14 余命
結局私たちは夜が明けるまで歩き続け、気づいてみればクリス神父の言っていた村の近くまでやってきました。
丘から見下ろす先、柵と呼んでいいかも分からないものに囲まれて家が20軒ほど建っています。と、その前に………
「疲れました。」
「ああ、僕もだよ。まさかあの街があんな変な街だったとはね。」
一晩中、走ったり歩いたりした私たちの脚はもはや限界。プルプルと震えた脚を労うべく、もうすぐで村だと言うのに私はその場にへたり込みました。
幸いそこの地面は雑草で覆われていたため、座り心地は悪くありません。
と言うことで、一度座って仕舞えば起き上がる気力がなくなりました。「このまま地面と融合したいです。」
「そんなこと言ってないで、少し休んだらあの村まで行ってみよう。」
どうやら口から出ていたようですね。私は力無く返事をしてそのまま雑草に背中を預けました。
まだ霞がかった空を見上げ私は思います。そういえば私たちはなんで旅をしているのでしょうか。強いて言うなら私が死なないためですが、ノアさんはどうしてここまでするのでしょうか。そもそも教義に背く理由は?
「まぁそんなこと聞かないんですけどね。」
「なんのことだい?」
「なんでもありません。」
それから私たちは無駄話をして時間を潰しました。時間にして約2時間です。ひょっとしたら途中で眠っていたかも。
とりあえず時間を潰して人が活動する時間になると私たちは立ち上がりました。
村を歩くと村人たちが物珍しそうに私たちを見てはコソコソと何かを話しています。クリス神父はこの村をオススメしないと言っていました。その理由は来てみれば簡単に理解できました。
この村は世間から見捨てられた村だったのです。
理由は単純明快、一目瞭然でした。
「ノアさん……この人たちは……」
「うん、彼らはどこかに何かを患っている。」
その根拠は胸元のネックレスでした。この村の住人のネックレス。その輝きは皆一様に濁っていたのです。
魔石のネックレスとはつけた人の等星、いわゆる実力。魔力やら魔法の腕やらをはかるものです。それに応じて魔石は輝きを変えます。しかしそれとは別の一面もあるのです。
魔石は持ち主の体の状態を等しく表すのです。持ち主が問題なければ綺麗に輝き、何か問題があればそれは濁ります。その濁りが指すのは些細な腰痛から不治の病まで様々。
「失礼ですが、あなたの格好は神父様でしょうか。もしそうならおりいってお願いがあるのですじゃ。」
正面から二人の婦人に介護されて歩いてきたのは腰の曲がったお爺さんでした。3人ともやはり魔石は濁っています。真っ白な髪と髭を生やしたお爺さんは私たちの目の前で立ち止まります。
「はい、僕は神父です。僕にできるお願いなら聞きますよ。」
ノアさんの返答にお爺さんは少しだけ安堵したように介護の婦人達と顔を見合わせました。
「実は神父様に葬儀を執り行ってほしいのですじゃ。なにぶんこの村は狭くてのぉ。一応教会はあるのですが、神父様がおらんのですじゃ。」
そう言って、お爺さんは頭を下げました。隣の婦人達もそれに習います。
葬儀ですか……失礼極まりないことを言うようですが、この村ならいつ人が死んでもおかしくないように思えます。
「分かりました。それで、葬儀はいつ執り行うのですか?僕たちは旅人の身でありますので。」
その問いにお爺さんは顔を曇らせました。しかし、意を結したように唇を結ぶと一段深く頭を下げます。それはまるで懇願するように。
「どうかお願いです。一週間、どうか一週間ほど待ってはもらえないでしょうか。そして、大変烏滸がましいとはわかっているのです。そちらのお嬢さんにもお願いがあるのですじゃ。」
急に私に話が振られました。まぁノアさんは協力するつもりのようですし私も協力します。できる範囲でですが。
「お願いとはなんですか?」
その問いにお爺さんは私の目を見つめて言います。と言うか、改めて見ると本当に綺麗な白髪ですね。それにお髭も真っ白。
「ついて来てください。」
私の心の中などいざ知らず、お爺さんは真剣な表情でそう言うと私たちをある家に案内しました。
