第19話 兎の罠

 次の日の朝。

 早速兎の罠を仕掛けるとはならなかった。どうやら母娘は午前中は畑のお仕事があるとのことだった。残念がるアナちゃんを連れて、ナヅナさんが村へと向かっていった。オレも薪拾いと水汲みを終わらせておこう。



 いつものようにエバノンに狩りを頼み、薪拾いと水汲みを終わらせたオレは、早速納屋へと来ていた。アントムの声はアナちゃんには届かないので、オレを介しての説明になるのだが、アナちゃんに教える前に自分でも罠の仕組みを理解できるように、兎の罠の仕掛け方を予習しようと思ったのだ。


 納屋の扉を開けると中にはあまり物は入ってなかった。斧と鋸、あと針金の束くらいだ。ひょっとして、このワイヤーが罠なのだろうか?


 一つ手に取ってみた。針金は二重になっており、縄のように捩じってあり強度を補強してあるようだ。片方が円を描いており、もう片方を引っ張ると円が狭まるように出来ている。これが罠?罠と聞いていたからもうちょっと機械的な物を想像していた。こんなので本当に兎が獲れるのだろうか?一応アントムに確認しておくか。


「アントム、これか?」


「そうだ」


「これで兎が本当に獲れるのか?」


「獲れることは獲れる」


 捕獲率が低いのだろうか?なんとも煮え切らない返事だ。なにはともあれ、仕掛け方を聞いておかないと。


「どうやって仕掛けるんだ?」


「まず針金の円をこのくらいの大きさに広げる。もう片方の先端を木や岩とにかく動かねぇ物に結びつける。針金は地面から拳一つ分浮かせた場所に仕掛ける。後は仕掛けの両脇を枝とかで覆って仕掛けまでの一本道を作れば完成だ」


 言われた通り仕掛けてみた。


「こんな感じか?」


「あぁ、上出来だ」


 簡単に仕掛け終わってしまった。罠の仕掛けの意図は分かる。すごいシンプルな作りだ。兎のこと舐め過ぎじゃないかと思うくらいに簡単な作りだった。


「本当にこんなんで兎獲れるのか?」


「掛かる可能性は確かに低きぃ。でも獲れることは獲れる」


 やっぱり捕獲率はそんなに高くないらしい。でも、どんなに低くてもやらないよりはマシだろう。


「見本があって良かったな。あとは針金で作れる分作っといてくれ」


「あぁ、わかったよ。」


 単純な作りだ。手間は掛かりそうだが簡単に作れそうだ。オレはアナちゃんとナヅナさんが帰ってくるまで、罠作りに勤しんだ。




 アナちゃんとナヅナさんが帰ってきて、一緒に昼食を取った後、早速罠を仕掛けることになった。


「罠って…それが?」


 うん。アナちゃんの言いたいことはすごい分かる。オレも同じこと思ったし。こんなの丸まった針金にしか見えない。


「うん。これが罠だ。今から仕掛け方の説明をするね。」


 アントムの説明を思い出し、実際に罠を仕掛けてみる。アナちゃんもナヅナさんも説明は真剣に聞いてくれた。聞き終わった後首をかしげてはいたが。


「これから確認の意味も込めて一人づつ罠を仕掛けてもらう。問題無いようなら残りの罠も仕掛けてしまおう」


「はい」


 アナちゃんもナヅナさんも特に問題無く罠を仕掛けることができた。まぁシンプルな罠だし。それから3人で手分けして罠を仕掛けていった。仕掛けた罠は全部で11個。後は獲物が掛かるのを待つのみである。



 獲物が掛かるのは、それから5日後のことだった。



 ◇



「兎がっ!兎が掛かってる!」


 ドアを開けてアナちゃんが叫んでいる。満面の笑みだ。青い瞳がキラキラ輝いて見えて可愛らしい。時刻は昼下がり、昼食を食べ終えて一休みしている時だった。遂に兎が罠に掛かったらしい。掛かる確率は低いとアントムに聞いていたので、もっと時間が掛かるかもと思っていた。


