第5話 音とディアゴラム

 結論から言うと獲物は獲れた。兎だった。


 30分程だろうか、エバノンは少し腰を落とし、矢を番えた弓を少し下に構えて持ち、するすると進んでいった。そして、突然矢を放ったかと思ったら、もう兎を仕留めていた。しかも下処理もしてくれた。すげー。おっさんなんて言ってごめんな、エバノンはナイスミドルだ。チョイワル系だ。


 そんな、オレの中で株爆上がり中のエバノンが、「しゃがめ」とハンドサインを出す。何かあったみたいだ。次の獲物でも見つけたのかな?


 エバノンがこちらに近づいてきて、小声で話かけてくる。


「池には先客が居るみてぇだ。馬車が5つ、たぶん商隊だろう。護衛の姿もあった。どうする?」


 どうする?ってまさか襲うわけにもいかない。友好的に行きたいけど、できれば全身隠れるようなローブやマントなんか売ってくれたらラッキーだ。あ…オレ金持ってなかったわ。


「ローブかマントが欲しい。でも金がない」


「難しいのではないか?彼らがネクロマンサーに友好的とは限るまい」


「金もないんじゃなぁ。つーか、そんな格好じゃ出会い頭に戦闘になるんじゃねぇか」


 ダメ出しされてしまった。そうだね、格好が格好だもんね。二人の話では、十中八九、追い剥ぎや盗賊の類に間違われるらしい。


 あと、手持ちの指輪の換金という案も却下された。指輪、イヤリングなどの装飾品は鑑定士に視てもらって装備効果のお墨付きをもらわないと買いたたかれてしまうらしい。この指輪もゲーム内で金策を繰り返し、やっと買えた一級品の装備だ。それを買いたたかれるのは嫌だな。


 これは接触を避けたほうが良さそうだ。



「わかった。彼らに見つからないように避けていこう」


「あぁ。少し戻って進路をずらす。こっちだ」



 結局、目的地の川に着いたのは夕方になってからだった。時計が無いから分かんないけど、3,4時間は歩いたんじゃないか、例の池からも20分は歩いた気がする。しかも、大きな鞄を背負ってだ。日本にいた時だったらこんな芸当無理だったと思う。しかも、まだまだ余裕もある。後衛職だから身体能力は低い方なんだけどな。この体の意外な高スペックに感謝だ。でもそうすると、ガッチガチの前衛職の体力とかどうなってるんだろう。怖いわ。



 鞄を下して休憩していると、エバノンが戻ってきた。どうやら木の枝を拾いに行ってきてくれたらしい。そして、あれよあれよという間に火を起こして、木の枝を加工して作った串に兎肉を刺し、串をたき火で炙っている。ハインリスの時も思ったけど、英霊優秀すぎない?すげー助かるんですけど。


「ほら、焼けたぞ」


「ありがとう、エバノン」


 初めて食べる兎の肉は、甘みが強い肉だった。兎らしいなんとも可愛らしい味だ。だが、エバノンには悪いが物足りない味だった。なにせ塩がない。オレが塩を持ってないと知ると、エバノンに怒られた。なんでも旅の際はちょっと多めに塩を用意しておくんだとか。歩いて汗かくからね、塩の補給は重要らしい。



 食事が終わる頃には、辺りも暗くなってきた。英霊二人は食事を摂らなかった。どうやら不要みたいだ。でも一人だけ食事を摂るのもなんだか申し訳ない気分になるんだよなぁ。なんて考えてたら、池の方を向いたエバノンに話しかけられた。


「何か聞こえねぇか?」


 そう言われても、オレには何も聞こえない。強いて言うなら、鳥の囀りくらいだけど……。


「間違いねぇ、こりゃ戦闘の音だ。さっきの奴ら、襲われてるんじゃねぇか?」


 オレにはよく分からないけど、エバノンには聞こえるらしい。戦闘か、ライール高原に居る人を襲うモンスターはゴブリン、コボルト、バスケットボール大のライールバチくらいだ。どれも今のオレには簡単な相手だし、助けに行くのもありかもしれない。助けたら服とか売ってくれないかな。それに、困っている人をできる限り助けるのも英霊との契約であった気がする。英霊が意思を持ち、しゃべる世界だ。できる限り英霊との契約は守ったほうが良いだろう。最悪、力を貸してくれなくなるかもしれない。そういう意味でも無視はできない。死霊魔術はオレのたった一つの生命線だ。


「助けに行こう」


「ふむ、助けに行くのなら私とエバノンを一度召喚し直したほうがいい。まだ保つが、だいぶ解れてきた」


 召喚維持費のことかな?あったんだ。二人が一向に消えないから、ないんじゃないかと思っていた。まだ保つなんてすごいな。



 それから二人を召喚し直し、エバノンの先導のもと先程の池へと走って向かう。だんだん怒声と甲高い金属音が聞こえてきた。ぶっちゃけ怖い。相手が弱いからとノコノコと来てしまったが、よく考えればこの世界で初めての実戦だ。現実と変わらない世界で、初めての命のやり取り。恐怖と緊張からか口の中はカラカラだ。


 たき火や松明の明かりに照らされて状況が見えてきた。襲撃者はゴブリンのようだ。まだ10体近くいる。馬車の護衛はその半分ほどだ。


 ハインリスとエバノンだけでも対処できるだろうけど、火力不足で時間がかかりそうだ。混戦になってるから魔導士よりも戦士の方が良いのかな?フレンドリーファイアとか普通にありそうだし。オレは余裕をもって<魔剣士>ディアゴラムを召喚することにした。


「来たれ、ディアゴラム」


 空間が歪み、現れたのは身長2メートルは超えてるだろう青白い半透明の偉丈夫。たぶん同じドガス種族の中でも大きいはずだ。どことなく日本の甲冑を思わせる装備に、腰には大きな刀を挿している。ディアゴラムは刀に手をあて、周囲をにらみつけると、


「ゴブリンか」


 と言って戦場へと飛び出していった。イノシシかな?


「加勢しまーす!!」


 オレは慌てて大声で宣言した。これ言わないとモンスターの横取りだと思われるんだよね、ゲームの中の話だけど。一応エチケットとして言っておいた。


「はぁ、ハインリスはオレの護衛。エバノンは自由に動いてくれ」


「分かった」



 ディアゴラムが戦場に着いてから、戦闘はすぐに終了した。正直、ライール高原のゴブリンには過剰な戦力だ。彼はゴブリン達を始末すると、こちらに「つまらん」と言い残し、森の方へ歩いて行ってしまった。戦闘狂なんだろうか。自由すぎるだろコイツ。

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