第28話 城塞都市ハーリッシュへ

 目が覚めると地面に敷かれた絨毯の上で横になっていた。そうか、昨日は新しい族長を祝う宴で…途中で寝ちゃったか。オレが寝た後も宴は続いたようだ。一体いつまでやっていたんだろう。身体を起こして周りを見ると、正に屍累々といった感じだった。そこかしこでルドネ族が思い思いに寝ている。


「あ痛たたたたたた」


 頭が痛い。どうやら飲み過ぎたようだ。頭を動かすと頭痛がする。しばらくぼーっとしていると、族長の家から誰か出て来た。あれはマリエルだろうか?マリエルは突然手に持っていた鍋とおたまを打ち鳴らし始めた。


 ガンガンガンガンガンガン


 ぐおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉ、やめてくれ、それは頭に響く、イテテテテテ。


「みなさーん、起きて下さーい。みんなが起きるまで叩き続けますよー」


 この幼女、なんて恐ろしいこと言いやがる。オレは頭の痛みをこらえつつ、傍で寝ていた人を起こしていく。頼む、起きてくれー。



 おたま連打はその後五分程続いた。五分もこの拷問にも似た時間を過ごしたオレは既に心身ともに疲れ果てていた。頭が痛い。まだガンガンという音が頭の中を響いている。吐きそうだ。


「さあ、まずはお片付けです」


 周りを見ると、料理の乗っていた皿や器、酒瓶なんかが散乱している。確かに片づける必要があるが、今すぐじゃなくても良いじゃないか。皆もそう思っているのか、オレと同じように五分の拷問の後遺症に苦しんでいるのか、片づける動きは非常にのっそりとしたものだった。


「ちゃんとやらないと、また鳴らしますよー?キビキビ動いてください」


 クソッ!ドS幼女め!オレは仕方なく片付けを手伝い始めた。周りのルドネもまた鳴らされるのは嫌なのか、先程よりも随分素早い動きで片付けをしている。


 皆で片付ければ、早い早い。あっという間に片付けは終わった。マリエルも満足そうに頷き、族長の家の中に帰っていく。ホッとした。ホッとしたら、腰の力が抜け、その場に座り込んでしまった。あぁーもう一歩も動きたくない。



「あ、居た居た。アルビレオ、今から行くわよ」


 座って休憩していると、アウラがこちらに近づいてきた。後ろには二頭の馬を引き連れており、出発準備完了と言った感じだ。


「行く?行くってどこに?」


「ハーリッシュよ。あなたが行きたいって言ったんでしょ?ほら、連れて行くって約束したじゃない」


 そういえばそうだった。でも、こんなに朝早く出なくても良いんじゃないか。昨日の酒が残っていて頭が痛いし、もうちょっと寝ていたい。ぐずるオレをアウラが急かす。何故こんなに早く出るのかというと、ハーリッシュまで半日かかるのが理由らしい。早く出ないと、アウラの帰りが夜遅くになってしまう。そういうことなら仕方ない。


「ほら、出発前に族長に挨拶しに行くわよ」


 アウラに連れられて族長の家へと入る。


「入るわよー!族長居るー?」


 相変わらずフランクだよね、ルドネ族って。変に堅苦しいよりも良いけどさ。


「はーい。あら、アウラにアルビレオさん。ひょっとしてもう出発ですか?」


「えぇ、これから忙しくなるでしょ?あんまり足止めさせるのも可哀想だから、早いうちにね」


「そう。アルビレオさんありがとうございました。あなたのおかげで、私は族長になる決心ができました。父も心置きなく女神さまの元に行けると思います。あ、そうだ。お礼をお渡ししないと」


「いえいえ、お礼なんてとんでもない。こちらこそお世話になりました」


 マリエルと一緒に頭を下げ合う。謙遜ではなく、本当にお礼はもらわなくてもいい。元はと言えば水が欲しかっただけだし。ご馳走もしてもらったし、ハーリッシュまで送り届けてもくれる。これ以上は貰い過ぎだ。こうして、お礼を渡そうとするマリエルと、お礼を断ろうとするオレの攻防が始まった。どうぞどうぞ。いえいえ。


「あなた変な人ね。貰えるものは貰っておいたら?お礼を突き返すなんてむしろ無礼よ」


 アウラの言う通りかもしれない…。無礼とまで言われてしまうと受け取らざるを得ない。


「その…頂戴いたします」


「はい!」


 マリエルが良い笑顔で頷いた。貰ったのは布だった。この布をハーリッシュで売ってお金にして下さいと言われた。貰った物を売るのは気が引けるが、裁縫なんてできないので、布をもっていても仕方ない。ここは素直に売ってお金にさせてもらおう。


「ありがとうございました」


「お世話になりました」


 最後にもう一度マリエルと頭を下げ合い、族長の家を後にした。



 その後、オレは馬上の人となった。アウラに先導され、城塞都市ハーリッシュを目指す。相変わらず、馬に乗ることには慣れない。落ちないように、しがみつくので精一杯だ。馬が走るたびに、身体が浮き上がり、尻が打ち付けられる。痛い。


 途中、昼食を取り、走り続けてお昼過ぎ。前方に石の塔が見え始めた。こんな原っぱの真ん中に石の塔。しかもかなり大きい。明らかに人工物だ。あそこが城塞都市ハーリッシュなのだろうか?どんどん近づいていく。塔の他にも背の高い建物が見え始め、それらを取り巻く様に巨大で長大な石の城壁が見えた。これが城塞都市ハーリッシュか。あまりの大きさに圧倒される。


「ここがハーリッシュ。その西門ね」


 前には大きな門があり、そこにどんどんと人や馬車が飲み込まれていく。尻の痛さなんて忘れてしまうような光景だった。近くで見る門も城壁もかなり大きい。オレたちは門に近づいて行く。


「そろそろいいかしら?馬から降りて」


 言われた通りに馬から降りる。足腰が立たず、その場に尻もちをついてしまった。尻が痛い。


「なっさけないわねー」


 そう言うアウラは全然平気そうだ。ケロッとしている。


「ほら、立って。あなたには感謝してるわ。あなたのおかげで、すんなりと族長が決まって助かったわ」


「こちらこそありがとう。水のことも、ここまで送ってくれたことも。それでその、これ…」


 オレはマリエルから貰った布の一部をアウラに渡そうとした。人からの貰い物を人にあげるのは抵抗があるが、今のオレにはこれぐらいしか渡せるものがない。


「くれるの?あなたも律儀ねー。でもいいわ、それはあなたが使いなさい。お金、必要でしょ?」


 アウラは断るとオレの腿をバシバシと叩いた。


「いつかあなたがビッグになったら受け取ってあげる。だから、がんばりなさい」


 そう言うとアウラは馬にまたがった。


「じゃあね。またどこかで会いましょう」


「ありがとうアウラ!」


 アウラは振り手を振って去っていった。アウラが居なくなることが寂しい。でも。


「ビッグになったら…か」


 がんばってみよう。少なくとも次アウラに会った時に心配されることがないように。そんな決意を胸にオレはハーリッシュの門へと歩みを進めた。

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