10 妖精

 「ノアさ〜ん。ノアさ〜ん!」


 倒れたノアさんの頭を膝の上に乗せ、顔をペチペチと叩いてみましたが何も反応を示しません。


「死んでるの?」


 レーシーさんが縁起でもないことを尋ねてきました。何を物騒な!−−と言おうとしたのですがちょっと不安になったので心臓に手を当ててみます。


「大丈夫です。心臓は動いてますよ。」


「お姉さん誰に言ってるの?」


 そうでしたレガス君にはレーシーさんが見えていないのでした。どうしましょう。ここは妖精さんがいることを言うべきなのでしょうか。


「えっとですね………独り言です。」


 ひとまず隠すことにしました。彼は等星のことでコンプレックスを抱えているかもしれません。虐められていたのも等星が低いからでしょう。それならばわざわざ見えない妖精の存在を教えるのは可哀想だと思ったからです。


「そうなんだ。………じゃあ、今は二人きりだね。」


「そうですね。でもそれが何か?」


 スタスタと私に歩み寄ってくるレガス君。膝にノアさんを乗せる私の隣に座ると私の肩に頭を置きました。

 彼は二ヶ月も親元を離れていた訳ですし、甘えたくなるのもしょうがないですね。ノアさんが起きるまではこのままいさせてあげましょう。


「お姉さんはこの人とどう言う関係なの?」


「唐突ですね。う〜ん……」


 私は考えました。どう言う関係なのでしょうか。恋人?ではないでしょう。友達?でもないですね。家族?は違います。私はホムンクルスなので。


「相棒?ですね。……いえ、やっぱりパートナーの方がしっくりきます。」


「へ〜……恋人ではないんだね?」


「え?そうですけど。それが何か?」


 さっきから何の質問なのでしょうか。もしやこれは親交を深めようとしてくれているのでしょうか。レガス君に気を使わせてしまうとは私がしっかりしないとですね。


 でも……


「レガス君。」

「な〜に?お姉さん。」


「ちょっと近くないですか?」

「そんなことないと思うよ。これはスキンシップだよ。みんなやってる。」


 先ほどまでは頭を肩に置く程度だったのが今は身体をべったり引っ付かせています。正直鬱陶しいです。

 みんなやってるって本当でしょうか。


「そんなの嘘に決まってるでしょ!スカイちゃん襲われてるの!」


 なんと!?レーシーさんが教えてくれなければ私は大変なことになる所でした。これは早急にやめさせなければいけません。


「ちょっとレガス君。いくらなんでも密着しすぎです。限度ってものがあるのですよ。って!ちょっと!」


 注意したにも関わらず、レガス君はさらに身体を近づけます。というかもう頭が胸にあたってます!


「いい加減にしてください。キャッ!」


 終いには手が胸に伸びてきました。それセクハラですよ!

 そろそろ本気で怒った私は魔法で吹き飛ばそうと杖を取り出しますが、


「スカイ!?」


 ノアさんが一瞬にして跳ね起きました。っていうか寝起き良すぎやしないですか。もはや野生動物ですよ。


 そして跳ね起きたノアさんは現状を素早く分析したのでしょう。その逞しい腕で少年の首根っこを掴むと普段の優しい彼からは想像もできない形相で少年を持ち上げました。


「グッ、グエッ……ちょっ、離して……」


 少年は首を絞められて苦しそうに呻き声を漏らしていますが、ノアさんは止める様子はありません。いつもと違ったノアさんは少し怖いです。


 しかし、今はそれどころではありませんでした。


「ノアさん、いい加減に下ろしてあげてください。でないと死んでしまいます。」


 そう言われて我に帰ったのか、ノアさんは慌ててレガス君を地面におろしました。掴まれていた首が離されたことにより、少年は咳き込みながら跪きます。

 私はレガス君がこんなエロガキだったことに驚きを隠せませんが。


「スカイ、無事かい?何か変なことされなかったかい?」


 ノアさんがとても心配そうな顔で私に近寄ってきました。


「大丈夫ですよ。ちょっとセクハラされたくらいです。でも……」


 私はレーシーさんやレガス君に聞こえないようにノアさんの耳元で囁きます。


「なんでホムンクルスの私にセクハラしようとしたんですかね。確かに人間と感触は一緒ですけど、触っても嬉しくないでしょう。」


 私は思った事を告げただけなのですが、ノアさんは呆れたようにため息を吐きました。


「君はもっと自分の魅力に気づいた方がいい。」


 とは言われましても魅力とはなんなのでしょうか。確かにノアさんの容姿はとても魅力的です。でも私の容姿がそうかと言われれば……どうなのでしょう?


