「旅人の羽」

ここはアマリリスの港。時刻は夕方

ちょうど船から降りる人がいた。いや、ただの人ではない。ある程度力を持つ超人とも言える種族がここへやってきた

船を降り、あたりを見渡す。ここアマリリスも決して変わらない。漁港となるとなおさら変わらないだろう

…名前はニャルラトホテプ。アザトースやヨグソトースなどと一緒の邪神の一人

彼女は緑の髪色をしていてその色も若葉のような色だった。身長はほどほどにあり胸もまあまあある

服はこの国には似合わないコートを着ている。暑そうだ。だがニャルラトホテプは決して脱ごうとは思っていなかった

旅人であるニャルラトホテプは各地を転々と歩き渡り様々な場所で稼いでいた。家を持ってないためホームレスである

ニャルラトホテプは船を降りて港の中心部に行った。そして道路に行きバスを確認する。すぐに来てくれるみたいだ

彼女がつぶやく

ニャルラトホテプ「…ふうん。アマリリスはこんな国の外側にある港でもバスは通るもんなのか」

ニャルラトホテプの目的は駅に乗りアザトースに会いに行くためだった。それも突然思い出してそうしようと思ったからだ

バスが来てニャルラトホテプは乗る。乗っている最中でもコートの内側にある人形を大事そうにしていた

この人形、動かせることが可能でそれで生計を立てていた。そんな彼女は旅人であり色々な国行ってた

この国に来たのだからコートを脱げばいいだろうが決して脱ごうとは思ってない。大切な人形たちだ。失いたくもない

邪神の一人なので食べたり飲まなくても死にはしないものの、やはり食べないとよくはないためちょくちょくと食べてはいる

ニャルラトホテプはちょうど別の国で買ってきたパンを取り出し、袋を開けてほうばる。うん、まあまあ美味しい

だがアザトースの場所に行けばなにか料理でも出してくれると思うが。ニャルラトホテプはそう思ってはいた

しばらく乗るとニャルラトホテプは次に電車の駅に行く。場所はわかっている。この国の北の果ての村にいることを

電車賃を買い、乗る。電車はゆっくり動きだして出発した。もう夕日が見えなくなる時間帯となっていた

あまり遅くはなりたくないが行くと決めたんだから行くしかない。そう思った

またしばらく乗っていると終点の村の駅に着いた。ここまでくれば後少し。ニャルラトホテプは軽い足取りで向かうことになった

この村はあまりインフラ整備をしてないのだろうか?道路はあるものの砂利道が多い気がする。こけないように気をつけないと

ちょっと歩くと目的地へようやくたどり着いた。アザトースの家である。すでに夜になっていて道が暗くなっていた

ニャルラトホテプ「…さて。アタシの魔王さんは今いるかな」

彼女がそう言うと家のインターホンを鳴らす。…いるかな?そう思ったらすぐに家のドアが開いた。アザトースだった

アザトースはニャルラトホテプの姿を見て驚いた様子だった

アザトース「ニャルラトホテプ!」

彼女がそう言うとニャルラトホテプは言う

ニャルラトホテプ「やあ久しぶり!元気にしてたかい元魔王?」

それもそのはず。ニャルラトホテプは旅人なのでこういう訪問は滅多にしない。さすがの予想外な客にアザトースは驚いていた

しかし冷静さを保ちつつアザトースは言った

アザトース「…お主。久しぶりだな。あがれ」

そう言うとアザトースはニャルラトホテプをリビングに案内した

リビングにある椅子にニャルラトホテプは座る。アザトースはちょうど料理をしていたのだろうか。キッチンに色々と食材があった

ニャルラトホテプ「料理でも作ってたのかい?」

アザトース「そうだ。ところでどういう吹き回しでここまで来たんだ?」

怪しんでいるわけではないがニャルラトホテプとは本当に気まぐれな部分がありアザトースは邪神としては認めるが信用はしていなかった

…しかし邪神は邪神だ。気さくに魔王と呼んでくれるのは嬉しい。だがもう魔王ではない

ニャルラトホテプ「簡単だよ。ある程度転々と国を巡ってここへ来てアザトースに会いたい!って思ったからさ」

アザトース「…ふふふ。あまり食事は出ないぞ」

ニャルラトホテプ「いいよ別に」

そう言うとアザトースは料理を作りながらニャルラトホテプの話を聞こうとしていた

ニャルラトホテプ「お手伝いさんとかいないのかい?」

アザトース「いない。我一人で暮らしてる」

そう言うとニャルラトホテプは不思議そうな顔をする。アザトースは料理を作ってるため後ろ向きで反応していた

ニャルラトホテプ「魔王なら優秀なお手伝いさん一人か二人雇いそうだがなあ」

アザトース「我はそんなのはいらない。後、我はもう魔王ではないぞ」