案内された家は村の端にありました。私たちは中には入らずに窓からこっそり中を伺います。それがお爺さんからの指示でしたので。
中では一人の青年が苦しそうにベッドに横になっていました。
「彼は?」
私はお爺さんに問いました。気になるのは当然でしょう。それに私にはどうも他人事とは思えないのです。誰かに似ているような気がするのです。
「彼はアートと言います。この村で生まれた唯一の子供じゃ。察しているとは思いますが、私たちは皆何かを患っているのじゃ。そんな者らが集まって作ったのがこの村じゃ。」
お爺さんの話はこうでした。
あのアートと言う青年は何かを患った村の男女の間に生まれた唯一の子供で、この村で唯一の若者です。言われてみれば村の中に若者の姿はありませんでした。そして彼もまた生まれながらに病を患っていたそうです。そしてどう言うわけか彼の余命は残り一週間。
「それは確かな診断なのですか?」
「はい、高い金をつぎ込んで島の外から医者を呼びました。医者は有名な方のようです。」
なるほど、不治の病というわけですか。そして余命は一週間。なんとも儚い。
「それで私にやって欲しいこととは?」
「それはアートの世話。いや違いますな。アートの話し相手になって欲しいのですじゃ。」
話し相手ですか。断る理由はないですが、なんで私なのかくらいは聞いておきましょう。
「どうして私が?」
「それはまぁ……やっぱり女の子と話したいじゃありませんか。」
ああ、なるほど。このお爺さんはオスカの街の出身ですね。大体わかります。目が変態ですから。この変態。と、罵ってやりたいところですが我慢、我慢。
「それにあなたはアートの死んだ母親に似ているのですじゃ。」
「随分若いお母さんだったのですね。」
「まぁ彼女は早くに結婚しましたし、早くに死にましたから。」
あら、そうですか。それで母親に似た私を、というわけですか。これも何かの縁なのでしょうか。
「分かりました。引き受けます。でもアート君は私のことをどう思うでしょう?」
だっていきなり自分の死んだ母親に似た人が出てきたらお迎えが来たなんて勘違いするかもしれませんから。それで逝ってしまってはいけません。
「大丈夫でしょう。彼はすでに多くの幻覚を見ていますじゃ。」
「それは病気の原因でということですか?」
お爺さんは頷きます。それで私も幻覚だと勘違いするというわけですか。それなら大丈夫かもしれませんね。
おっと、ノアさんに相談するのを忘れていました。
「ノアさん……」
「いいよ。君のやりたいようにやるといい。」
彼は快く承諾してくれました。それならば一週間の間、役目を果たしましょう。
私は早速アート君、いえ、お爺さんからアートと呼ぶように言われたのでアートと言わなければいけませんね。私は早速アートの家に入りました。
締め切った家の中は病気の匂いが漂っていました。誰かが交代で看病に来ているのでしょう。家の中は片付いていますが、ものがバラバラに置かれていました。
「アート、大丈夫ですか?」
私はベッドの横に椅子を置き、そこに座ると眠っているであろうアートに話しかけます。
「………ん……お母さん…?……」
どうやら本当に私はアートの母親に似ているようですね。しかし起こしてしまいましたか。
目を開けたアート。その風貌はやはり誰かに似ています。濁って燻んでしまった茶髪、同色の色褪せた瞳。体はもはや骨と言っても過言ではないほど痩せ細っています。やはり彼は放っておけません。
布団から手を伸ばす彼の手を掴んで私は返答します。なんともか細い、なんとも力ない。
「どうしましたか?」
彼は辛そうな顔で私を見ると、無邪気に微笑んで言いました。それは母親を思い出してのことでしょう。無邪気な笑みはきっと彼の母は小さい頃に亡くなっているから。その頃を思い出して。
「お母さん………おっぱい。」
聞き間違えでしょうか?いや、きっとそうですよね。だって………いや親離れは?え?なぜか混乱して来ました。これも病気の影響でいいのですよね。
ああ、やめようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます