11 別れ

 それはとある世界のとある王国、その片隅にある小さな森の大きな集落で暮らす小さな人々の間で起きたことです。


 ある所にとても優しい妖精さんがいました。その妖精さんは誰にでも優しく、何事にも一生懸命で、頑張り屋でした。


 朝は誰よりも早く起きると森にゴミが落ちていないか、元気のない花はないかと見回ります。


 昼はせっせと種を植え、森のために働きました。


 夕方はみんなが遊んでいる中、誰も掃除しないところを探しては掃除をします。


 夜は家族の為に夕飯をつくり、つくりすぎた分をお裾分けして回りました。


 そんな彼女を見て周りの妖精さん達は彼女を褒め称えました。「あの子は妖精の誇りだ。」「あの子をお手本にしなさい。」


 親は子供にそう教え、たちまち妖精の国は心優しい働き者達ばかりになりました。


 ––それで終わればよかったのです。


 ある日、彼女をよく思わない妖精が言いました。

「あの子は点数稼ぎの為にやっている。」と。


 普通に考えれば、根も葉もない戯言だとわかります。大体、何の点数だと言うのか。

 しかし、それから彼女は嫌われる様になりました。


 彼女をよく思っていなかった他の妖精達が便乗し、一大勢力を築いたのです。

 彼女を褒めていた妖精達も数に押されて彼女の悪口を言い出す様になりました。いつしか彼女の味方をしてくれる妖精はほとんどいなくなっていました。


 そうです。妖精達は彼女を盾にしたのです。自分に飛び火しないように一緒になって彼女を罵り、虐め、終いには彼女に暴力を振るったのです。


 彼女は失望しました。最初に根も葉もない事を言った妖精にではありません。最初は彼女のことを褒めていた妖精達が一緒になって彼女を罵ったことにです。


 そして彼女はいつしか妖精の国から逃げ出しました。そして近くの街のボロ宿に住み着き、毎晩人が寝静まった夜にせっせと宿の掃除をしていたと言うワケです。



 一通りのワケを聞いた私はレーシーさんになんと声をかければいいのか分からなくなりました。


「君はなんで僕たちについて来たんだい?」


 ノアさんが言いました。妖精の国の片隅を私とノアさんとレーシーさん。3人で歩く中、私たちの空間に沈黙が流れます。

 しばらく押し黙った後、レーシーさんは答えました。


「ハッキリさせたかったの。」


 その言葉は確かな決意と覚悟に満ちていました。そして彼女は続けます。


「この森を通るって聞いた時、私はこの森で一度あなた達と別れてここに来るつもりだったの。だからあなた達を巻き込んでしまったことはごめんなさい。」


 そして彼女は深々と頭を下げました。一度逃げ出した場所にケリをつける為に舞い戻ったレーシーさん。彼女のただならぬ覚悟を感じ、私はどこか胸が熱くなるのを感じました。なぜでしょうか。私はホムンクルスなのに。


 本当になんででしょう。


「気にしないでください、レーシーさん。私たちは友達でしょう。」


 些細な問題など後回しにして私はレーシーさんに微笑みました。そして両手をお椀の様にして彼女が乗る場所をつくりました。

 彼女も困惑しながら私の手のひらの上に降り立ちました。


「友達ならどんな迷惑をかけてもいいってワケじゃないでしょ。」


 レーシーさんは言います。確かにそうかもしれません。友達だからと言ってどんな事でも許容できるとは限りません。親しき中にも礼儀ありとはよく言いますが、確かにそうです。