ニャルラトホテプ「んー。でも魔王のイメージは強すぎて未だに魔王呼びしちゃうね」

アザトース「…全く。自由に呼べばよい」

魔王と言われてアザトースはちょっとだけもにょる。前から言ってるとおりアザトースは今は悪魔協会の相談役をしているだけだ

アザトース「そういえばニャルラトホテプは稼ぎは順調なのか?」

アザトースが言うと体をニャルラトホテプの方向に向けた

そう言うとニャルラトホテプは今まで閉じてたコートを一つ一つボタンを外してアザトースに見せた

そこには6体の人形がつら下げていた。形と雰囲気が全く違う人形たち。アザトースはそれを見てやはり元気そうだと思った

ニャルラトホテプ「…こいつらはね。アタシの部下で本当なら一緒に暮らしてたんだけど、それぞれ病死、戦死、寿命を迎えてしまったんだ。

そして今、こいつらと一緒に旅しているんだ。みんな良い部下だった。だからこそずっと側にいてやる必要があった」

アザトースの顔がしんみりした。ニャルラトホテプの人形は全部彼女の部下であり化身でもあった

しかしニャルラトホテプよりも先に死んでしまい、ニャルラトホテプは常に側にいるようにと人形にして離さずに体に密着させていた

全員違う人形をしている。アザトースはそれを見て思った

アザトース「我がもう少しお主の部下を見守ることができたらな」

ニャルラトホテプ「アザトースは関係ないさ。関係あるのはアタシだけ。だからこそ人形になって守ってやらないと」

アザトースは人形を見た。キレイな人形や中には厳つい人形があった。それぞれ部下であったのだろう。そんなニャルラトホテプに優しさが見えた

アザトース「さあできたぞ」

そう言うとご飯、味噌汁、チンジャオロースだろうか。そんな料理が出た

ニャルラトホテプは久しぶりに料理を見たため喜んでいた。美味しそうだ

ニャルラトホテプ「わーい!魔王さんさすがー!いただきます!」

アザトース「たくさん食べろ魔王ではない」


あっという間に2人で平らげて何も無くなった。使った食器は水に浸し朝また洗うことにした

アザトースとニャルラトホテプはのんびり、リビングで話すことになった

ニャルラトホテプ「そうだアザトース」

そう言うと彼女はバッグからゴソゴソと取り出した。瓶の飲み物だった

アザトース「なんだこれは」

ニャルラトホテプ「みかんジュース!ほら、アザトースって酒飲めないから変わりにいっちゃああれだけどどうぞ。貢物だよ」

アザトースは嬉しくなったが貢物と言われると再びもにょる

アザトース「ありがとうニャルラトホテプ。貢物というのはやめろ」

そうは言ってもジュースとは嬉しいもの。コップを用意して早速フタを開けて注ぐ。そして口に飲み込んだ

アザトース「…美味しい!」

ニャルラトホテプ「でしょー。みかんだからジパングの飲み物さ。しかしジパングは冷たい人が多くてちっとも稼げなかった」

アザトース「ふむ。ジパングは行ったことないがそういう風潮なのか」

ニャルラトホテプ「龍人とか祀ってるくせにね」

そう言うとニャルラトホテプは話を変える。他の邪神たちのことを聞く

ニャルラトホテプ「ねえ他のアタシたちの仲間は元気なのかな」

アザトース「ああ。ヨグソトースは異次元の支配人になって、シュブニグラスとハスターは国際宇宙ステーションに行った」

ニャルラトホテプ「そうなんだ。ヨグソトースは空間を突き抜けるすごい人だしシュブニグラス…優雅にワインでも飲みながら生活してんのかね」

彼女が言うとアザトースは残っているコップのジュースを一気に飲む

アザトース「ヨグソトースはともかくシュブニグラスはどうしてるのかわからないな。ワインが飲めるかそこ?」

そう言うとアザトースはまたジュースをコップに注ぐ

ニャルラトホテプ「わからんね。そういえばクトゥルフ、元気か?アトラ・ムーの悪魔協会代表だけどちっとも情報が入って来ないんだ」

ニャルラトホテプが言うとアザトースはちょっと困った顔をする

アザトース「うむ…実はな…」

ニャルラトホテプ「え、どうしたの」

アザトースはすっと立ち上がり手紙などを保存してる棚に移動して手紙を持ってきた

アザトース「こんな手紙が来たんだ。読んでみてくれ」

そう言うとアザトースはその手紙をニャルラトホテプにわたす

ニャルラトホテプ「えーとなになに…『親愛なるアザトース様へ。私クトゥルフはそろそろ代表を辞任して副代表としてあなたを代表にしてほしいです。

また、もしアトラ・ムーに行く場合最善を尽くしてあなたを移動させます。これは天使協会でも同じようにルシファー様を代表にさせたいです。

