第6話 交渉の表と裏

「我々だけでも凌げたが、助力には感謝する」


 オレは馬車の護衛の代表と向かい合っていた。彼の言葉は本当だろう。オレたちが駆けつけるまでに、彼らは4体のゴブリンを倒していた。それでいて目立った怪我もしていない。時間はかかるだろうが、最終的に勝つのは彼らのはずだ。


「お前がネクロマンサーだな?」


「あぁ」


 いきなり攻めてくるじゃん。もっと前置きとか欲しかったな。英霊も見られたし、言い逃れはできないだろう。素直に頷いた。彼も、彼の仲間たちもみんな目つきが厳しい。剣の柄に手を置いている者もいる。すっごい警戒されてる。助けに来たのは失敗だったかなぁ。彼らだけでもゴブリンを倒せたみたいだし。でも、それでも、どうしても。


「体を隠せる服か外套が欲しい。あと塩を少し分けてほしい」


 男は少し考え込むような素振りを見せた。


「……塩か…どのくらいだ?」


「一人で使ってしばらく困らない量欲しい。難しいかな?」


 彼らも旅の途中だ。物資に余裕はないかもしれない。男が考え込んでいる。難しいかもしれない。あ!やっべ!オレ、金持ってないや。どうしよう。やっぱり指輪とか売るしかないのかな。


「…いいだろう。ただ服の余りがない。オレので良ければだが、外套をやる」


 マジかよ、いいの?普段なら断るけど、今は喉から手が出るほど欲しいから遠慮なくもらっちゃうよ。



 ウキウキ気分でキャンプ地に帰る。


 ね ん が ん の ガ イ ト ウ を て に い れ た ぞ !!


 ハインリスが呆れたような目で見てきているが構うもんか。手に入ったらいいな、とは思っていたけど、まさか本当に手に入るとは。半ば以上諦めていたもんなぁ。なんだか手触りも良い気がする。良い布使ってんのかなぁ。冒険者って儲かるのかな。目標を達成したからか足が軽い。気を付けないとスキップしちゃいそうだ。


「そのくらいにしておけ、アルビレオ。はぁ、まったく、乞食のようなマネをしよって…」


「大目に見てくれよ、ハインリス。念願の外套だ。これで町とかにも入れるんじゃないか?」


「入口に検問があるような街は無理だろう。顔ぐらい確認するからな」


 そっか…。でも一歩前進には違いない。交渉役があの男(そういえば名前も知らないや)でよかったな。まさか自分の外套をくれるなんて。きっといい人に違いない。塩も思ったよりたくさんもらえたし、1kgぐらいあるんじゃないか?



 キャンプ地に戻るとドッと疲れが押し寄せてきた。自分の思ってた以上に疲れていたらしい。頭が重い。もう寝ちまうか?やることないし。今日は、いろんなことが起こり過ぎた。気づけば見知らぬ土地で、こんな格好だし。外套にくるまって横になると次第にまぶたが重くなる。


「おやすみ……」



 ◇



 オレはホフマン。ネアデール商会に所属する、今回の商隊の護衛責任者だ。


「はぁ…」


 これから気の重たい時間がやってくる。ゴブリンと対峙していた我々に加勢したのは、装備から髪の毛まで全身青白い剣士だった。初めて見たが間違いなく亡霊の類だろう。相手は間違いなくネクロマンサーだ。しかも強力な亡霊を従えている。ネクロマンサー…できれば会いたくない。関係を持ったというだけで教会にマークされかねない。できれば姿を見せずにそのまま帰ってくれないかな。



 オレの願いもむなしく、程なくしてネクロマンサーが姿を現した。白い肌の青年だ。体のいたるところを骨で飾りつけ、体中を赤黒い模様が走っている。腰には枯草を巻き、手には何かの動物の頭骨を飾り付けた杖。絵に書いたような邪悪なネクロマンサーだ。見ただけで分かる。こいつは狂人の類だ。言葉は通じるだろうか。コイツが人助け?何かの冗談だろう。絶対に何か裏があるはずだ。しかも、亡霊を二体も引き連れてやがる。


「と、止まれ!」


 狂人は素直に止まってくれた。言葉は通じるのか。


「我々だけでも凌げたが……助力には感謝する」


 少し嫌味っぽかったか。だが事実だ。少し数が多かったが、ゴブリン程度なら問題はなかったはずだ。


「お前がネクロマンサーだな?」


「あぁ」


 否定はしないか……。ネクロマンサーは重罪だ。捕まれば間違いなく処刑される。教会に通報されたら困るだろうに、顔も隠していない。もしかしてコイツ、オレ達を最初から消すつもり、なのか?消すつもりだから正体を現している、顔も隠さないということなのか!?


「体を隠せる服か外套が欲しい。あと塩を少し分けてほしい。」


 塩!!??コイツ、積み荷が塩だって知ってるのか!?なんだか予想外なことになってきた。ネアデール商会は塩の専売を許されている。その利益は大きいらしい。そこに噛みたいという暗喩か?裏に別の商会か何かがいるのか?それとも、ただ塩が欲しいだけなのか?


「塩か…どのくらいだ?」


「一人で使ってしばらく困らない量欲しい。難しいかな?」


 これは、ただ塩が欲しいだけか?

 考えてみれば、あんな格好した奴と取引など誰もしないだろう。塩が不足するのも道理か。だが、もう一つの要求である服はどうしたものか。旅の途中だ。服に余りなんてない。仕方ない。オレの外套をくれてやろう。高かったのだがなぁ。相手が交渉で済ませようとしているのなら乗るべきだ。会話できてるから騙されそうになるが、相手は狂人だ。要望が叶えられないなら殺す、となりかねない。


「…いいだろう。ただ服の余りがない。オレので良ければだが、外套をやる。」


 部下を呼んで塩を持ってこさせよう。


「ルピス、塩を持ってきてくれ。大目にな。」


「…よろしいのですか?」


「仕方ない。奴がおとなしい内にケリをつける。第一、戦って勝てるか?あんな化け物。奴が交渉で済ませている今がチャンスだ。」


 ルピスが怯えた顔をしている。それが全てだ。あの剣士の亡霊は凄まじい強さだった。あの剣士一体にも我々は勝てないだろう。奴は今、二体の亡霊を従えている。奴の傍に控えてるんだ。あの剣士と同じかそれ以上の実力者だろう。勝てるわけがない。あの二体は、我々への脅しに違いない。そうじゃなきゃ、わざわざ呼び出さないだろう。


 奴はネクロマンサーだ。女神への冒涜、これ以上ない罪を犯している。捕まれば死罪だ。今更、奴が犯罪を戸惑う理由はない。奴が皆殺しを選択する前にケリをつける。それしかない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る