8 討伐
「ノアさんはやっぱり強いのですか?」
木漏れ日が降り注ぎ、心地いい風が髪を揺らす森の中。私は長い間愛用している杖を振りながらノアさんに尋ねました。
「おそらくだけどこの歳では強い方だと思うよ。それでも君に挑もうとするような自惚れは持ち合わせていないけどね。」
ノアさんは二等星です。いわゆる怪物魔道士なんて言われる等星です。割合にして人口の3%ほど。
「スカイちゃんはやっぱり魔法で戦うの?」
私の肩の上で脚と翅をパタパタと動かしながらレーシーさんが聞いてきました。
「はい、私は体術は不得意なのですよ。魔法なら負けませんけどね。」
そう言って、私はもう一度杖を振って見せます。
私の杖は私が住んでいた島に流れ着いたイッカクという魔物の死体の角から作ったものです。
綺麗に加工した角は真っ白で手触りも良く、私の手に馴染むのでお気に入りです。
「それで、今はどこに向かってるんだっけ?」
「ゴブリン討伐ですよ。この森の奥にゴブリンが集落をつくっているみたいらしいのです。」
私たちは受付の女性にすすめられてこの依頼を受けることにしました。最近はゴブリンによる被害も出ているらしく、それは聞き捨てならないとノアさんが食いついたのもこの依頼を受けた要因です。
「その依頼は難しいの?」
「いいえ、私たちの等星なら簡単な仕事だって受付の方は言ってましたよ。」
「それでも油断は禁物だよ。甘く見てると失敗してしまうからね。」
緩んだ気を引き締めるようにノアさんは言います。確かにそうですね。私も気を引き締めましょう。
「失敗したら、今日は野宿になっちゃうしね。」
レーシーさんが笑いながら言います。彼女は冗談のつもりで言ったのでしょう。でもそれは失言ですね。だって……
「うぅ……面目ない。」
またノアさんが落ち込んでしまいましたから。
* * * * * * * * * * *
「きっとあれですね。」
気持ちのいい森を歩いた先、薄暗く生い茂った森を進むと突如として開けた場所が現れました。
「うん、今回の依頼はアイツらを全滅させることだよ。スカイ、やれるね?」
そこにいたのは小人の姿をした苔のような色の皮膚を持つ魔物。長い耳と横に大きく裂けた口から覗く牙が特徴的です。私たちは近くの茂みに隠れ、様子を伺います。
「はい……でもちょっと可愛いですね。」
「………」
「………」
どうやら失言のようですね。ノアさんにもレーシーさんにも引かれてしまいました。でも、ちゃんと依頼はこなしますよ。見た目は可愛くてもゴブリンは子供を襲って食べてしまうそうなのですから。
そんなの許せません。
「大丈夫です。戦えますよ。」
「そうか。それなら良いんだけど。」
苦笑しながらノアさんは作戦を決めようと提案しました。確かにバラバラに逃げられては厄介ですから納得です。
「逃げられないようにするには全て一箇所に集めて撃破するのが手っ取り早い。でもそんな派手な魔法は生態系を壊してしまう。」
「じゃあ、一体ずつ撃破していくの?」
レーシーさんの問いにノアさんは頷きました。
「それも他のゴブリンに気づかれないようにだ。」
なんと難しい要求なのでしょう。だから報酬も良かったのですね。ゴブリンは知能もままあるので逃げられてしまいますから。
「それなら私に任せてください。魔法で全部バッサリやっちゃいますね。」
そして私は杖を振ります。まず手始めに近くを一人で歩いているゴブリンを狙いました。
木々がざわめいたと思うと、一瞬森が沈黙。次の瞬間、次元を割くかのような突風が僅か数十センチを掻っ切ります。
−−ゴトッ−−
と、音を立ててゴブリンの頭が血に転がります。
まずは一体です−−と言おうとしてちょっと張り切りすぎていたことを自覚しました。強力な魔法の影響であたりに強風が吹き荒れたのです。
それを不審に思った他のゴブリンがあたりを見回し、
「バレたね。」
「やりすぎね。」
「すみません。張り切りすぎました。」
