第18話 アナちゃんの決意
アントム家に転がり込んだ翌日。
「知らない天井だ」
そう天井である。起きてすぐ人工物が目に入るとなんか安心する。家の中で寝れるという安心感からか、どうやら寝すぎたらしい。起きた時にはもう2人の姿はなかった。
「何言ってるんだ?」
居るのはアントムの幽霊くらいだ。
「2人は?」
「詳しくは分からねぇが、どうも妻の実家に畑仕事の手伝いをしに行ってるみてぇだ」
朝も早くからご苦労なこった。オレも仕事するか。オレは昨日まで寝起きしていた場所まで移動して、エバノンを呼び出しまた狩りをお願いする。どうしよう仕事が終わってしまった。家に帰ってアントムに相談してみるか。それにしても、家に帰る、か。帰れる家があるって素晴らしいな。
「仕事か、いくらでもあるぞ」
「おぉ、やってやらー」
「まずは薪拾いと水汲みだ」
森の中に入って落ちている枝を集めていく。乾いている枝はそのまま薪に、湿っている枝は乾燥させてから薪にするとのことだった。湿った枝を燃やすと煙が出て大変らしい。竈に入りきらないような大きな物は後で斧で細かくしないと。
次は水汲みだ。この家の近くに井戸はない。なので川の水を利用しているようだ。川の水を桶で掬い、家の中にある瓶へと入れていく。桶の水を家に運んでいると、ナヅナさんとアナちゃんが帰ってきた。
「二人ともおかえり」
「ただいま帰りました。水汲みをしてくれたんですね。ありがとうございます。」
「いえいえ、このくらいはしないと。」
「今日は早く帰って来られたので丁度良かったです。よければ外套を脱いでくれませんか?どこまで出来るかは分かりませんが、繕ってみようと思います。」
正直外套を脱ぐことに抵抗はあったけど、せっかくの申し出だ。それに外套が直るのは素直に嬉しい。二人に引かれないと良いけど…、と思いつつ外套を脱ぐ。こちらの心配に反して二人は割と平然としていた。外套の隙間からチラチラ見えていただろうし、こちらの格好をある程度察していたのかもしれない。
ただやはり疑問は残るようで、アナちゃんに「どうしてそんな格好しているの?」とは聞かれたが。ほんと、どうしてこんな格好してるんだろうな。
夕方になるとエバノンに今日の狩りの成果を貰いに行く。
「エバノン、今日はどうだった?」
「今日は大物がとれたぞ。」
なんと猪が狩れたらしい。仕掛けた罠に嵌まっていたところを仕留めたようだ。エバノンの後ろにはこんもりとした山が見える。あれが猪だろうか?
「時間があったからな、バラしておいた。後は川の水にでも漬けときゃ良い」
「ありがとう、エバノン。ほんと頼りになるな」
エバノンが「よせやい」と言いながらも笑っている。大物も仕留められたし、きっと上機嫌なんだろう。
猪の肉を5回に分けて運び、エバノンに言われた通り、猪の肉を川に沈めた。でも、なんで川に沈めるんだろう?血抜きのためか?それとも川の水が冷たいから保存のためか?今度思い出したらエバノンにでも聞いてみるか。
母娘二人に猪を狩ったことを伝えると驚いていた。傍で聞いていたアントムも「やるな」と感心している。
ナヅナさんに猪の肉を村の人に配ってもよいかと聞かれた。これまでの母娘への村の人たちの支援に対してお礼がしたいらしい。それに猪の肉は大量にある。3人では食べきる前に腐らしてしまう程の量だ。それはもったいない。オレはナヅナさんの意見に賛成した。
夕食の後はすぐに寝てしまう。明日も早いということもあるが、この頃になると外は真っ暗だ。明かりをつけるためには火をつけるしかないが、薪もタダじゃない。薪拾いという労働の末に手に入るものだ。出来る限り節約する。
床にゴロンと寝て、なんとなく天井を見つめていると隣で寝ているアナちゃんが話しかけてきた。
「ねぇ。おじさん起きてる?」
「起きてるよ」
「アタシに狩りの仕方を教えてほしいの」
「えっ!?」
「アナッ!?」
オレも驚いたが、ナヅナさんはもっと驚いたようだ。飛び跳ねるように上半身を起こしてアナちゃんを見つめている。
「お母さん、これは今しかできないの。おじさんのいる今しか教えてもらえないの!それにこのままじゃ…」
アナちゃんはオレがいなくなった後の生活を心配しているようだ。オレは予め二人にはその内、この家を出ていくことを伝えていた。
ナヅナさんもオレの出ていった後の生活には不安があるのだろう「それは…でも…。」と口ごもってしまった。ナヅナさんがこちらを見た。
「アルビレオさんも反対してください」
「おじさんお願い」
オレは何て答えたら良いのか考える。オレがいなくなった後の母娘の生活の不安はオレも感じていた。アナちゃんが狩人の仕事を覚えて、生活の糧を得られるならばそれが一番良い。しかし、まだ10歳くらいのアナちゃんに狩人の仕事ができるとは思えなかった。オレは反対しようと口を開きかけたが。
「確か納屋に兎用の罠があったはずだ。それを家の近くに仕掛けるのなら、アナにも出来るかもしれねぇ。」
オレは驚いてアントムを見た。そういえばアントム居たわ、忘れてた。アントムも難しい表情をしている。アントムはオレの視線に気が付くと、訳を話し始めた。
「俺もアナが狩りの仕方を覚えるのには反対だ。このあたりには猪も熊も出るし危険だ。狩人の仕事は力仕事だし、アナが出来るとは思えねぇ。でも今のアナはかなり思い詰めてやがる。下手に反対したらどんな行動に出るか…それが一番怖えぇ。それに納屋にある罠なら兎ぐらいしか掛からねぇ。兎相手なら危険も少ないだろう。」
要はアナちゃんに兎用の罠を許して、勝手に危険な行動をする前に、気をそちらに逸らそうということらしい。言われて気が付いたが月明りに浮かぶアナちゃんの表情はかなり真剣なものだ。オレがいなくなった後の生活を悲観して思い詰めているとしたら確かに突拍子もない行動に出かねない怖さがあった。
オレはアントムの意見を2人に伝えた。
アナちゃんは喜んでいた。ナヅナさんはそれでも反対のようだったが最終的には渋々納得してくれた。
オレも今回の話し合いには驚いたが、終わってみればちょっとした満足感があった。オレがいなくなった後の母娘の生活に一条の光が差し込んだ気分だった。確かに狩りは危険な行為かもしれない。でも家の近くだし、相手は兎だ。母娘がオレが居なくなった後も兎を定期的に捕まえることが出来るなら、やる価値は十二分にあると思う。
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