第10話 コボルトの結末

「「うわぁ…」」


 洞窟の中は地獄に様変わりしていた。あちらこちらに点々とコボルトの首と分かたれた死体が転がっており、床は血の川になっていた。


 むせかえるような血の臭いとコボルトの獣臭さが混ざって鼻が曲がりそうだ。オレと明かり役に呼んだクレハは完全に引いていた。盾役に呼んだハインリスも顔をしかめている。


「「Ahooooooooooon」」


 コボルトの遠吠えはまだ聞こえるから、まだまだこんなことが続くのだろう。心なしかコボルトの遠吠えに悲壮感が混じってるように感じた。



 クレハの作ってくれた明かりを頼りにコボルトの耳をナイフで切り取っていく。血を踏まないように歩くのはもう諦めた。足の裏で血がねちゃねちゃとして気持ち悪い。


 おまけによく滑るので転ばないように必死だ。こんな所で転びたくない。でも、まだ内臓が出ていないだけマシなのかもしれない。コボルトの死体はみんな首を切断されていた。縛りプレイでもしてんのか?




 コボルトの耳を集めながら奥に進んで行くと、先の方からディアゴラムが姿を現した。いつの間にかコボルトの遠吠えも止んでいた。


「つまらん…」


 ディアゴラムは、すれ違い様にそう呟くと、そのまま入口の方へと姿を消した。アイツ鬼かよ!!




 全てのコボルトの死体から耳を取り終え、洞窟の外に出るともう夜中だった。外の空気がうまい。うますぎる。でも、なかなか心が晴れない。


 原因は分かっている。コボルトの死体の中には、当然ながら子供のものもあった。子供の死体は一番奥の部屋にまとまっていた。たぶん子供を守りたかったんだろう。ああいうのを見ると自分が酷い鬼畜のように思えてくる。


 直接殺したのはディアゴラムかもしれないが、そう仕向けたのはオレだしなぁ…。


 洞窟の方を振り返り、手を合わせ、頭を下げた。偽善かな。偽善だな。


 トボトボとスロープを上がり、池を目指す。早く体を洗いたい。近くに池があることが有り難かった。


 池で手足を念入りに洗う。石鹸が欲しい。オレはまどろっこしくなり、外套と腰ミノを脱ぎ捨て池に飛び込んだ。


 冷たい。全身の皮が縮こまり、心臓がキューっと締め付けられる感覚がした。今のは危なかった!もっと全身を水の温度に慣らすべきだった。丹念に全身を洗う。とにかく洗う。スキンヘッドの良いところは頭を洗うのが楽なことだな!はぁ…。


 池から出ると夜風が冷たかった。ブルリと全身が震える。いそいそと足早にキャンプ地に戻った。


 クレハの用意してくれたたき火にあたる。暖かい。十分に体を温めないと風邪をひくかもしれない。やっぱり池に飛び込むのはやりすぎたかな。


 なんだか今日は食欲がわかない。それに、ひどく疲れている。ハインリスとクレハを召喚し直し、後のことを任せると、オレは早々に横になった。


 なんかいろんな考えがグルグル頭の中を巡っていく。コボルト達がかわいそうだとか。これでお金が手に入るだとか。そのお金はコボルトの命だとか。コボルトは人族の敵だとか。



 ◇



 昨夜は考え事していたらいつの間にか眠っていたようだ。目を覚ますと、とっくに日は昇っていた。どうやら寝過ごしたようだ。起こしてくれても良いのに。


 体を起こすとハインリスとクレハが気遣うようにこちらを見ていた。二人にも心配かけちゃったな。

 特にクレハには昨日何度か話しかけられた。「しゃっきりしなさい」とか。あれはこちらを気遣っていたんだろう。後でお礼を言わないと。


「二人ともおはよう。昨日は心配かけたね、もう大丈夫だから」


 そう、もう大丈夫。割り切らないといけない。そうでもしないと、これから冒険者なんてやっていけないしね。冒険者は命を奪い、それをお金に換える商売だ。こういうことにも慣れていかないとダメなんだろう。


 それに、言い方は悪いが、オレはコボルトと親しかったわけじゃないし、思い入れもない。その分だけショックは軽かった。


 そうだ、クレハにお礼を言わないと。


「クレハ、昨日はありがとう。元気出た」


「そう」


 クレハが顔をそらして横を向いた。照れてるのかな?かわいい。



 昨日はエバノンに食料の調達を頼むのを忘れていた。それだけ気が動転してたのかな。ちょっと恥ずかしい。仕方ないので、クッキーを食べる。


 二人を送還し、クッキーを食べながら鞄を背負い、出発する。できれば今日中に町に入り、ギルドでコボルトの耳を換金してしまいたい。早くお金を手に入れたいし、早く耳なんて手放したい。今日は寝過ごしちゃったから急がないと。




 町に着いたのは、日が沈んだ直後だった。冒険者ギルドって何時までやってるんだろ?まさか24時間なんてことはないだろうし、急いだ方が良さそうだ。


 ギルドにたどり着くとまだ明かりはついていた。やっているようだ。良かった。


 ドアを開けると中に居た5人が一瞬視線を寄越す。3人は受付嬢、2人は恰好からして冒険者だろう。オレは空いているカウンターに並んだ。


「今日はどうされました?」


「コボルトの耳の買取をお願いします」


「はい。ここに置いてください」


 受付嬢さんがトレイを出してくれる。全部乗るかな?鞄を降ろして中からコボルトの耳を出し、トレイに乗せていく。あぁ、やっぱり……。血が垂れて鞄の中を汚している。最悪だ。今度から別の袋か何かを用意した方が良いかもしれない。


「あの、まだありますか?」


 受付嬢さんが問いかけてくる。まだまだたくさんある。トレイ1つじゃ全然足りない。


「これの5倍くらいは」


 受付嬢さんが無言で新しいトレイに換えてくれた。そして、「失礼します」と言うと、カウンターから離れ、奥の方へと行ってしまった。


 これに出しておけってことかな?もしかしたら新しいトレイを取りに行ったのかもしれない。


 トレイに耳がいくつ乗るのか、限界に挑戦していると受付嬢さんが帰ってきた。


「支部長がお会いになるそうです」


 え、嫌だけど。

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