7 弱者

 「じゃあ、そういうことで必ず払ってくださいね。入金はどこのギルドからでも出来ますので。」


 結局、持ち合わせが底をついた私たちはツケという形で払うことになりました。こんな不当な請求は無視すればいいと思ったのですがノアさんは神父様です。


 神の使徒がいちゃもんなんてつけれないと払うことになってしまいました。


「ごめんよスカイ。それにレーシーも。」


 申し訳なさそうに謝ってくるノアさん。しかし、私もレーシーさんも怒っていませんでした。


「いいえ、それでこそノアさんだと思いますよ。」


「そうよ。ノアさんはそうでなくっちゃね。」


 なんとか彼を励ましました。ノアさんは一つの失敗を引きずってしまう人なのでしょう。でも、引きずっている暇はありませんよ。私は俯くノアさんにそう言います。


「でないと今夜はあのボロ宿にも泊まれなくなってしまいます。」


 そうなのです。私たちは絶賛一文無し。残っていたお金は全部受付の女性に持っていかれました。最悪です。あの人は悪人ですよ。絶対そうです。


「そうだね。まずは何か依頼を受けないと。」


 今の状況を改めて理解したのかノアさんは焦ったように顔を上げます。励ましは無意味でしたけど、気持ちは切り替えれたようでよかったです。


「そうですね。じゃあ、今回限りのサービスでおすすめの依頼でも紹介しましょうか?」


 受付の女性の言葉に私たちは信じられないとばかりに疑いの視線を飛ばします。それはそうですよ。なんて言ったって全財産。いえ、それどころか借金まで抱えさせられたのですから疑って当然です。


「本当です。神に誓いますから!」


 はたして本当でしょうか?


