5 友達
ものすごい爆音を鳴らして心臓が早鐘を打っています。
背後の物音。
そして背後にはノアさんが寝ているはずのベッドがあるのです。
寝返りを打って本当にノアさんがいるのか確認したいという衝動に駆られましたが、どうも怖くて後ろを向けませんでした。
私の初めては奪われてしまうのでしょうか。いいえ、ノアさんなら構いません。私はノアさんに恋をするって決めたのですから。
あれ?恋ってなんですか?そもそも私は恋というものを理解しているのでしょうか。
「もう、いいです!………あれ?」
ヤケになって寝返りを打ってしまいました。しかし、予想と反してノアさんはベッドでしっかり寝ています。それはもうグッスリと。
「でも、足音はしますね。………これはどういうことでしょう?」
気になって私はベッドから起き上がりました。ノアさんを起こさないように慎重にですよ。
依然、足音はしています。これが俗にいう幽霊でしょうか。ちょっとワクワクしちゃいますね。
しかしその正体は案外あっさりと判明しました。
「おや?これは……」
私の足にコツンと何かが当たって見てみると、そこにはなんとも可愛らしい妖精さん?がいたのです。
「もしやあなたが宿屋の方が言っていた厄介な方なのですか?」
先ほど宿屋の店主が言っていたことを思い出しました。
でも厄介なものとは私は思いませんよ。だってこんなに可愛いんですもの。それにきっと部屋を掃除してくれているのか彼女ですね。
翠緑の髪を垂らして小さな翅をはやしたワンピースの妖精さんは私をじっと見上げていました。
「あなたは私が見えるの?」
妖精さんが聞いてきました。それはもう可愛らしい声で。
「どういうことですか?」
「ここに来る人たちはほとんど私が見えないの。」
なるほど、そういうことですか。そういえば妖精は三等星の人以上しか見れないんでした。つまり人口の8割の人は妖精さんが見えないわけですね。
こんなに可愛い妖精さんをみることができないとは何とも可哀想です。この愛らしい姿を見れば店主も厄介なんて言葉を撤回するでしょう。
「私は一等星なのであなたが見えますよ。まぁ私は……」
私はホムンクルスなのでと言おうとして口を抑えました。
「どうしたの?」
「いえ、この後の言葉は秘密でした。口は災いのもととはよく言いますしね。だからどうか聞かないでくれたら助かります。」
「うん、わかった。じゃあ、私のお願いも聞いてくれる?」
可愛らしい妖精さんは言いました。一体私に何をお願いしてくるのでしょうか。
「なんですか?」
「私と友達になってよ。」
そう来ましたか。友達。……う〜ん。友達の定義とはなんなのでしょうか。
「いいですよ。でも一つ質問があります。友達の定義とはなんですか?それがはっきりしないと私はあなたとどう接すればいいのか分かりません。」
可愛い妖精さんと友達になるのは大歓迎です。でも、ここをはっきりさせておかないといけないと思いました。
しかし妖精さんは何も答えません。どうしたのでしょう。
「私にも分からない。」
なんと言うことでしょう。妖精さんにも分からないとなるとノアさんに聞くしかありません。
でもこんなにも気持ちよく寝ているノアさんの起こすのは気が引けます。
しかし、止むを得ません。私はノアさんの体を揺すりました。
「ノアさん。寝ている時に申し訳ないのですが少しいいですか?」
「……ん……あと十分だけ……」
なんて可愛い寝言なのでしょう。いつもはしっかり者のノアさんが寝ぼけている時はこんなにだらしなくなるのですね。
でも、今は起きてもらわなといけないのです。
「ノアさん。ノアさん!」
「ん……ってスカイ!?ど、どうしたんだい?!」
驚かせてしまったようです。跳ね起きたノアさんは私の姿を一度見てなぜか安堵した後、ベッドの上に正座しました。
「実は………」
私は妖精さんのことをノアさんに話しました。
「それで、その妖精はどこに?」
「こちらです。ノアさんには見えますか?」
私は手のひらに妖精さんを乗せてノアさんの前に出しました。妖精さんはちょこんと可愛らしく私の手の上に座ってくれています。
まるでお人形さんのような可愛さです。
「なるほど。この妖精が店主の言ってた厄介なものってヤツなんだね。」
どうやらノアさんにも妖精さんは見えているようですね。と言うことは彼は三等星以上ということですか。さすがノアさんです。
「それで、神官さん。友達ってな〜に?」
「そうです、ノアさん。友達の定義を教えてください。」
私と妖精さんは揃って言いました。ノアさんならきっと適切な答えを教えてくれるでしょう。私はそう思っていたのですが、
「それはまた難しい質問だね。」
「ノアさんにも分からないのでしょうか?」
しかしノアさんは首を振ります。
「友達っていうのは幅が広い。例えばただの知り合いを友達という場合もある。建前で友達を名乗ったり、友達の友達は友達だなんてあやふやな定義を持つ人もいるんだ。
かと思えば、どれだけ月日が経過しても友達じゃないなんてこともままあるし、友達だと思っているのは自分だけで一方通行な場合だってある。」
「つまりはどういうことですか?」
よく分からなくなって私は聞き返していました。手のひらの上の妖精さんも私と同じで理解できていないのか首を傾げています。
「つまり友達の定義は人それぞれで違うんだよ。」
「それで、私たちは友達になれるの?」
私も同じことを考えていました。もしかしたら私たちは友達になれないのかもしれません。とても心配です。
でも私の心配とは裏腹に彼は笑いました。そしていうのです。
「君たちは僕を起こしてまで友達になろうと努めた。互いがその気持ちなら二人は既に十分友達だと思うよ。それに君たちの顔を見ている限り君たちはかなり気が合う方だと思うけどね。」
私と妖精さんは顔を見合わせました。妖精さんのキラキラした瞳が私の目を覗き込んで来ます。
とても美しい。そう感じると共に何かがわかったような気がしました。
「妖精さん。私たちは友達ですか?」
私は聞きました。私の中では彼女はもう友達です。でも彼女はどう思っているのか気になりました。答えは予想できてますけどね。
しかし私の予想を覆して、妖精さんは首を振るのです。
「違うよ。私は妖精さんじゃない。私の名前はレーシー。友達なら名前で呼んで。」
なるほど、そういうことでしたか。首を振られた瞬間焦ってしまいました。それでは私も自己紹介をしなければいけませんね。
「私の名前はスカイと言います。私の好きなものからつけた名前です。」
妖精さんは私の名前を誉めてくれました。自分の名前を誉められるのは鼻が高いです。それに名前を誉められるとノアさんも誉められているようでちょっぴり嬉しかったりします。
「じゃあ、スカイちゃん。私たち今日から友達ね。」
「はい、レーシーさん。よろしくお願いしますね。」
かくして私は初めてのお友達ができました。しかし私は後になって思ってしまうのです。レーシーさんと友達になるのは正解だったのでしょうか。
だって、別れるのが辛くなってしまうから。
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