「私は魅力的なのですか?」


 分からなければ聞けばいいのです。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言いますしね。


 しかし、ノアさんは何も答えてくれません。


「ノアさん?」


「あ〜!もう!分かったから。言うよ。……君は十分すぎるほど魅力的だ。だから他人に気を許しすぎるのはやめた方がいい。」


 なんと?!そうでしたか。ちょっと。いえ、ノアさんに言われるのはかなり嬉しいですね。思わず頬が緩んでしまいます。


「分かりました。気をつけますね。」


「それならいいんだ。……でも……」

「でも?」


「そう言う顔を見せるのは僕だけにしてくれ。」


 なんと言ったのでしょう。声が小さすぎて聞こえませんでした。なんて言ったのですか?−−そう聞き返そうとしてやめました。


 なぜならその異様な雰囲気に気がついたからです。


「ノアさん。これは……」


「分からない。スカイ、僕から離れないで。レガス!後で話はするけど、とりあえず今はこっちに来るんだ!レーシーも。」


 とても幻想的です。真っ暗だったはずの森が光り輝いているのです。地面から昇る光はおそらく魔力でしょう。溢れんばかりの魔力が眩い粒となって森を明るく照らし、天に昇っているのです。


「ごめんね。私が巻き込んでしまったの。」


 何のことでしょう。レーシーさんは俯きながら謝りますが、この綺麗な光景を見てレーシーさんが謝っていることの意味が理解できません。


「レーシーさん、どう言うことですか?」


 しかしレーシーさんはただ謝るだけで訳を離してくれません。


「レーシーさん。−−?!……−」


 途端、一斉に魔力が膨張しました。溢れんばかりの魔力は閃光となって私たちの視界を奪います。

 咄嗟に目を瞑って腕で顔を覆いますが特に何も起こりません。




「こ、ここは?!」

「すごい……」


 次に目を開けた時、私たちはあまりの光景に驚嘆して言葉を失いました。


 そこは先ほどまでいた森の中ではありませんでした。圧倒的で幻想的で神秘的な空間。樹齢一万年などとっくの昔に超えていそうな大樹を中心に築き上げられた緑の都。


 魔力に満ちたその空間は呼吸をするだけで体が喜び、視界が霞むほど。


 ただ一つ、そこに築かれた家々はどれも私たちの足元までしかない大きさです。そしてその家々の住人たちの姿が私たちの前に立っていました。

 いいえ、飛んでいました。


「ようこそおいで下さいました。一等星と二等星のお二方。」


 そこには大勢の妖精さんの姿がありました。パタパタと羽ばたく翅はとても美しく光り輝いています。


「ここはどこですか?」


「ここはこの森にある妖精の国。私たちの招待無くして辿り着けない場所ですわ。」


 妖精さんたちの中央で飛んでいる方がいいました。


「そしてまずお礼を申し上げなくてはなりません。そして謝罪も。」


「どう言うことですか?僕たちは特に何もしていないはずですが。」


 ノアさんはそう言いましたが妖精さんは首を横に振りました。


「あなた達は家出娘を連れて来てくださいました。そのことに感謝を申し上げますわ。」


 なるほど、レーシーさんの隠していたこととはこの事だったのでしょうね。聞いてみないと詳細はわかりませんが何か深いワケがあるのは確かなようです。


「そして謝罪することが……」


 そう言うと、妖精さんは申し訳なさそうに顔を背けます。


「なんですか?」


「えっと……申し上げにくいのですが、もう一人の方は等星が低かったためここに招待することができませんでした。申し訳ありませんわ。」


 あ、そういえばレガス君がいません。


「お気遣いなく。」


 ケロッと言ってのけたノアさん。なぜか彼はとても笑顔です。

 少しだけ人間の闇を覗いてしまった様な気がします。


 まぁ、でも彼は少し反省した方がいいですね。ザマァみろです。

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