第14話 目指すはマチルドネリコ連邦

 あの国軍来襲事件から何日経っただろうか。オレは今、木々がうっそうと生える森の中を歩いていた。しかしこの森、歩きにくいことこの上ない。


 地面には腐りかけた葉っぱが積み重なり、一足踏み出すごとにズボッと膝まで吸い込まれてしまう。一歩一歩腿を上げて歩かなくてはいけないのが辛い。


 もう一つ障害になっているものがある。それは、明かりだ。周りの木々が葉を広げて太陽の光を遮り、この森は昼間だというのに夜かと思うぐらい暗い。


「はぁはぁ、畜生が」


 国にバレてしまった以上、街道を暢気に歩くわけにもいかない。それで、こんな森の中の道なき道を歩いているというわけだ。




 この数日の間にオレは英霊達と話し合いの場を設けていた。


 国軍と戦うことができるのか聞いてみた結果はまぁ予想通りだった。皆、人と争うことに消極的だった。ただ、非殺傷の逃げるための行為ならば手を貸してくれる者もいた。


 人が相手でも、それが盗賊などの犯罪者の場合は力を貸してくる英霊はたくさんいた。ある英霊曰く、あれは人ではなく獣だそうだ。


 最後に、英霊から解放されることを望むかどうか聞いてみた。数名を除いて、皆いつかは英霊から解放される事を望んでいた。


 もう少しだけ英霊として力を貸してくれとも頼んでみた。結果、3人が英霊からの即時解放を望み、その他はもうすこしだけ力を貸してくれる事となった。


 オレは3人の契約を破棄して自由にした。そして、残ってくれた大勢の英霊達に感謝した。



 最後のは英霊達の為にやったことじゃない。オレの為にやったことだ。これまで散々利用しておいてアレだが、この世界の英霊は自分の意思を持っている一人の人間だ。それを無理やり縛っていると考えると、どうしても心労になってしまう。ならば、と思い切って英霊達の意思に任せることにした。予想以上の英霊が残ってくれて嬉しい。



 それに、嬉しい情報は他にもある。なんと、ネクロマンサーを忌避しない種族がいたのだ。それはルドネ族。


 ルドネ族には勇敢に戦った戦士は死後、女神フォルトゥナに見出され女神の神兵になるという伝承があるらしい。それが人魔大戦の折、女神の兵として戦うネクロマンサーの英霊を見て、女神の神兵とネクロマンサーの英霊が同一視されるようになったようだ。


 また、女神フォルトゥナの創った世界に欠陥はなく、死霊魔術が使えるということは、女神フォルトゥナが死霊魔術を使えるように世界を創造した、というスタンスらしい。


 つまり、ルドネ族はネクロマンサーを排斥していない。



 これが本当ならかなり大きな収穫だ。語ってくれたのが、ルドネ族の一部族を率いていた<族長>リリアラだし、信頼できるのではないだろうか。他のルドネ族の英霊に聞いても皆同じような答えが返ってきたし、ルドネ族の中では一般的な考えなのかもしれない。




 これはもうルドネ族の国、マチルドネリコ連邦に行くしかないだろう。オレはこの国、カルセマイア帝国の軍隊に追われる身だ。国外に逃げる他ないと考えていた矢先にこの情報はありがたすぎる。


 この森はクリストフ大渓谷の隣のエリアと考えて、たぶんナルバレンタ大森林だろう。此処を越えればマチルドネリコ連邦領だ。


 偶然にも目的地まであと少し。そう自分に言い聞かせて、悪路に萎えそうになる心を叱咤していた時だった。


「おーい!誰かー!助けてくれー!」



 ◇



「おーい!誰かー!」


 誰かが人を呼ぶ声が聞こえた。こんな森の奥で?でも確かに聞こえた。しかも、助けを求める声だ。

『出来る限り人を助ける』という契約をある英霊と結んでいる以上、無視はできないか…。ゲームの中の出来事とはいえ、難儀な契約を結んでしまったものだ。オレはため息をついて声の聞こえる方へ歩きだした。




 声が聞こえてから30分は経っただろうか?まだ声の元にはたどり着けていない。こんな森の中で声だけを頼りに居場所を特定する事はなかなかに骨だ。それに、足元が悪い。膝まで沈み込む腐葉土の中を掻き分けての移動は、少しの距離でもだいぶ時間を浪費する。


「助けてくれー!」


 声はこの30分近く途絶えることなく続いている。よく喉が逝かれないな。


 声に対して返事はしていない。何かの罠かもしれないし。何の罠かは分からないけど。


 例えば、あのオレを襲った騎士団がオレをおびき寄せる為に罠を張ってるとしたら?ないか。でも、罠だろうとなかろうと、状況を見てから判断したい。出来れば声の人にバレずに観察する時間が欲しい。だから返事はしていない。


 もしかしたら普通に怪我人とかかもしれないけど、それならそれが一番良いかもしれない。<堕ちた聖女>メアリアリアか<医師長>ニョモスを呼んで、はい終了だ。手っ取り早くて良い。




 だいぶ声の元に近づいてきたと思う。たぶん、そろそろのはずだけど…。


「誰かいるのか!?」


 向こうも気が付いたみたいだ。そりゃこんだけ葉っぱをガサガザ鳴らしながら近づけばバレちゃうか。オレはあえて何も答えずに声の元に近づく。


「なぁ誰かいるんだろ!?頼むから返事をしてくれ!」


 ようやく視線が通ると声の主と対面した。人がいるとは思っていたけどまさか…。これも契約の人助けに含まれるんだろうか?


「あぁ、頼むよ。女神さま。アンタ俺が見えるか?」


 そこにいたのは人は人でも死人、幽霊だった。


 これ、どうすりゃ良いんだよ?

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