13 変態

 ステンドグラスから差し込む月明かりが静まった教会を照らし、そこがまるで絵本の中のように感じられます。

 何列にも並ぶ会衆席の奥には祭壇があり、そこには十字架が掲げられていました。その神聖な建造物のあり方を美しいと思うと共に、この場所にいるだけで私はどこか恐怖を感じます。


「すまないスカイ。僕の失態だ。早くここを出よう。」

「はい、誰かに気づかれる前に。」


 私はこの宗教において異端の存在であるホムンクルスです。早くこんな場所から離れよう。そう言って私たちは教会を出ようと踵を返しました。ところが、


「おやおや、もう行ってしまわれるのか?せっかく起きてきたというのに。」


 私たちの背後から声がしました。酷くしゃがれた声です。しかし、その声には確かに風格のようなものが宿っていました。なぜか声だけ聴くと渋くてカッコいい人を想像してしまいますね。


「ノアさん。」

「うん、あまり不自然な行動は起こさないようにね。」


 急に逃げ出したら不審がられると判断した私たちはゆっくりを振り返りました。そしてその声の持ち主の姿が露わになります。


 ノアさんと同じような修道服に身を包み、首からは金の十字架を下げた齢60はとっくに過ぎていそうな御老人でした。おそらくこの教会の神父様でしょう。祭壇の側で柔らかい笑顔を浮かべた御老人は後ろに手を組んで立っていました。


「これはこれは。あなた様もどこかの神父様ですかな?私はここで神父しているものです。どうぞこちらに来てお顔を見せてくださいな。」


 そう言って御老人はノアさんに頭を下げます。どうやら私たちの立っているところが暗いせいで御老人は私たちの顔がよく見えないようです。

 しかし、向こうに行っても大丈夫なのでしょうか。もしかしたら私の顔は知れ渡っていたりしないでしょうか。


「大丈夫。………大丈夫だよ。僕が守るから。」


 やばいです、キュンと来ました。ちょっとノアさんがカッコ良すぎます。惚れそうです。いえ、既に惚れています。掘れている?え、何を?

 こんなことを考えている私は少し緊張感が足りなさすぎですね。冗談はさておき。とりあえず杖だけは右手に持っておきましょう。


 そうして私とノアさんは無言で御老人の元に歩いて行きます。


 一歩、また一歩と足を踏み出すたびに気付かれるのではないかと心臓がバクバクと脈打ちます。ノアさんもそうなのでしょうか。チラリと横を見ると彼も険しい顔を浮かべていました。


 この心臓の脈打ち、これこそまさに吊橋効果ですね。……っと、気を引き締めないと。



 そして遂に私たちは御老人の側までやって来ました。


「夜分遅くに申し訳ありません。迷える子羊を救済するため、旅をしているのですが宿で寝ていたところをこの街の方々に襲撃されまして。」


 息をするように嘘をつきました。


「それで逃げ込んだというわけですね。いやいや、それは災難でしたな。この街の人たちはどういうワケか皆変態でしてね。いや、変態では齟齬がありそうだ。ちょっと精欲が強いと言うか、欲に忠実というか。まぁそう言うワケなのですよ。」


 だからと言ってマスターキーを使って躊躇なく部屋に入ったり、集団で夜這いをかけたりはどうかと思いますけどね。もし気付かなければどうなっていたのでしょう。考えただけでゾッとします。