「分かった………信じよう。」


「本当ですか?!……大丈夫ですか?」

「そうよノアさん。私は反対よ!」


 レーシーさんはかなりご立腹のようですね。私はそこまでじゃありませんが、それでも受付の方を信用はできません。


「そうは言っても、神に誓った信者を疑うわけにはいかない。僕は……信じるよ。」


 どこか複雑な顔ですよ。と言いたいところですが、しょうがないです。私も信じましょう。


「分かりました。レーシーさん、今回は信じてあげましょうね。……それで、おすすめの依頼とは?」


 レーシーさんは疑いの視線をやめませんでしたが、私は話を進めます。


「そうですね。コレとかどうでしょう?」


 そう言って、受付の女性は懐から綺麗に折り畳まれた依頼書を取り出そうとして、


「このチビまた来やがったのか。全く懲りねえ雑魚だなぁ!」

「まったくだ!」

「お前なんか帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな。」


 ギルドに罵倒の声と不愉快な笑い声が高らかに響きます。見ると、ギルドの片隅で膝を丸めた少年が3人組の若い男冒険者に囲まれていました。


 少年のネックレスはやっと五等星と言ったところでしょうか。ギリギリ冒険者になれる等星です。3人の冒険者のネックレスは服の下に隠されていて見えません。


「正直あの3人には私やギルドマスターも頭を悩ませているんです。いつもあの子。レガス君というのですが、彼をいじめるんですよ。……ということで情報料を。」


 勝手に解説を始めた受付の女性は卑しい手を私たちに向けて来ます。また請求です。なんて卑しい。


「はい?何か言ったのですか?すみません。聞いていませんでした。」


 もう私は決めました。この人には冷たくあろうと。一々相手していたら借金で一つの国が買えてしまうほどになりそうです。


 だから私は彼女に対して素っ気なく接します。いいえ、毒舌です。毒舌系ホムンクルスです。


「あなたの言葉なんて私には聞こえません。何か用があるなら上納金を納めてください。」


 呆気に取られたような間抜け顔の女性。対して耳元ではレーシーさんがナイス!と囁きます。


 しかし、そんな私たちのやりとりなど意に介さず彼は一人歩いて行きました。


「ノアさん?」


 ギルドの片隅、レガスという少年とそれを囲む若い冒険者達に向かって歩んで行きます。

 私も着いていこう。そう思い、足を踏み出そうとして耳を引っ張られました。


「スカイちゃん。ここはノアさんに任せたほうがいいと思う。一等星のスカイちゃんが行っても多分逆効果。ここは神官のノアさんに任せましょう。」


 言われてみれば確かにそうです。彼が何をしようとしているのかは分かりませんが、私が行ったらきっと彼らは退くでしょうが解決にはなりません。


「そうですね。ここはノアさんに頼るとしましょう。」


 そして私たちは見守ります。


 手始め彼は冒険者3人に声をかけました。とてもにこやかな、私たちに向けてくれるような爽やかな笑顔です。


「君たち、何をしているんだい?よかったら僕にも教えてくれるかな?」


 相手が年上か年下かも分かりません。私からみれば彼らとノアさんは同じくらいの歳に見えます。そんなノアさんに冒険者の一人が言いました。


「見ればわかるだろ神官さん。この落ちこぼれのガキがここを遊び場と勘違いしてるから叱ってたんだよ。なぁ、あんたも叱ってやってくれよ。」


 それに便乗して他の二人も醜い笑みを浮かべます。不愉快です。

 気づけば、いつの間にかギルド中の視線がその場所に集まっていました。


「違う!僕はれっきとした冒険者だ!ガキなんかじゃない!」


 レガスくんが叫びます。その声は一層ギルドの注目を集めます。


「何言ってやがる。お前は五等星のガキじゃねぇか!そんな雑魚が冒険なんて向いてねぇって言ってんだよ!なぁ!みんなもそう思うだろ!」


 およそ3人組のリーダー的存在でしょう。髪を束ねた男がギルド中に聞こえる声で叫びました。

 ギルドの冒険者達の大半は面白そうに見守って何も反応しませんが、ごく少数が首を縦に振っていました。


「卑怯ね。」


 レーシーさんの声。私もそう思います。ただでさえ3人で寄ってたかってレガス君を虐めて、その上大勢に共感を求めるなんて。


「それで、君はなんでそんなに怯えているんだい?」


 ノアさんが優しい声で言いました。その声は決して怒っていません。


「決まってるだろ。俺たちが怖いからだ!俺たち人間に怖がってちゃダメだぜ。魔物はもっと怖いぞ。なぁ、レガス。」


 3人の冒険者はギャハハと大声で笑います。先ほど共感していたギルドの少数も笑っていました。それに対してレガス君は何も言わずにただ疼くまるだけ。非常に腹が立ちます。いっそ魔法で吹き飛ばしてあげましょうか。


 でも、ノアさんは何も反応しませんでした。それどころか彼らの笑いが収まるまで待った後、静かに告げます。


「僕は君に言ったんだよ。」


「え?」


 その言葉にギルド中が沈黙しました。レガス君は目をパチクリ。私もパチクリ。どういうことでしょう?


「分からなかったかい?僕は何に怯えているのか聞いたんだ。レガス君にではなく君に。いや、君たちに。」


「な、何を言ってやがる。神官のくせに頭がイカれたか。俺たちが何に怯えてるって?」


 先ほどまではギルドの視線は彼らのいる空間に注目していました。しかし今はただノアさんと髪を束ねた男に注がれています。


「怯えているじゃないか。だから君たちは群れを成して一人を襲っているんだろ。」

「群れ?何を言ってる。俺たちは冒険者パーティーだぞ。」


「それは分かっているよ。でも、冒険者は魔物を倒すためにパーティーを組むのだろう?一人の少年を虐めるためにパーティーを組んでいるのかい?」


「そ、それは……」


 髪を束ねた男は言葉を失います。


「君は弱いんだ。だから誰かをいじめていないと自分の存在を肯定できない。劣等感に苛まれる。そうじゃないのかい?」


「そ、そんなわけない。俺が弱い?な、なんで………そうだ!俺は忠告してたんだ。こいつが冒険に出たら死ぬだけだってな!なぁ、みんなもそう思うだろ!」


 しかし、今回は誰も何も反応しません。先ほどは反応していた人たちすらも。


「ほら、君はすぐに誰かに縋る。それに君みたいな人に忠告されて聞くわけないだろ。」


「ど、どうしてそんな事……」


 その理由は明白でした。ノアさんは指さします。魔石のネックレスがあるはずの男の胸を。


「人に何かを言いたかったら自分の正体を明かす事だね。」


 状況は誰から見ても一目瞭然でした。決着はついたとばかりにギルドの冒険者達はうんうんと頷きます。


「そ、そうだ!俺たち今から依頼に行くんだった。な?」

「そ、そうだった。ほら、行こうぜ。」


 髪を束ねた男以外の二人が急に言い出すと、3人は逃げるように去っていってしまいました。

 それに伴いギルドがいつも通りの喧騒を取り戻します。


「ああいう輩は決まって叩かれると弱いのよ。いつも誰かを盾にして自分に飛び火しないように誘導して生きているからね。」


 とはレーシーさんの言葉です。ただならぬ雰囲気でそういうレーシーさん。


「何か心当たりでもあるのですか?」


 その問いに彼女は何も答えませんでした。まぁ隠し事くらいあってもいいでしょう。私だってホムンクルスであることを彼女にまだ告げていません。


 と、そんな話をしていると疲れた顔でノアさんが戻って来ました。そして開口一番に言うのです。


「ああ、心が痛い。」

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