁ考えれば当たり前なんだけどさ。普通逃げるよね。


 初日の成果はこんな感じだ。NMは狩れなかったけど、兎五羽ならけっこうな稼ぎになるんじゃないか?今日の稼ぎ次第だけど、このまま明日もNMを狙って兎を狩っていこう。

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