第15話 アントム

「なぁアンタ、俺が見えてんだろ!?」


 目の前にエルヴィン族の男の幽霊がいた。男は丈の短いポンチョのような物を羽織っており、下は普通の服みたいだ。武装は腰に鉈、肩に弓を掛けているくらいだ。たぶん一般人だよな?強いて言うなら猟師とか?弓持ってるし。


 オレは目の前で騒ぐ幽霊をしり目に考えた。これは出来る限り人を助けるの契約の範囲内だろうか?いっそ契約を結んだ本人に確認してみるか?いや、確認したらあの博愛主義者のことだ、助けるって言うよなー。はぁ…。


「はぁ、見えてるし、聞こえてるよ」


「聞こえてるなら早く言えよ!?それよりもお前のその恰好…俺のこと見えるみたいだし、まさかネクロマンサーか!?」


 こいつ嫌に察しが良いな。相手は幽霊だし、素直に話しておくか?


「そうだ」


「俺を奴隷にしに来たのか!?」


「奴隷?」


 ひょっとして英霊のこと言っているのだろうか?失礼な奴だな。男の話では、この辺りでは「良い子にしてないと死後ネクロマンサーの奴隷になる」と子供に言い聞かせているらしい。嫌な風習があったものだ。ネクロマンサーはなまはげじゃねーよ。完全に風評被害じゃないか。


「そんなことはしない」


「本当か?そう言って本当は英霊?ってやつにするんじゃないか?」


「しない」


 オレはこの男を英霊にするつもりはない。猟師なら<狩人>エバノンがいるし、この男が戦闘に役立つとも思えない。本人も嫌がってるみたいだし。


「まぁでも、俺はアンタを頼らなきゃいけねぇみたいだしな…他にこんな所に来る人がいるとは思えねぇ。なぁアンタ、俺を村まで運んでくれねぇか?最後に妻と娘の姿を見てぇ」


「いいよ。その代り、オレをマチルドネリコ連邦まで案内してくれ」


「マチルドネリコ連邦?行ったことはねぇが途中までなら…」


「それでいい」


 よし、交渉成立だ。


「アルビレオだ」


「…あぁ!アントムだ、よろしく頼む」


 オレとアントムは握手を交わした。と言っても、幽霊には触れないのでフリだけどね。


 それにしても、アントムの未練が叶えやすい類のもので助かった。ゲームの中での話になるけど、とてもめんどくさいクエストもあったのだ。



「アントム、遺体はどこにある?」


「あぁ、俺の足元にある。掘り返してみてくれ」



 ◇



 アントムの後を付いて、途中休憩を挟みつつ一時間は歩いただろうか。漸く一軒の家が見えてきた。


「あれが俺の家だ。とりあえず、あそこまで運んでくれ」


 アントムの家の周りは森だ。近くに川が流れている。かろうじて獣道みたいな道があるが、村とは言えない。そのことをアントムに問うと。


「村はここから少し離れたところにある。俺は狩人だ。獲物を捌くのにどうしても血や臭いがな。それで村とはすこし離れたところに住んでいるんだ」


 そういうことらしい。まぁこちらとしてもこの格好で村に入るのは躊躇うものがあるのでありがたい。



 家の中からは時折話し声がする。家に人はいるようだ。


 オレはアントムの遺体を傍に置き、ドアをノックした。


「はーい」


 すぐに10歳くらいのエルヴィン族の女の子がドアを開けて現れた。肩口に切りそろえられた金髪に青い瞳が印象的だ。この子がアントムの言ってた娘だろうか?


 女の子はオレの姿を見ると、驚いたように目を限界まで広げて、口を戦慄かせながらドアを勢いよくバタンと閉じた。そしてすぐに、「お母さーんっ!!」と切迫した悲鳴が聞こえてきた。


 そうだね。こんな格好だもんね。仕方ないね。ボロボロの外套を着た、ほぼ全裸の全身入れ墨腰ミノ男がいたらオレだって怖い。


「きっとネクロマンサーだよ!!」


 察しがいいな。さすがアントムの娘だ。アントムの方を見ると「アナが、あんなに大きくなって…!」と涙ぐんでいた。




 それからすぐに、今度は奥さんがドアを開けて現れた。奥さんもオレの姿を見ると目を見開き、後ろ手に隠し持っていた包丁をこちらに突き付けてきた。


「う、うううう家に何のようですか!?」


 うん。とりあえず包丁しまお?こえーよ。


「アントムさんに頼まれて、遺体を届けにまいりました」


「えっ!?」


「本当です。この度は本当にご愁傷さまでした」


 こういう時何て言えれば正解なんだろうな。せめてこちらの誠意が伝わるようにと頭を下げた。




 やがて奥さんはゆるゆると包丁を下げ、こちらに尋ねてきた。


「夫は2年も前から姿を消しました。あなたが夫を連れ出したんですか?」


「いいえ。アントムさんはここから少し離れた所にある崖の下で亡くなっていました。おそらく2年前に」


「あなたと夫の関係は?」


「ついさっき出会いました。その…気づいているとは思いますけど、オレはネクロマンサーです。死者と会話ができます。アントムさんには遺体を村に帰すことを約束しました」


「やっぱりネクロマンサーだったんですね…!夫を奴隷にするつもりですか?!」


「奴隷じゃなくて英霊です。アントムさんを英霊にするつもりはありません。アントムさんにはこのまま成仏いていただけたらなと思っています」


 奥さんが疑いの眼差しで見てくるのが分かった。でも、こればかりは信じてもらうしかない。


「夫はここにいるんですか?」


「いますよ。この辺りです」


「夫に尋ねてください。私たちが結婚した日にちを」


「8月26日だ。よく晴れた、熱い日だった。それと妻に伝えてくれ、こんなことになってすまなかった、と」


 オレはアントムの言葉をそのまま奥さんに伝えた。奥さんはしばらく呆然としていたが、「本当にアントムが…」と呟くと、瞳を涙で滲ませて顔を手で覆い俯いてしまった。


 どうしたら良いんだろう?声をかけた方が良いのか?それともこのまま静かにしている方が良いか?そんなことを考えていた時だった。


「お母さんを泣かせるなー!!」


 突然、家のドアが開き娘さんが飛び出してきた。



 ほんと、どうしたら良いんだろう。

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