9 旅立ち
「では、良い旅を。またいつか来てくださいね。」
「安心してください。この街に来てもあなたには会いに来ませんから。」
にこやかな笑顔をギルドの受付の女性に向けて、私たちはポーツの街に背を向けました。そうです。旅立ちのときです。
いつまでもこの街にいたら教会の追手が来てしまいますからね。
「そ、そんな〜。」
今頃嘆いても遅いです。あの浄化されたゴブリンの死体を高く売りつけてやったので借金は無くなったのですが、彼女は私たちをポーツの専属冒険者にでもなって欲しかったのでしょう。
ギルドは冒険者と依頼人の仲介です。その他にも死体から採れる素材をいろんな所に売り捌いたりしています。あれだけ綺麗なゴブリンはさぞ高値で売れたのでしょう。
「次はどこに行くの?」
私の肩の上で妖精さんが言いました。妖精さんも私たちの旅についてくるようです。もちろん大歓迎ですよ。
「次はあの森の奥にあるオスカという街に行こうと思うんだ。」
「なんでその街に行くんですか?」
するとノアさんは顔を逸らして言います。何か言いにくいことでもあるのでしょうか。
「受付の女性に勧められたから……」
「………」
俄然不安になってきました。しかしあんな事を言って出発した手前、引き返す訳にもいきません。
「な、なんとかなりますよ。レーシーさんもそう思いますよね?」
私は助けを求めるようにレーシーさんに言います。が、彼女は何も答えてくれません。肩の上に乗っているのでよく見えないのですが、彼女は何か悩み事をしているようなのです。
「レーシーさん、何か悩み事でもあるのですか?」
「ん?なんでもない。気にしないで。」
なんて気になる言い方なのでしょう。でも私は詮索はしません。彼女だって私の事で聞きたいことはあると思うのです。でも彼女は何も聞いてきませんからね。だから私も聞きません。
そんな会話をしながら歩いていると森のすぐそばまで来ました。
私たちが見上げるほどの原生林。ゴブリンを討伐した森とは違い、生い茂った木々は完全に光を遮ってしまい、どこか怪しげな雰囲気を醸し出しています。
「う、これは危険そうな森だね。何かでそうだ。」
ノアさんが額に汗を垂らして言います。もしかして彼はこういう場所が怖いのでしょうか。
「怖いのですか?」
「ま!まさか。………そんなわけ……ないだろ。」
次第に声が小さくなっていきました。怖いのですね。そんなところは可愛いです。
それにしても神官であるノアさんがお化けを怖がるなんて滑稽です。あなたは神官が扱う最高峰魔法の対魔詠唱が使えるではないですか。−−と、ツッコんであげたいのですがそれはまた後にしましょう。
「さぁ、行きましょう。ノアさん。歌いながら歩けば怖くないですよ。……それとも手を繋いであげましょうか?」
「ば、馬鹿にしないでくれ。僕はそんな子供じゃない。」
揶揄ったのが効いたのかノアさんは自分から森に足を踏み入れました。
私も彼の後に続いて森の中に入りました。彼はなんとか平静を装って、私は鼻歌を奏でながら森の中を進みます。
「ねぇ、スカイちゃん。その歌なぁに?」
森の中に入って急に気分でも変わったのか、レーシーさんは私の肩を離れて自分の翅で飛んでいます。というか、その翅は飾りじゃなかったんですね。
「これは私が知っている中で一番テンションの上がるロックですよ。」
「………」
「………え?」
おっと、二人の顔がとんでもないことになってしまいました。失言ですね。というか冗談です。
「嘘です。これは……昔ある人が唄っていた歌ですよ。なんていう曲かわからないんですけどね。」
とても優しい唄だったのを覚えています。今では歌詞も朧げで鼻歌でしか歌えませんけどね。ロックとは程遠いです。
「それにしても暗いですね。どんどん暗くなってないですか?」
進むにつれて森の木々はさらに生い茂り、より一層怪しさを増していきます。この暗さでは足元もおぼつかないので私は杖を取り出して魔法で灯りをつけました。
「そ、そんな訳ないだろう、スカイ。怖いこと言わないでくれ。」
あらあら、遂にノアさんは怖いことを認めてしまいましたね。まぁいいです。それより私は気になっていることがありました。