勝手すぎますが、ひとつの案としてよろしくおねがいします…クトゥルフより』ってこれ推薦されてるんだ!?しかもルシファーさんも!?」

ニャルラトホテプは読んでびっくりした表情をしていた。そんなびっくりしてるニャルラトホテプを前にアザトースの表情は曇っている

アザトース「そうなのだ。我は悪魔協会の相談役としていたが、ここまで生きてきてこんな手紙が来るとは夢にも思わなかった。

ルシファーにも連絡を入れたがどうやらルシファーも突然似たような手紙が送られてきて彼女も驚いてるらしい」

ニャルラトホテプ「し、しかしクトゥルフに何があったんだ?天使協会でもそういうことがあったなんて…」

そう言うと少しの間無言の時間があった。アザトースもルシファーも悩んでいるらしい。だがニャルラトホテプは言った

ニャルラトホテプ「魔王。これはアザトースが決めるべきだよ。ルシファーさんは何言うかわからないけど、君が決めることだ」

ニャルラトホテプが言うとアザトースはうつむいていたが前を向いた

アザトース「…そうだな。我が決めるべきだな。悩んでいたが、大丈夫だ」

ニャルラトホテプ「そうだよ。アタシが言える立場じゃない。アザトース自身が決めるんだ。そうしたほうがいいよ」

言うとアザトースはどこか決心した表情になっていた。おそらく行くか行かないかの判断ができたのかもしれない

そんな表情を見てニャルラトホテプは少し安心した。大丈夫。もし行ったとしてもアザトース、魔王ならきっとできる。そう思った


そろそろ就寝の時間。アザトースはベッドで寝てニャルラトホテプは用意された布団で寝ることになった

2人とも横になっている。横になりながらニャルラトホテプは語りかける

ニャルラトホテプ「…アザトース。今日はありがとう。やっぱり君に会えることで嬉しく感じるよ」

アザトース「いつでも来ていいぞ。だが、我はもしかしたらアトラ・ムーに行ってるかもしれない」

そう言うとアザトースはニャルラトホテプの顔を見る

ニャルラトホテプ「ううん。大丈夫さ。なんとかもしそうなったらアトラ・ムーに行ってみるよ」

アザトース「招待制とは呼ばれているがな」

ニャルラトホテプ「こっそり侵入してくるよ」

アザトース「こっそりだなんて面白いなお主は」

2人は笑い合う。ニャルラトホテプなら多分こっそりアトラ・ムーに行けるかもしれない。そう思ったアザトースだった

夜がふけた。2人は自然に眠っている。夜の音楽虫の音を聞きながら寝ていた


チュンチュン…

朝になった。アザトースは目覚める。すぐに横のニャルラトホテプを見ようとしたら既に布団は包まれいなかった

もう出たのか?アザトースは不思議に思いながらベッドから出る。静かに出ていってしまったのだろうか。ふと、手紙が置いてあった

アザトースはその紙を見ていた

アザトース「…『魔王へ、アタシはもう出ていくよ。アザトースの顔を見ただけでも満足した。アタシはこれから首都に行ってるよ。

決して追いかけないでほしい。アタシにはアタシなりの生活がある。魔王だって生活があるだろ?つまりそういうことさ。

アトラ・ムーに行く話はアザトース自身で決めたらいいさ。他の邪神たちもそう言うだろう。体に気をつけて生活してくれ。ニャルラトホテプ』

…ニャルラトホテプ。ありがとうな。我は大丈夫だ。お主がそう言ってくれるなら我も安心できる」

その表情からはどこか決意がみなぎった顔をしていた


ニャルラトホテプは朝一番の列車に乗り込み、移動していた

のんびりと首都へ行きそこでパフォーマンスでもしながらお金を稼ごうと思った。朝一番で買ったパンをほおばり、昨日の彼女を思い出していた

ニャルラトホテプ「アザトース…今魔王でないことが本当に不思議な人だ。だけど、アザトースが否定しても魔王のことには変わりない」

パンをほおばり、更に言う

ニャルラトホテプ「だからこそ。ああやって招待されたんだろうな。クトゥルフが何考えてるのかはわからない。天使協会の代表もね。

緊急事態なのだろうか。だが、アゲハチョウのように舞う旅人のアタシにはあまり関係ない。これから首都に行ってパフォーマンスでもして行くか。

ここの国の人は陽気だって聞くから結構お金はいるかもな。よーし、気合入れて頑張るか!」

ニャルラトホテプの表情は常時笑顔のままだった。そんなニャルラトホテプを乗せた列車は首都に近い駅へと向かっていった


ニャルラトホテプ

今日も旅人の羽と名付け旅をする邪神であった



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