次の瞬間ノアさんがものすごい勢いで茂みから飛び出しました。雷豪かと思うほどの爆音はノアさんのが踏み出した音。
瞬きする暇すら与えず、近くのゴブリンの背後に回り込むと逞しくも優しい手を手刀に変えます。そして……
「グェっ!」
短い呻き声が響き、ゴブリンの頭があったところから血が噴水のように噴き出します。
そこまでやればゴブリン全てがこの騒動に気付いたのでしょう。およそ体格のいい個体は私やノアさん目掛けて走り出しました。
それに合わせ、他の個体は各々があらぬ方向へ逃げ出します。
「スカイ!逃すな!」
ゴブリンを手刀で殺しながらノアさんが叫びますが、そんなことを言われましてもこうもバラバラに逃げられては私もどうしようもありません。
私も風魔法で襲いくるゴブリンを撃退しながら考えます。
「スカイちゃん、どうするの?」
私の肩に乗ったままレーシーさんが言いました。彼女は意外に呑気ですね。私たちが苦労しているのに。
「う〜ん、一箇所に集められたら良いのですが。」
でも、そんな派手な魔法を使えば生態系を壊してしまうとノアさんが言っていました。
「あれ?」
「どうしたの?」
生態系を壊すのは一箇所に集めたゴブリンを倒す時の魔法ですよね。それならば倒さずとも集めるだけなら良いのでは?
ノアさんは真面目すぎるのです。そのせいで無駄に回り道をしています。
急がば回れとは言いますが、周りすぎです。もっと手を抜いても良いのではないのでしょうか。
「どうですか?」
私は考えたことを手短にレーシーさんに聞いてもらいました。
「良いと思うよ。やっちゃえ!」
その掛け声に合わせて私は思いっきり魔法を放ちます。
それはかつてないほどの突風を巻き起こします。森の外から森の中心へ。この集落に向けて突風を起こしました。
それは小鬼を軽々と吹き飛ばすほどの突風。あらゆる方向から集落中心へ向けられた風は逃げ惑うゴブリン達を中心へ飛ばしました。
「な!?これは?……なるほど。」
ノアさんも気付いてくれたようです。
「ナイスだ、スカイ!」
ノアさんは私に笑顔を向けるとゴブリンが飛ばされた中心部へ走ります。
「やったね。あとは一体ずつ撃破するだけだね。」
レーシーさんの声に私も肯定します。密集してくれているので数体くらいなら一気に倒せます。後は余裕の作業です。
しかし彼は違ったようです。
「我思う。
光指す世界にありし煌めきよ。我が目前に集え。」
その詠唱は私の知識にもありました。
「此れは我がために振るう力であらず。」
曰く、それは己のためだけには使えない魔法だそうです。
「此れは神に叛く力にあらず。」
曰く、それは神からの祝福。神官にのみ許された魔法だそうです。
「此れは魔を滅する力である。」
曰く、それは人間以外を等しく滅する究極の対魔詠唱。
「汝の力、我を持って奴に罪を与えよ。汝の力による安らぎを−−シャイニング−−」
詠唱の完了と共に閃光が走りました。眩い光が周囲を包み込み、強く、それでいて優しく放たれたノアさんの拳は一箇所に集まったゴブリン達を浄化していきます。
「綺麗……」
思わずレーシーさんが感嘆の声を漏らします。私もそう思いました。醜いと言われるゴブリンがあまりにも綺麗に浄化されていくのです。
「いっちょ上がりですね。」
私はゴブリンの血に染まった顔を拭うノアさんの下に駆け寄りました。あたりには綺麗に浄化された死体だけが転がっています。
「それじゃあ、帰ろうか。」
「はい!」
私は元気よく返事をしながら杖を振って、空間魔法にゴブリンの死体を詰め込みました。汚いものは入れたくないというのが本心なのですが、ノアさんの対魔詠唱で浄化された死体なら大丈夫でしょう。
その後、帰った私たち。いえ、主に私は綺麗なゴブリンの死体を見て驚く受付の女性にそれを高く売りつけてやったのは言うまでもありませんね。
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