「じゃあ絞めないと。」


「しめる…?アタシが?しめる…」


 キラキラ輝いてた瞳が一気に色を失ってしまった。まるで怒られたかのように顔も俯き気味だ。やっぱり難しいだろうか?兎の命を奪うのは。


 ナヅナさんを見るとナヅナさんが頷いてくれた。たぶんナヅナさんが兎を絞める気だろう。しかし、それに待ったを掛けたのがアントムだった。


「これはアナが始めたことだ。アナが最後まで責任を持たなきゃならねぇ。」


 アナちゃんとナヅナさんにアントムの言葉を伝えた。アントムの言葉はもっともだけど、アナちゃんに出来るだろうか?アナちゃんを見つめる。


「アタシ、やる。ウサギ、しめる」


 アナちゃんが俯き気味だった顔を上げて宣言した。カタコトなのが気になるが、やる気らしい。



 アナちゃんの案内で兎が掛かった罠の場所まで行く。近づくと兎が逃げようともがいているのかガサゴソと音が聞こえてきた。本当に捕まったのか、あの罠で。兎は後ろ足の前、ちょうどお腹のあたりを罠の輪で絞められて身動きが取れなくなっていた。


 そういえば、どうやって兎を絞めれば良いんだろう?アントムに聞くしかないか。


「兎ってどうやって絞めるの?」


「なに!?旦那もやったことないのか?頭を持って首を捻ればいい。首の骨が折れる。あとは頭を叩いて失神させてもいい。」


 オレの場合いつもエバノンが処理をしてくれていた。オレ自身、兎を絞めるのは初めてだ。実は結構緊張してる。


 オレとナヅナさんが兎の動きを封じて、アナちゃんが斧の刃の付いてない方で兎の頭を叩く。一度目では兎は失神しなかった。二度目、兎はビクリッと体を硬直させるとふにゃりと力が抜けるのが分かった。どうやら失神したらしい。


「失神したら、首の横を深めに切る。ここだ、ここから切るといい。その後足を縛って逆さ吊りにする。」


 アントムの指示をアナちゃんに伝え、アナちゃんが兎の首にナイフを刺し入れた。すると、兎の首の傷口からトクトクと血が流れ始めた。うまく頸動脈を切れたんじゃないだろうか。その後、兎の足を縄で縛り、兎を逆様に吊るした。


「出来たな。これからモツを抜いていく。まず腹をまっすぐ切り開く。」


 ここでもナイフを握るのはアナちゃんだ。すっごい嫌そうな顔が歪んでいるけど目は真剣だ。ナヅナさんは心配そうにアナちゃんを見ている。




 その後も、アントムの指示をオレがアナちゃんとナヅナさんに伝えて、アナちゃんが主体になって兎を処理していく。


 辺りは兎の血の臭いで満ちているし、兎の内臓や皮を剥いだ兎の見た目は酷くグロテスクだ。吐いてしまいそうだ。腹の奥から何度も酸っぱいものがせり上がってきた。


 アナちゃんも青い顔をしている。でも投げ出さない。指示に従って手を動かしていく。こんなちっちゃい子が頑張ってるんだ。オレが先にギブアップするわけにもいかないよな。オレは吐き気をこらえて兎の処理を手伝った。


「よし、後は川でよく洗って漬けときゃいい。初めてにしちゃ上出来だ。よくがんばったな。」


 漸く終わったようだ。処理の終了を告げると、アナちゃんは太い息を吐いた。きっと身体的にも精神的にも疲れたのだろう。オレも疲れた。ナヅナさんはまだ余裕がありそうだった。アナちゃんを気遣っている。


 オレ達は兎と兎の毛皮を持って家の近くを流れる川へとやって来た。此処で兎と兎の毛皮をよく洗っていく。毛皮はこの後干して鞣すらしい。


 兎の肉は毛皮を剥いだせいか初めて見た時より一回り以上小さく見えた。これを母娘で食べるとして、何食分になるんだろう?


 オレは血で汚れてしまった手をよく洗いながら考える。これで母娘だけでも兎を得る手段が整った。

 兎の肉は食料の足しになるし、毛皮で現金収入も見込めるんじゃないか。これで少しは生活が少しは楽になるといいのだけど。どうなるかは兎が罠に掛かる頻度にもよるか。出来れば母娘の生活が成り立つくらいには獲れて欲しいものだ。

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