「とにかくここに逃げ込んだのは正解でしたな。今夜は泊まっていくといい。」


 この様子だと御老人は私のことを知らないみたいです。ひとまず安心してもいいのでしょう。でもこの人を信用はできませんね。もしもの事がありますので。


「ところで神父、お名前は?」


「おお、そうだった。まだ名乗っていなかったな。クリスと申します。して、あなたの名前は?それに隣の美人なお嬢さんも。」


「私はジョンと申します。こちらは共に旅をしているレイラです。」


 またしても彼は流れるように嘘をつきました。よくこんなスラスラと嘘がつけるものですね。皮肉じゃないですよ。私だったら鼻が伸びてきそうですから。


「それではこちらにどうぞ。」


 クリス神父は私たちを案内してくれました。

 壁面にあったドアを押すとそこは歴とした家でした。なるほど、彼はここから現れたのでしょう。中央にはテーブル、部屋の端にはベッドがあり、生活感に溢れています。


「ところでジョン神父はどれくらい旅をしているので?」


 テーブルの前の椅子に腰掛け、クリスさんは言いました。


「いえ、まだ始めたばかりでして。ここが二つ目の街です。」


「そうでしたか。二つ目でこことはなかなか災難ですな。それで次はどこにいく予定で?」


「いえ、まだ決まっていないのです。」


「そうですか。それなら次は別の島に行ったほうがいい。この先にも一つ村があるのですが、そこはオススメしませんな。」


 話を聞く限りだとここは二つの街と一つの村からなる島のようです。ポーツ、オスカ、そしてもう一つの村。


「ありがとうございます。ぜひ参考にさせていただきます。」


 そう言って頭を下げるノアさんにクリス神父はニコリと笑います。

 それから色々な話をしました。主にノアさんとクリス神父がですけどね。私は聞いているだけでした。


 あ〜暇だな〜。ノアさんかまってくれないかな〜。なんて、そう思っていた時、その話が始まりました。


「ところで話は変わりますが、最近は物騒だと思いませんかな?」


「と言うと?」


 クリス神父は淡々と語ります。


「王都ではこの前、反乱があったらしいですよ。今は鎮圧されたらしいですが、王国軍だけでは抑えきれず、最後は教会の救星対魔騎士が派遣されたとか。」


「…!?……」


 ノアさんの肩がびくりと反応しました。私はそれを見逃しません。何か関係がある。そう踏んだ私は思い切って話に参加します。


「救星対魔騎士とは何のことですか?」


「おやお嬢さん、じゃなくてレイラさんは知らないのかな?」


 御老人は驚いたような顔で私を見つめました。はいはい、無知ですみませんね。皮肉を述べたいところですがここは我慢しました。


「救星対魔騎士と言うのは教会唯一の武力集団でしてね。教皇様直属の部隊なのですよ。7人で構成されているのですが各々が凄まじい強さで全員が対魔詠唱を覚えているようです。」


「7人だけなのですか?」


「はい、等星はバラバラでもそれぞれが特異ば武術の使い手らしく一等星の魔法使いとまともに張り合えるらしいのですよ。」


 なるほど、会いたくないですね。ちょっと恐ろしくなってきました。それに対魔詠唱を使えるなら人間ではない私も消滅させられそうです。


 ん?対魔詠唱?


「そういえば、教会の異端を殺すために救星対魔騎士が派遣されたと聞きましたが、どうなったかご存知で?」


「………い、いえ生憎私は結果を聞いてないのです。申し訳ない。」


 そうでしたか、気になりますね。と呑気に笑うクリス神父でしたが、もしかして。いや、もしかしなくてもそれは………


「ところで、またまた話は変わるのですが。」


「はい、なんでしょう。」


 ノアさんはまるでしたくなかった話から逃げるようにその話に食いつきました。この件に関しては後で問い詰める必要があるかもしれません。


「いや、最近は物騒だと言う話から派生するのですが、ここも資金不足で困っていましてな。物騒だから教会の補強をしようと思うのですがね。ちょっとだけ募金をいただけないでしょうか?」


 柔らかい笑顔を浮かべてクリス神父は言います。いや、ちょっと待ってください。なんかおかしいですよ。


「わかっています。お金を取るなんておかしいのです。だから……」


 ああ、ダメだ。この御老人。いや、エロジジイは。

 そう思ったのは神父がニヤリと笑ったからです。


「だから体で払ってもらうのはいかがですか?お嬢さん?」


 私たちは静かに立ち上がり、外に出ようと歩き出しました。大体、教会の補強をしたいのになんで体で支払うんですか。

 ガチャ、とドアが一人でに開いたと思うとそこには……


「なんで?」


 宿屋の女、他大勢がそこにいるではないですか。慌ててドアを閉めます。そして、


「逃げましょうノアさん!」


 右手にずっと持っていた杖を振って壁を破壊します。派手な音を立てて壁が崩れるとそこには大きな穴が開きました。


 私たちは走り出します。


「ノア……なるほどやはりどこかで見た事があると思ったら、と言うことはあの娘は………とりあえず上に報告でもしておきますか。」


 クリス神父が後ろで何を言っていたのかは聞こえませんでした。それでも私たちは走るしかありません。後ろからは大勢の変態が追いかけてきているのですから。



 そうして夜もあけぬうち、疲れも取れぬ体に鞭を打って私たちは変態の街、オスカを後にしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る