第24話 ハスティとアウラ

「止まりなさいっ!」


 甲高い声に驚きつつ素直に止まる。相手は女だろうか?それにしても高い、まるで声変わり前の子供のような声だ。


「何の用?正直に答えなさい」


「突然すみません。出来れば水を少し分けてくれませんか?」


「水か…」


 そのまましばらく時間が過ぎる。水を分けても良いか考えているのかな?出来れば分けてほしい。


「いいわ、分けてあげる」


 その言葉と共に声の主が馬の陰から姿を現した。子供?予想よりもずっと小さい人影に驚く。しかし声の主の尖った耳、額にキラリと輝く宝石の煌めきに考えを改める。ひょっとしてルドネ族か!?


 ルドネ族は4,5歳児くらいの幼い見た目の小人だ。特徴は尖った耳と額に宝石を付けていること、身体能力は低いが魔法に高い適性がある。


 オレは目の前に現れたルドネ族をしげしげと観察する。髪は黒色だろうか?焚火に照らされてオレンジがかっている。額に着けた宝石は赤色。その下に形のいい眉がすこし歪んでいる。目は若干細められ、眉と合わせてこちらを睨んでいるような表情だ。瞳の色は額の宝石とお揃いの赤だった。

 男だろうか?女だろうか?どうもルドネ族は性差が乏しい気がする。パッと見ではどちらか分からない。口調的に女だろうか?髪も長いし、男にしては綺麗な顔をしている気がする。雑誌の表紙とか飾ってそうな美幼女だ。


 美幼女はこちらを警戒しているようだ。常に右の手のひらをこちらに向けている。ひょっとして魔法の照準だろうか?狙われてる?


「さぁ、こっちに革袋を投げてよこしなさい」


 言われた通りにした方が良さそうだな。水分けてくれるらしいし。水を入れる革袋を鞄から取り出そうと鞄に手を掛けた時だった。


「まぁまぁ、アウラ。そこまでしなくても良いじゃない」


 馬の陰からもう一人ルドネ族が顔を出した。こちらも黒髪赤い瞳だ。長い黒髪を高いところで結んでいる。ポニーテールだ。アウラと呼ばれた方と比べると若干輪郭がふっくらしてるか?馬の陰からひょっこり顔を出してる動作のせいかアウラよりも幼く見える。


「ごめんなさいね。この子ったら初めてのお役目で緊張してるのよ。」


「お母さんっ!」


 お母さん!?

 この、なんならアウラよりも幼く見えた方がお母さん!?まじかよこの体形で人妻で子供まで生んでるのかよ!?なんだろう、すごく背徳的なものを見てる気分だ。常識が壊れる音がする。


「さぁ、こちらにいらして」


 お母さんに誘われるままに焚火に導かれ、気が付いたら3人で焚火を囲んでいた。ショックが大きすぎて唯々諾々と従ってしまった。


「旅人さんお名前は?私はハスティ。あっちは娘のアウラよ」


「アルビレオです」


 やっぱりお母さんは聞き間違いじゃなかったか。本当にお母さんらしい。アウラは今オレから受け取った革袋に水を入れてくれている。焚火から離れて馬の傍で作業中だ。


「アルビレオさんはどうしてこんなところに?」


「ハーリッシュに向かう途中です。道に迷ってしまって」


「ハーリッシュ?じゃあ冒険者さんかな?随分北にずれちゃったわね。」


 ハーリッシュはここからだと南東にあるらしい。南の方に進めば街道にぶつかるので後はその街道沿いに進めばいいらしい。道まで教えてくれた。


「はい、水。まったく、あんな量しかないなんて。私達に会えてなかったら危なかったわよ」


「ありがとうございます」


「これからは大目に持っておくようにしなさい」


 アウラから水袋を受け取る。水袋にはたっぷりと水が入っていた。こんなに貰ってしまっていいんだろうか。何かお返ししたいが、あげれるようなものが何もない。若干の心苦しさを覚えながら水を手に入れた。


 ハーリッシュまでの道のりは先程聞いたし、もう聞くことはないかな?あ、そうだ。ネクロマンサーについて聞いてみるのも手か?


 ルドネ族の英霊に聞いた話だが、ルドネ族はネクロマンサーを差別しないらしい。英霊を疑うつもりはないけど、英霊の生きていた頃の情報だろうし、たぶんかなり前の情報だろう。今がどうなっているかは分からない。二人にネクロマンサーについて聞いて反応を見るのはいい手かもしれない。もし、ネクロマンサーとバレて敵対行動をとられても相手は二人だ、白虎を使えば逃げるくらいは出来ると思う。よし、聞いてみよう。


「お二人はネクロマンサーについてどう思いますか?」


「ネクロマンサー?別に何か思うこともないけど…ねぇお母さん?」


「そうねぇ…今は助けて欲しいかしら。」


 助けてほしい?予想外のワードが出てきたな。


「なに?あなたネクロマンサーなの?」


 アウラに聞かれてしまった。どう答えよう。二人の様子は特に変わりはなかった。本当にルドネ族はネクロマンサーを忌避しないのだろうか。一歩踏み込んでみるか。それに助けて欲しいというのも気になる。


「ネクロマンサーです。助けて欲しいというのは?」


「一族のことだから詳しくは言えないけど…。本当にネクロマンサーなの?」


「そうよ、証拠に何かやってみなさい」


 何かやってみなさいって…英霊を召喚することしか出来ないんだよね。こんなことで英霊を呼ぶのもアレだけど。


「出でよ、ハインリス」


 空間が歪み、いつものように軽装の鎧を纏ったエルヴィン族の青年が現れる。


「ゆ、幽霊!?」


「まさか本当に?」


 二人が驚きの表情でハインリスを見ている。ハインリスは困惑しているようだ。何か言いたげな表情でこちらを見た。


「アルビレオ、なんだこの状況は?」


「「しゃべった!?」」


 そうだよね。しゃべると驚くよね。オレも最初は驚いたものだ。


「ごめんね、二人にネクロマンサーだと証明するために呼んだんだ」


 ハインリスは一応納得したように頷いてくれた。


「まさか本当にネクロマンサーだとはねぇ」


「お母さん、どうする?」


「頼んでみましょ。アルビレオさん、お願いがあるんだけど…」


 ハスティのお願いは死者との交信だった。先日急死した族長が後継者を決めていなかったため長女と次女、どちらを族長にするべきか決めかねて部族が困ってるらしい。


 要は亡くなった族長に後継者を聞くだけだ。簡単そうだった。受けてもいいんじゃないか?水をくれた恩も返せるし。


「分かりました。お受けします」


「本当ですか!?ありがとうございます」


「よかったね、お母さん。あなたもありがとう」


 二人が喜んでくれた。よかった。しかし、よく似た母娘だ。笑ってると幼い印象が強くなる。何も知らなきゃ双子の子供に見える。髪型入れ替わったら見分けつかんぞ。



 その後二人と話を詰める。

 オレはこのまま二人についていき、二人の部族がいる場所まで案内してもらうことになった。明日には着くらしい。そこでオレは族長の言葉を聞き、部族の人たちに告げる。その後オレをハーリッシュまで送ってくれるらしい。すごい助かる。



 夜も更けてもう寝ようとなった。詳しい話はまた明日だそうだ。寝ずの番は母娘が交代して行うらしい。オレはお言葉に甘えて横になった。横になると体が地面に沈んでいくような心地がした。すごく体が疲れている。身体が重たい。そりゃ連日森の中を強行軍すれば疲れるか。オレの意識はすぐさま落ちた。

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