「そこの人。暗いので危険ですよ。私たちの所に来るか引き返すかどちらか決めてはどうですか?」
「後ろに誰かいるのかい?」
ギョッとして二人が背後を振り返ります。しかし私の魔法は前方を照らしている為、暗くて見えないのでしょう。
私が杖を持つ手を背後に向けると私たちを付けていた人物の姿が露わになりました。
「君は……たしかレガス君だったかな?」
そこにいたのはポーツのギルドで3人組に虐められていた少年。改めて見ると少年は12歳と言ったところでしょう。濃いめの茶髪に同色の瞳を持った少年はナイフを腰に携えてそこに立っていました。
「僕も一緒に連れて行ってくれ。」
顔を合わせるなり、少年は私たちに向かって言いました。その顔つきはとても真剣です。冗談でついてきたつもりでないことは簡単にわかりました。
「無理だ。君は連れていけない。」
しかしノアさんはそれを容赦無く切り捨てます。ノアさんの顔もいつに無く真剣でした。
「なんでさ!僕だって冒険者だ!危険だっていうならそれも承知の上だ!それに魔物に立ち向かう勇気だってある!」
彼はどうしても連れて行って欲しいでしょう。自己アピールとばかりに腰のナイフを抜いて見せます。
「ダメだ。」
しかしノアさんも譲りませんでした。そして少年の元まで歩くと、少年と目線を合わせて言うのです。
「君は勇気があると言うけれど、それは蛮勇だよ。君は弱い。それはこのネックレスが証明している。君が窮地に陥れば僕たちは君を助けに行かないといけない。それは君が望むことかい?」
レガス君は俯いて首を振ります。
「でも……」
「だから、あの街に帰りなさい。君はまだ若いんだ。先はある。もっと強くなってからでも遅くはないよ。」
レガス君が何か言おうとしたのを遮ってノアさんは優しい声で言いました。口調も声も怒っていません。
しかし、レガス君は不満顔です。どうやら彼にもただならぬ理由があるようですね。
「レガス君。なんで私たちについて行きたいんですか?」
私はレガス君が話しやすいようにニコリと微笑んで言いました。すると、ゆっくりと少年は理由を話してくれました。
「僕……実はこの森の先の生まれなんだ。」
「と、いうと?」
「二ヶ月くらい前に商人の荷馬車で昼寝をしてたんだ。それで起きたらポーツの街にいて……」
「だから家に帰りたいってことですか?」
少年は頷きます。私はノアさんに決断を任せるため彼の方を見ました。
「なるほど、そう言うことだったのか。最初からわけを話してくれればよかったのに。」
「ごめんなさい。………間抜けだと思われると思って……」
確かに間抜けですね。とんでもない間抜けです。せめて荷馬車が動き出したくらいに起きなかったんですかね。どれだけ爆睡してたんですか。
まぁ、今はそれは置いときましょう。
「分かった。ついてくるのを許可しよう。でも君の家がある次の街までだよ。」
ノアさんは少年の同行を許可しました。私もそれは賛成です。レーシーさんも賛成のようで宙を飛びながらうんうんと頷いています。
「それでは早速いきましょうか。レガス君の故郷へ。」
私は改めて前方を杖で照らしました。レガス君は私の隣を、ノアさんは恐る恐る私の斜め後ろを歩みます。
「それにしてもレガス君は一人で帰ろうと思わなかったんですか?」
私はふと思った事を聞いてみることにしました。地図で確認しましたが、この森を抜けさえすれば隣街オスカはすぐそこです。一人でも十分いけると思うのですが。
「あれ?聞いてないの?この森かなり危ない魔物が出るって有名だよ。それになんか変な物も出るって言うし。」
「え?!そうだったんですか?」
私はそこで受付の女性の顔を思い出しました。
「あの受付嬢、今度会ったら絶対酷い目に合わせてやります。」
しかし一番の問題はそれではありませんでした。変な物と聞いて彼は「お化けでも想像してしまったのでしょうね。
「へ、変なもの………もしかして……」
「ノアさ〜ん!」
倒れたノアさんが起きるまで私たちはそこで数十分の休憩をとることになりました。しかし、その時の私はまだ知りませんでした。
休憩をとる私たちに変なものが近づきつつあることを。
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