第17話 ウーバーミーツ

 今日で肉を届け始めて何日経っただろう。相変わらず母娘が安定して暮らしていける方法は思い浮かばないが、母娘の態度はだいぶ軟化してきたように思う。食べ物の効果ってすごい。


 それだけ飢えていたということだろうか。特に顕著なのは娘さん、アナちゃんの態度の変化かもしれない。


 つい先日アナちゃんのオレの呼び方がネクロマンサーから肉のおじさんにクラスアップした。個人的におじさん呼びはちょっと引っかかりを感じないわけでもないけど、せっかくの変化だ甘んじて受け入れよう。本当はお兄さん呼びがいいんだけどな。


 あと、少しづつ話しかけてくれるようになった奥さん、ナヅナさんの態度も変化があった。最初はいつもビクビクいていたけど、最近はそんなこともない。昨日は遂に家に上がらせてくれたしな。でも、まだどこか一線を引いた態度だ。


 この調子で母娘といい関係が築けたらいいなと思っている。いつまでもネクロマンサーと怖がれせてしまうのは、母娘にも悪いし、オレの心も辛い。オレは意外と繊細なんだ。


 そんな訳で、オレは今日もアナちゃんとナヅナさんにお肉を届けにやって来たわけだ。ちょっと餌付けみたいだなと思わなくもないが……さすがにこの例えは失礼か。肉を渡すだけで好感度が上がるなら、いくらでも肉を届けるつもりだ。まぁ獲物を仕留めるのも獲物を解体するのもエバノンがやってるんだけどね。母娘から感謝されるのは嬉しいけど、ちょっとエバノンの功績を横取りしてしまった申し訳ない気もする。本当にエバノンには感謝しかないな。


「ちわーっす、宅配便でーす!」


 アントムの家の前に着いたオレは、家の前で大声を上げる。インターホンなんて便利は物はないからね。これが普通だ。


「お母さーん、肉のおじさんが来たー」


 家の中からアナちゃんの元気な声が聞こえる。


「どうぞ、入ってください」


 ガチャリと開いたドアからナヅナさんが顔を出した。


「失礼します」


 いつもありがとうございます。いえいえ。なんて恒例の挨拶を終えて、奥さんに肉を渡す。今日は鳥の肉だった。


「今、白湯を入れますので上がって飲んでいってください」


「ありがとうございます」


 今日も家に上げてくれた。これからはこれも恒例行事に追加かもな。奥さんに貰った白湯を飲んでのんびり寛いでいるとアナちゃんが近づいてきた。


「おじさんお肉ありがとう」


 アナちゃんの笑顔が眩しい。最初は警戒心の強い猫みたいな態度だったけど、だいぶ打ち解けてきたと思う。


「いやいや、お礼なんていいよ」


「おじさんは狩人だったの?」


「いや、狩人じゃないよ。狩りが得意な人に獲ってきてもらってるだけ」


「ふーん、それってお父さん?」


「……違う人だよ」


 一瞬言葉に詰まる。アナちゃんは、もうアントムの死を受け入れているだと思い知らされたからだ。こんなちっちゃい娘が……と思わずにはいられない。


 それに、アントムが、アナちゃんのお父さんが獲ってることにした方が、アナちゃんが喜ぶんじゃないかとか考えちゃった。さすがにそれはエバノンに悪い。


「ふーん」


「俺以外の狩人も契約してるのか……」



 さて、白湯も飲み終わったし、名残惜しいけどそろそろ帰らないと。ナヅナさんが夕食の準備をして、その後ろ姿を見ながらアナちゃんと会話して、たまにアントムが話に入ってきて……この時間がとても尊いものに感じる。人恋しいのかな。


「さてそろそろ帰るよ」


「そういえばおじさんの家はどこにあるの?」


「家はないよ。野宿してる」


「野宿!?お母さーん」


 行ってしまった。と思ったらナヅナさんを伴ってすぐに帰ってきた。


「娘から聞きました。野宿してらしたんですね。どうぞ家に泊ってください。恩人を野宿させておくなんてできません。夫もきっとそう言うはずです」


 えっマジで!?驚いてアントムの顔をまじまじと見てしまった。アントムは苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。でも最終的には頷いた。やったぜ。


「ただし、妻や娘に手を出したら許さんからな!!」


「すみません、御厄介になります」


 怒れるアントムを無視して家に泊まることを宣言する。これでやっと人らしい生活を送れそうだ。



 そんなことがあり、今オレは2人と一緒に夕食を囲んでいた。誰かと一緒に食事なんていつぶりだ?泣きそうだ。


 献立は鳥の鍋とちょっぴりのパン。これ鳥の肉抜いたら、ちょっぴりのパンと鍋にちょこんと入ってる野菜だけになっちゃうじゃん。そりゃやつれるはずだわ。


 これからもエバノンには頑張ってもらわないとなと思いながら鳥の鍋を頂く。うーん、味が薄いか。そうだよね、塩って高いもんね。それでも鳥の出汁が出ていておいしかった。



 食事の後、オレは手持ちのお金3000ルピスちょっとをナヅナさんに渡した。貰う事を渋るナヅナさんに宿泊費だと言って半ば無理やり渡してきた。これで母娘の生活が楽になるとは思えないけど、たった3000ルピスだし、それでも渡したくなった。


 オレが増えることでいろいろと消費も増えるだろうし、むしろ少なくて申し訳ないくらいだ。

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