 でも、


「ノアさんが言っていました。友達の定義は人それぞれだって。私はレーシーさんだったらこれくらいの事、全然平気ですよ。」


 それでも彼女は浮かない顔です。ここまで言えば察して欲しいものですが、言葉にしないと伝わらないとはこう言う事なのでしょう。


 ならば言ってやるとしましょう。ちょっとだけ小っ恥ずかしいですが、それでもレーシーさんに……いえ、友達にこんな顔をしていられるのは嫌ですから。


「レーシーさん。あなたは私にとって特別な存在なのですよ。」


「特別?」


「そうです。あなたは……私の初めての友達なのですから。」


 だから多少の迷惑くらいはヘッチャラです––そう続けて私は顔を逸らしました。

 ちょっと恥ずかしすぎました。こう言うことを面と向かって言うのは照れますね。顔が熱いです。


「初めての友達……私も……」


「はい?」


「私もスカイちゃんが初めての友達だよ。だから……ありがとう。」


 彼女は満面の笑みを浮かべて言いました。その笑顔はとても嬉しそうで、なぜか私も嬉しい気持ちになってしまいます。


「あ!」


 そう言えば結果として彼女は秘密を打ち明けてくれました。それなら私も打ち明けるのがフェアなのではないでしょうか。


 そうですね。レーシーさんなら信用できます。大丈夫でしょう。


「レーシーさん、ちょっと耳を貸してもらえますか?」


 私はレーシーさんの小さな耳元で囁きました。ノアさんも知らないことを少しだけ織り交ぜて。


「え!?そうなの!?」


 彼女はとても驚いた様子で、目をパチクリしていました。そしてしばらく考えた後、彼女はニヤッと笑って言いました。


「じゃあ、これは二人だけの秘密だね。」

「はいっ!」


 私も同じように笑いました。


「何のことだい?」


 除け者にされたノアさんが気になったようで尋ねてきましたが、その問いに私たちは口を揃えて言います。


「「ナイショ!」」


 それを見てノアさんはただ一人首をかしげるのでした。



 * * * * * * * * * * * 


「レーシーさん大丈夫ですかね?」


「信じてあげるしかないさ。それに彼女がどう言う決断をするかも彼女次第だ。」


 今、私たちは妖精の国を出て暗い森の中で座っています。傍らにはスヤスヤと眠るレガス君の姿も。


 レーシーさんは言いました。

「今からみんなと話してくる」と。

 私たちもついて行こうとしたのですが、一人で行かないと解決にはならないと言われました。

「時には一人で立ち向かわなければいけないこともある」彼女は言いました。その覚悟を無下にはできない。そう思った私とノアさんは祈ることに決めたのです。レーシーさんが無事に仲直りできるようにと。


「今何時ですか?」


「13時半。あと30分だね。」


 そして私たちは国の妖精さんに言って元の場所に返してもらいました。2時間だけ待つと告げて。

 それは仲直りできなかったなら私たちの元に逃げてきていいと言うことです。それに仲直りできても来ていいと言う意味でした。

 逆に2時間以内に来ないのならば置いていくとも言っています。



「時間だスカイ。行こう。レガスも起きるんだ。」


 レガス君は目を擦りながら起き上がり、私も立ち上がります。


「もう少しだけ待ってみませんか?」


 私は歩き出したノアさんの背中に言いました。しかし彼は振り返ると首を横に振りました。


「レーシーが来なかったと言うことは彼女は仲直りできたと言うことだよ。そして、彼女は妖精の国に残ることを選択した。彼女も迷ったんじゃないかな?僕たちと一緒に行くか、国に残るか。」


 その結果、レーシーさんは残ることを選んだ。でも……でも……


「僕たちがいつまでもここにいたら折角の彼女の決断を揺るがしてしまう。だから僕たちは進むべきだ。」


 確かにそれが優しさなのでしょう。彼の言っていることは正しい。このまま私たちが居残れば、彼女の頑張りが無駄になってしまうかもしれない。


「分かりました。行きましょう。」


 私は杖を取り出して灯りをつけました。前方を照らし、暗い森を進みます。

 私には少しだけ不安なことがありました。それはレーシーさんが自分の意志で来なかった訳ではなく、暴力や脅されてこ来なったかもしれないと思ったからです。


「大丈夫だよ、スカイ。彼女はちゃんと仲直りできたさ。」


 そう言うノアさんの顔はちっとも笑っていません。むしろ不安そうです。それは暗いところが怖いからではないでしょう。


私たちは黙々とくらい森を進みます。



「やっぱり………綺麗…」


 やっぱり少しだけ––そう言いかけてその光景に思わず言葉を失いました。

 それは以前も見た光景でした。


 森の溢れんばかりの魔力が光の粒となって宙を揺らめいているのです。


「一人で大丈夫ですか?」

 私がそう聞いた時、彼女は一瞬も間をおかず言いました。

「私は一人じゃないよ。心の中にいつも友達がいる。」と。


 何なのでしょうか。目元がなぜか熱い。


「こんなに綺麗なんだ。レーシーはきっと大丈夫だよ。」


 ノアさんの言葉に答えるように私は杖の灯りを消しました。


 そして私たちは光溢れる森を迷うことなく進みます。何かが目からとめどなく溢れるのが鬱陶しくて前が見えません。


 そんな私の頭をノアさんが優しく撫でてくれます。


 森の終わりが見えました。これで本当にお別れなのでしょうか。短い間でした。私の生きてきた時間に比べればそれは一瞬にも満たない刹那の刻。それでも初めての友達との思い出はたくさんあります。


 この思い出を空間魔法に入れたいと思うのですが、記憶はモノではないのです。なんて不便。いつかは忘れてしまうかもしれない記憶という不確かなものに頼るしかないのですね。


「絶対忘れませんからね。」


 私は固く誓います。たとえ何百、何千年経とうとも私はこの数日を忘れないでしょう。それに呼応して森が一段輝きを増しました。


 ああ、見たいのに。その美しい光景を見たいのに。


「何ですかコレ。邪魔ですよ。」


 拭っても拭っても何かが視界に纏わり付いて取れません。そして、思うのです。


「嗚呼、別れとはこんなにも––––––––––––」

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